第125話 夢……かな

「おっとそうだ。クリス」


 食事も終わり、そろそろ帰ろうかなって頃。

 おっちゃんが名前を呼んだだけで、クリスさんはその意図を察したのだろう。

 すぐに奥へと姿を消すと、中身がずっしり詰まった皮袋を持ってきた。


「ちゃんと渡しておかないとな。約束の給金だ。1万スプリト金貨だけで、きっかり500万入ってる。今回は本当に助かった、ありがとな、にーちゃん」


 言って、おっちゃんはその重みのある皮袋を手渡してきた。

 1スプリト=1円なので500万円ということだ――ことなんだけど、


「えっと、金額間違えてないか? 時給15万で24時間だと……360万だよな? しかも実際働いたのは22時間くらいだし」

 そんな計算をイチイチするまでもなく、500万は明らかに多すぎるわけで。


「だってにーちゃん。ずっと働くつもりはなくて、あくまで短期のつもりだったんだろ? なら多いに越したことはないんじゃねぇか?」

「う、全部お見通しだったのか……」


「ははっ、なに言ってんだ。短期で高額、まとまった金が欲しいって言われりゃ、それくらいカラスがとまってる案山子かかしだって分かるってなもんさ」


「悪い、おっちゃん、俺は――」


「謝る必要はねえよ。なんせにーちゃんの仕事っぷりは完璧だったからな。誇りこそすれ、謝る必要なんてゼロだゼロ。ミリアからもその辺しっかり報告は受けているんだ。いいから、気にせず貰っときな」


「でも500万は多すぎるって言うか――」


「トラヴィス商会は、行われた労務に対して適正な対価を用意するのがモットーだ。鶏舎にいた全てのひよこを一気に完遂してくれた分の上乗せと、あとは街を救ってくれたお礼も一部兼ねてのその金額さ」

 そうは言うものの、だ。


「いやでも、これだけ追加で積んでもらうのはさすがに悪いだろ……」


 なんせ150万近く上積みされているのだ。

 手取り何か月分とか考えだすと、庶民には心臓に悪いことこの上ない。


「逆だよにーちゃん。街を救った英雄にたったこれっぽちの金額なんだからよ。むしろにーちゃんは怒ってもいいくらいだぜ?」


 サーシャとの決闘のあと1000円貰って喜んでた俺的には、150万円も上乗せされて怒るとか天地がひるがえってもあり得ない話なんだけど。


「というのもだ。今は街の復興のために、ちょいとまとまった資金を現金で用立てないといけなくてな。手元の現ナマが手薄なんだ。なにせ辺境伯が相当金を使い込んでたみたいでよ。まったく、あれだけ何かに付けては重税を課してたってのに、宝物庫の中はほとんど空っぽときたもんだから、心底呆れるぜ」


「ああアイツか……《王竜の錫杖》を手に入れるために宝物庫を6つ空にしたとか言ってたもんな……」

 民衆のことなんて毛ほども気にせず、重税で取り立てたお金でやりたい放題。

 本当にどうしようもない最悪な為政者だったんだなアイツ……。


「でも安心しな。色んなことの目途が立ったら、行政府とも協議して改めて正式な謝礼をさせてもらうからよ。それと何かあったらいつでも頼ってきな。さっきも言ったが、トラヴィス商会はにーちゃんに最大限の支援を約束するぜ」


 と――、

「ね、ねぇお父様! それでしたらセーヤ様にここに住んでもらうのはいかがでしょうか!」


 話の推移をじっと見守っていた――いやタイミングを見計らっていたようにも見えた――サーシャが勢いよく声を上げた。


「セーヤ様はこの辺りに来たばかりで、今はご友人のところに厄介になっているのですわ」

「おう、それはいい考えだな。にーちゃんなら食客しょっかく――ってのは失礼か。貴賓きひんとして大歓迎するぜ?」


「ねぇセーヤ様、ここにはなんでもありますわ! もちろんセーヤ様のお望みの物があれば、なんだってご用意いたしますわ! なんと言っても、セーヤ様はこの街の救世主なんですもの!」


 鼻息も荒くそう提案してくるサーシャなんだけど、


「うーんと、気持ちは嬉しいんだけど。悪い、それは遠慮しとくよ」

「そ、そうですか……」

 断られたのが分かると、目に見えてしょんぼりしてしまった。


「……あの、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「なぜってそりゃあ――」


 ――あれだよ。

 せっかくウヅキという超好みの美少女と、合法的に同棲できる権利を手に入れたっていうのに、それをみすみす手放すとかありえないからな。


 一緒に住むことで発生するムフフな各種イベントを、俺はこれからもっといっぱい体験するんだ……!


 だがしかし。

 これは言えない、言ってはいけない。

 

 ただまぁ、あっさり断られるとは思っていなかったのか、サーシャがあまりにしょんぼりしちゃってるので、このまま黙っているというのも俺的にはナシである。

 俺は全ての可愛い女の子に優しい紳士であるからして!


 何か、何かそれっぽい理由を探さないと……!


「それは、その――」

 必死に理由をひねくり出すこと二十秒ほど。


「ゆ、夢……かな?」


 オッケー、うまいこと言った俺!

 可愛い女の子と一つ屋根の下は、全男の子の夢だもんな!

 嘘だってついてない!


「セーヤ様……」

「あ、えっと……」

 夢はさすがに抽象的すぎてダメ?

 もっと具体的に言えよ、的な?


 テレビで大人気の俳句の査定番組でも、高名な先生が凡人はすぐに「夢」って書きたがるって言ってたもんな。

 うーむ、言ってから気づいたんだけど、「夢」とはまさに凡人の俺らしい平凡すぎる答えだな……。


「セーヤ様……お金や物といった即物的なものではなく、ご自分の夢をお選びになる! 大望を抱いて我が道を突き進む! ああ! セーヤ様は本当に誰よりも素敵なお方ですわ……!」

 目をキラキラさせて俺を見つめてくるサーシャだった。


「あ、うん、そうなんだよ……」

 傷つけないためだったとはいえ、騙しちゃったみたいで正直ちょっと心が痛いです……。


 っていうかだ。

 もしかしてアリッサといいサーシャといい、俺って女の子を騙しちゃう隠れた才能があったりするの……?


 それとも全ては、何でもいい方に解釈してもらえるラブコメ系S級チート『ただしイケメンに限る』のおかげなんだろうか……?


 できれば後者であることを願う今日この頃。

 かくして俺は一夜にして、500万という大金を手に入れたのだった。

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