第294話 こねこ

「雨が本降りになってきたじゃん、さいあく……」

 学校が終わったあと、わたしは他に誰もいない待合室で外を眺めながら悪態をついていた。


 雨は嫌いだ。

 お気に入りの靴は汚れちゃうし、せっかくセットしたゆるふわの髪がぺたんと寝てしまうから。


「ちっ、それにしても遅い……迎えの馬車が来るのが遅いすぎるわ……!」


 普段は1時間も前から待っているのが当たり前なのに……。

 あのなんでも完璧にやってのけるアイリーンが、こんな平凡なミスをするなんて珍しいものね。


「これは久しぶりに徹底的にいびってやらないとね……うふふふふ」

 わたしはわきおこる嗜虐心に、いやらしく目を細めた。


「しっかし馬車が来るまで暇ね……」

 何かいい暇つぶしでもないかしら?


 ふと、窓から見える大木の根元に木箱が置かれていて、その中になにやら動くものが見えた。


 待合室を出て見にいってみると、そこには、


「みゃー、みゃー」

 木箱の中に一匹の三毛猫の仔猫が捨てられていたのだった。


 お腹が減っているのか仔猫は必死に鳴きつづけている。


 わたしがすぐそばまで近づくと、


「みゃー、みゃー、みゃー、みゃー!」

 拾ってもらえるとでも思ったのか、わたしを見上げてよりいっそう一生懸命に鳴きはじめるノラ仔猫。


「おまえもひとりなんだね……」

「みゃー……」


 わたしはしゃがみこむと、その仔猫をそっと傘の下に入れてあげた。

 そのまま何をするでもなく1人と1匹、見つめ合って傘の下で雨をしのぐ。


 そしてしばらくして馬車がやってくる音が聞こえると、わたしはそっと立ち上がった。

 わたしが離れようとすると、


「みゃー、みゃー!」

 ひと際強く鳴いてきたので振り返る。

 目が合うと少し嬉しそうな顔をみせるノラ仔猫。


 でも――わたしは立ち去った。


「みゃー……」

 ――とみせかけて振り返ると、しょぼーんとした顔からまた嬉しそうな顔になって、


「みゃー、みゃー、みゃー!」

 と必死に鳴きはじめる。


 そんなことを何度か繰り返してから、結局わたしはその場を立ち去ったのだった。


 一体全体なにをしていたかというと、

「ふぅ、捨てられた仔猫を助ける振りして見捨てる遊びは何度やっても格別よね(笑)」


 振り返ったら馬鹿みたいに期待して鳴いてくるんだもん。

 しょせんは畜生ってとこかしら(笑)


 だいたい血統書付きならまだしも、こんな小汚いノラ猫なんて誰が飼うの?(笑)

 ご愁傷様!

 恨むならノラ猫に生まれた哀れな自分を恨むことね!


「ま、運が良ければ物好きが拾ってくれるでしょ?」

 どーぶつあいごだんたい?とかいうのが最近はあるみたいだし?


 とかなんとかやっていると。


「マリア様?」

「ビクゥッッッ!!??」


 突然、高貴な遊びをたしなんでいたわたしに声をかけてきたのは、クラスメイトのミナトだった。


 ヤバッ、ぜんぜん気付いてなかったよ……いろいろ見られてなかったかな?

 わたしは内心焦りまくりだった。


 だってミナトはお父さまの大親友の娘で、わたしが生まれる前からの家同士の付き合いもあって、わたしが数少なく心から信じられるお友達だったからだ。

 親友といってもいいだろう。


「雨の中、外にお姿が見えたのでどうされたのかと思ってきてみたのですが――」


 ほっ、よかった。

 気付かれてない……!


「あ……」

 ミナトが木箱の中の仔猫の存在に気が付いた。


「いやあのね、うちはお父さまが猫アレルギーだから、飼いたくても飼えないの……」


 わたしは殊勝な顔をして心にもないことを言う。

 もちろんとっさに思い付いた出まかせで、お父さまは猫アレルギーでもなんでもなかった。


「ああ! それで何度も立ち止まっては振り返っておられたのですね……なんとお優しいのでしょう! わかりました、この子はわたしがどうにかしてみせますから、安心してください!」


「あ、うん……ありがとう……」

 ほっ、なんとか誤魔化せたよ……。



 ~~後日。



「そう言えばミナトさん、聞きましたわよ。イケメン騎士のカミトといい仲なんですって?」

「なんでも先日学園で拾った捨て猫の、里親探しを通じて知り合ったとか」

「カミトは猫好きで有名ですものね!」

「いーなー!」


 始業前の教室で、クラスメイト達がそんな会話をしていた。


 わたしも大好きな超イケメン騎士のカミトの話題だったんだけど、


「……学園で拾った捨て猫?」

 それってまさか――!


「ちょ、ちょっと、ミナト! それってあの三毛猫だったりする!?」

「え、ええマリア様。あの時の仔猫ですけど、そんなに慌ててどうされたんですか?」


 ってことは、


「うわーくそー、もしわたしが拾ってどーぶつあいごだんたいとかいうのに持ってったら、わたしがカミトとお付き合いできたってこと!?」


 なにそれハァ!?

 マジで!?


 そんなのちゃんと教えてくれないと困るじゃん!?

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