第160話 敵にすると恐ろしい、味方にすると――

「そういえばマナシロ様――」


 話となでなでが一段落したところで、クリスさんが何かをはっと思い出したように、ポンと手を叩いた。


「お取込み中に申し訳ありませんが、こちらの書類にサインを頂けますでしょうか」


「サインですか? いいですけど、何の書類ですか?」

「今回の一件の報告書などでございます」


「あー、さっきみんなで朝ごはんを食べていた時に、せっせと作ってましたっけ。ほんと何から何まで手際がいいですね。色々と助かります」


 敵にすると恐ろしいけど味方になるとここまで心強いメイドさんは、そうはいないだろう。


「これくらい、戦闘のたびに獅子奮迅ししふんじんの大活躍をされているマナシロ様ほどではありません。マナシロ様が後顧こうこの憂いなく100%の力を発揮できるよう、後方支援に尽力する。トラヴィスの筆頭格メイドとして、当然のことをしているまでです」


「ほんとできた人だなぁ……」

 俺はなでなでを終えると、精いっぱいの感謝をこめながら10枚ほどの書類にサインをしていった。


 ……その最後の一枚だった、問題が発生したのは。


 「まなしろ」の「し」まで書きかけたところで、


「あの……」

「なんでしょうか?」


「これ、関係ない書類が混ざってませんか?」

「いえ、そのようなことはございません」


「いやでもほら、ここ見てくださいよ」

「これがなにか?」


「なにかって言うか……だってこれ『婚姻届』って書いてありますよね?」

「――!!」


「そんな驚かなくても……」


 いつものポーカーフェイスを崩し、大げさすぎるほど大げさに驚いてみせたクリスさん。

 珍しいものが見れたというか、クリスさんもこんな風に驚いたりするんだな。


 ギャップ萌えというか、すごく新鮮な不意打ちアタックだったせいで、ちょっと胸がドキッとしちゃったよ。

 もともとめちゃくちゃ綺麗な人だし。


 放課後の秘密レッスンを受けたい女教師タイプっていうか?


「大変お見それいたしました。さすがはマナシロ様といったところでしょうか」

「いやこんなことでお見それとか言われても……」


「マナシロ様はこのような特殊な古代文字も、読むことができるのですね」


「え……?」

 クリスさんに言われて、改めてその書類を見てみると、


「げっ」

 そこには「漢字」で「婚姻届」と書いてあったのだった。


 この世界で漢字は、東の辺境を切りひらいて城塞都市ディリンデン作った人物が使っていた特殊な文字らしい。


 くっ、漢字を読むなんて当たり前すぎて、ナチュラルに読んでしまったぞ……!


「いやあのこれはですね、なんと申しますか、いわゆる一つのアレでして……」


 ヤバい。


 このことでクリスさんに問い詰められたら、俺が異世界転生したことがバレてしまう……!

 圧倒的な論理構成力による追求の前に、俺はきっと抗しえずにゲロってしまう……!


 異世界転生がばれる

 ↓

 芋づる式にチートの存在がばれる

 ↓

 今までの全部が全部、俺が凄いんじゃなくてチートが凄いだけだったことがばれる

 ↓

 女の子たちの俺を見る目が変わる

 ↓

 女の子たちからちやほやされなくなる

 

 と、なるであろうことは確定的に明らか……!


「ここはなにがなんでも話を逸らさなければならない……俺の輝かしいモテモテハーレム異世界生活のために……!」


 考えろ、考えるんだ麻奈志漏まなしろ誠也。

 この場をやり過ごすためのクールでスタイリッシュな言い訳を考えるんだ。


 とりあえずはラブコメ系S級チート『ただしイケメンに限る』を全開にしておこう。

 このなんでも誤魔化してくれる素敵なチートモテパワーだけで、ガーッと強引に乗り切れないかな?


 でもクリスさんに対しては、『ただしイケメンに限る』が全然効いてるように見えないんだよな。

 心に鉄のカーテンがかかってる的な?


 ちらっ

 クリスさんの顔をうかがい見ると――、


「本当に……本当にマナシロ様は……さすがはお嬢さまが見初めた男性ですね。このクリス・ビヤヌエヴァ、マナシロ様の教養の深さに、心底感服いたしました」


「う、うむ。くるしゅうないぞ」


 ……良かった。

 チートのおかげかどうかはわからないけど、向こうで勝手に納得してくれた……!


「まぁその、ぼちぼち読めたり読めなかったり的な? まぁ俺のことはいいじゃないですか。……っていうかですね、クリスさん、これわざとですよね?」


「はい? なんのことでしょう?」


 むむっ!

 さてはすっとぼける気だな?


「『婚姻届』が、俺がサインする書類の中に偶然紛れ込んでいる訳がないじゃないですか! そもそも『婚姻届』なんて持ち歩くもんじゃないでしょ。報告書だって言ってたのに」


「正確には報告書『など』とちゃんと申し上げたはずですが」

「すっとぼけるどころか、逆に開き直っただと!?」


「何があっても逃げられないように、揺るぎのない既成事実を作っておこうかと愚考した次第であります」

「…………」


 前言撤回。

 敵にすると恐ろしい――、そして味方にしてもやっぱり恐ろしいメイドさんでした。



「じゃあ、そろそろ帰ろっか……」


 よく考えたら夜戦からの完全徹夜明けである。

 緊張の糸が完全に切れたのもあって、ここにきてどっと疲れを感じた俺は、力なくそう提案したのだった……。

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