第285話 この女むかつく……クビよ!

「ナスターシャ。あなたはクビよ。荷物をまとめて今すぐ出ていきなさい」


 お父さまが長期に家を空けているタイミングを見計らって、わたしは専属メイドのナスターシャを呼びつけると、居丈高にそう言い放った。


「え……」

「聞こえなかったの? このグズ!」


「あの……」

「どうやら頭だけでなく耳も悪いようね。今すぐ荷物をまとめて出ていけと言ったんだけど?」


「なぜでしょうか……」

「あら、わたしがあなたを解雇するのに理由なんていらないの。知らなかった?」


 ふふん、と。

 勝ち誇った顔でわたしは言った。


「……わかりました。お暇をいただきます……今までお世話になりました……」


 やれやれ、ついにこのいけ好かない女をクビにしてやったわ……!


 あどけなく可愛らしい顏。

 大きなおっぱい。


 なのに腰はきゅっと美しくくびれていて。

 性格は抜群に良くて、いつも笑顔を絶やさない。


 仕事もできる。


「なんなのこの女、こんなむかつく女見たことないんだけど……?」

 解雇を告げられたナスターシャはというと涙ぐんでいた。


 そりゃあそうだろうね。


 誉れ高き名門セレシア家は、しかも超がつくほどのお金持ち。

 なんだかんだで給料の支払いも他所とは別格に高いのだから。


 確かこの女は貧乏庶民の生まれで、稼ぎの大半を実家に仕送りをしていたはずだ。

 それができなくなる上に、いきなり無職になるのだから。


 その心境たるや、

「あふぅ、想像するだけでご飯三倍はいけそう……」



 ~~後日。



「マリア様、ナスターシャから手紙が来ております」

 執事のセバスが持ってきたのは1通の手紙だった。


「あらまぁ楽しみね。なにが書いてあるのかしら?」


 圧倒的な強者の高みから、地べたを這うしか能がない弱者の恨みつらみを聞くのは実に気分がいいものね!


 にまにまと喜び勇んで手紙を開いたわたしの目に飛び込んできたのは――、


『母親が病で倒れて介護が必要になったのに、同僚に迷惑をかけると思ってそのことを言い出せなかった自分を、わざと悪役を演じて実家に帰してくれたこと感謝しております。おかげで母の病も持ち直しました。今は母を助けながら暮らしております。このご恩は一生忘れません』


 ――的なことが書いてあった。


「誰も察せなかった使用人の秘めた思いにまで心を配るとは、さすがはマリア様ですな」


「…………」


「いきさつを耳にされたおやかた様ときたら、それはもう大変に喜んでおられました」


「…………」

「マリア様?」


「…………どうしてこうなった?」


 ほんと、どうしてこうなった?


 ねぇねぇそこのあなた。

 ちょうどいいわ。


 参考程度にちょっとあなたの意見を聞かせてくれないかしら?

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