第164話 そうだよ、これがわらび餅だよ!

 シロガネの妹たちが拉致監禁されているスコット=マシソンの施設に、みんなで突入する少し前。


 俺たちは《聖処女騎士団ジャンヌ・ダルク》の包囲の準備が整うのを待ちながら、突入作戦の最後の打ち合わせを行っていた。


 作戦の打ち合わせといっても、俺が真正面から派手に突入して注意を引いている隙に、裏手にある窓からナイアがこっそり進入して妹たちを助ける――いたってシンプルな作戦だ。


 陽動役の俺には『目立つ』以外の役目はなく、すでに俺の意識は徹夜明けの空腹を惜しみなく満たしてくれる朝食へと移っていた。


 そしてその朝食のデザートとして出てきたのが――、


「これだよ、これ! これが俺の知っているわらび餅だよ! このさわやかな透明感! そうだよ、これがわらび餅なんだよ!」


 転生前の日本では夏の風物詩としてお馴染みだった、その清涼感に満ち満ちたお菓子の姿を見て、やや興奮気味にまくしたてる俺である。


 異世界転生3日目だったかな?


 ウヅキと一緒に隣村まで行ったときに、お土産でもらった見たこともない「黒いわらび餅」と違って、これこそまさに「わらび餅」じゃあないか! 


 しかし、ほらほらちゃんと見てよ!ってテンション高めの俺とは対照的に、


「でもセーヤさん、これどう見てもわらび粉は入っていませんよ……? わらび粉が混ざると黒くなりますから。こんなきれいな透明にはならないんです。これはサツマイモからできたサツマイモ餅だと思います……」


 ウヅキがちょっと困惑気味に言った。


「でも、あじ、よくにてる。あまくて、おいしい」

 ハヅキがうっとりと頬を緩めながら、幸せそうにつぶやく。


「よーし、ならもう一皿頼むか。まとまったお金が手に入ったし、まったく遠慮しなくていいからな。いっぱい食べて大きくなるんだぞ? ……いいよな、ウヅキ?」


 今は手持ちがないので、お金を管理してくれているウヅキにお伺いを立てているのが情けないんだけれど。


「すみませんセーヤさん、生活に必要なお金は渡しておくべきでしたね……もちろん構いませんよ。ハヅキもセーヤさんにお礼を言いましょうね」


「うん、まなしー、ありがと!」

 おおっ……嬉しそうに顔をほころばせちゃって可愛いやつだなもう!


「店員さーん! これもう1つ追加で――いやもう2つ! くらいペロっと食べられるよな?」

「あ、うん、たべれる」


 可愛い娘を甘やかすお父さんのごとく、店員さんを呼んだ俺はわらび餅をもう二皿、注文したのだった。


「でも確かに見た目以外は、味も食感もわらび餅にそっくりですね。でもそれなら普通にサツマイモ餅として売ればいいのではないかと……?」

 微妙に納得がいかないのか、首をかしげるウヅキ。


「おそらくそこは名前の認知度の問題ですわ。サツマイモ餅では知名度がなさすぎて、ぶっちゃけ売れませんもの」


「おま、お嬢さまが『ぶっちゃけ』とか言うのはどうなの……?」

 ちょっともにょっと気になったのでツッコんでみた――んだけど、


「? お嬢さま界隈での、最近のはやり言葉ですわよ?」

「適当言ってんじゃねぇ……え、まじで?」


 っていうかお嬢さま界隈とかあるんだな……いわゆる上流階級ってやつか……ちょっと風紀が乱れてるみたいだけど……。


「つまりわらび餅は高級なお菓子なので、似たような素材でそっくりなものが提供できるのなら、わらび餅として売り出した方が売れるということですね」


 ウヅキがガッテン!って感じでポンと手を叩く。


「ええ、そういうことですわ。さすがは帝都の商人ですわね。高価なお菓子を安価な代用品で再現してみせた、その発想力と技術力もさることながら、何よりどうすれば売れるのかという商売の仕方というものをよくよく心得ております」


 ふむふむと頷くサーシャ。

 その姿はやり手のキャリアウーマンって感じですごくカッコいい――、


「これはトラヴィス商会も負けてはいられませんわね! 『《神滅覇王しんめつはおう》まん』プロジェクト、前倒しにしなくては――」


 ――ん?

 んん――っ?


「ちょっと? 今なんか珍妙極まりない言葉が聞こえたんだけど? 『《神滅覇王しんめつはおう》まん』とかなんとか、そんなワードが――」


 なんかもう字面だけで嫌な予感しかしないんですが?


「サーシャ、一体なんなんだ、その『《神滅覇王しんめつはおう》まん』ってのは――!」


「それはもちろん――」

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