第137話 勝負の5連ヘアピン

「……よしっ、行けるっ! 次は左コーナーだ!」


 体勢を立て直したのも束の間。

 立て続けに迫りくる、今度は左のヘアピンカーブを、さっきとは逆の挙動でもって鏡写しのようにこれもクリアしてみせる――!


「な――っ! 信じられません! 雨で乾ききっていないゆるい地面を利用して荷台を横滑りさせることで、減速を最低限に抑えてクリアしたというのですか――!」


 荷台の最前列で俺を見守っていたクリスさんから、驚嘆の声が上がった。

 分かりやすい解説、どうもありがとうございます。


 そう、出ぎしに降った強い雨。

 出鼻をくじかれたみたいでちょっと嫌な気分になったもんだけど、これがまさかプラスに働くとはね。


人間万事塞翁が馬にんげんばんじさいおうがうま、やっぱこの異世界は俺のためにあるな……! この5連ヘアピンも俺にとっては理想のモテモテハーレムへと続く栄光への架け橋だ!」


 ただ、積み荷の状態がちょっと気にならなくもない。

 ないんだけれど、様々なサスペンションが複合的に付いているトラヴィスの特別仕様荷馬車だから、まぁ大丈夫なはずだ。

 トラヴィスの技術力は世界一だって、俺は信じてるぜ?


 さらに3つ目、4つ目とヘアピンコーナーを切り抜け、残すは5連ヘアピンの最後の1つ。

 今までで一番狭く、そして一番急角度のコーナーへと俺は荷馬車を突っ込ませた――!


 今までで一番の猛烈な横Gが荷馬車を襲い、車体がミシミシ、ギイギイときしみ出す。

 過負荷によって捻じれた木材たちが、抗議の不協和音を奏ではじめたのだ――!


「頼むぜ、根性見せろよハチロク……! のるかそるか、ここが勝負の分かれ目なんだ!」


 荷台が連続5度目のドリフト状態に入った。

 コーナーの頭を中心軸として円を描くように滑り出す――が、しかし。


 少しずつ理想のラインを外れて外側へ、川の方へと膨みながら滑ってゆく――!


「サスも車輪もへばってて、くっ、暴れて言うことをきかねぇ……!」


 そして感じるのは微妙な浮遊感。

「くぅっ、落ちる――っ!?」


 後輪の後ろ半分が川縁かわべりを超えて宙に浮いているのが、感覚的に分かった。

 心臓がバクバクと早鐘はやがねを打ち、冷や汗がツーっと背中を滴り落ちていく。

 

「――いや、落ちるわけがない! S級チートに不可能はない! 全チートフル装備の俺に不可能はない! 曲がれるはずだ、行けるはずだ! そうだ、俺のチートが行けるとささやいている……! 曲がってくれ……いや、曲がれ、俺のハチロク――!!」


 そんな俺の祈りが――いや確固たる意志がその結果を引き寄せたのか。


「おおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ――!!」


 あと数ミリのところで落ちる寸前だったハチロクの後輪は、危うい綱渡りを続けながらも最後の一線だけは超えることはなく――。


 土をまき散らしながら川縁かわべりギリギリを回っていって――見事にこれを回り終えると、再びがっしりと地面に食いついたのだった。


「おっしゃおらぁ! どんなもんじゃい!!」


 麻奈志漏まなしろ誠也、渾身のガッツポーズである。

 思わず関西弁が出てしまったが気にはしない。

 実を言うと最後のところ、マジで後輪が落ちそうでほんと怖かったんだよ……。


「でも、俺はやった! 回り切ったぞ! どやぁ!!」


 既に荷馬車は森を抜け、見晴らしのいい平原の中の街道を疾走している。

 後はもうこのまま逃げきるだけだ。


「……これはもう、なんとも見事という他はありませんね。まさかこのような突破の仕方があるとは……改めて、マナシロ様の凄さに感服いたしました」


 再び俺から手綱を受け取ったクリスさんが俺を見る目の、賞賛に満ち満ちた視線のなんと心地よいことか……!


 気がつくとラブコメ系A級チート『大仕事をやってのけた部下に胸キュン』が発動していた。

 だから微妙に表現を変えて露骨な水増ししてんじゃねーよ!


 ……って、ん?

 部下……?

 ……え?


 自動発動するチートは、例外もあるけど基本的に状況に合わせて最適なものが選ばれているっぽい。

 つまりチートさんは、俺を部下、クリスさんを上司と認識しているということだ。


「いやまぁ、いいんだけどね? うん、別にいいんだよ?」

 逆ってのはありえないわけだし?


 俺は気を取り直すと《シュプリームウルフ》たちの最後の追撃を警戒して、再び御者台にて和弓を構えた。


 勝った――。

 まだ口にこそ出さないものの、おそらく3人の誰もがそう思った瞬間だった。


 ――ガコン、と大きな音とともに荷馬車がひと際高く跳ねたのは。


 普通ならなんでもない小さな石、その中心に運悪く乗り上げてしまっただけ。

 なんてことはないはずだった。


 しかし夜通しの強行軍と最後の5連続ドリフトで、86年式荷馬車ハチロクのサスペンションは限界近くまでへばっていたのだ。


 結果、想像以上に大きく荷馬車が跳ねてしまったのだった。

 だからそれは、決して油断でもなんでもなく――、


「え――?」


 荷台後部で追撃を警戒しながら、ちょうど向きを変えようとしていたサーシャの身体が、荷馬車が乗り上げた衝撃でふわっと浮いて、そのまま暗い夜道へと放り出されてしまったのは――。

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