第101話 つべこべ言わずに、そのまま黙って俺に抱かれてろ
「――っ! いきなり何を――!」
「力みすぎなんだよ。ほら、いったん肩の力を抜け」
「そのようなこと、言われなくとも――っ!」
「ああもう、うるせーな。力を抜いたらつべこべ言わずに、そのまま黙って俺に抱かれてろ」
「え……、あ、はい……、なのですわ……」
「おっけー、いい感じで力が抜けたな。いい子だ。素直な子は嫌いじゃないぜ」
「ぁ……、ぅん……」
すっかり力が抜けた金髪ちびっ子お嬢さまを、後ろからそっと抱きかかえながら、問題の解き方を教え諭すように、手取り足取り二人一緒に弓を引いていく。
いつの間にかラブコメ系S級チート『ただしイケメンに限る』とともに、オラオラ上等の亭主関白なラブコメ系A級チート『俺様』が発動していた。
――んだけど、今ちょっと集中してるから後にしてくれ!
さすがにこのシチュエーションで、しかも
そして――。
「
再び『力ある言葉』とともに、コンマ1秒すらたがわない最良のタイミングでもって放たれた刹那の一射は――。
まるでそうなることが運命として決まっていたかのように、見事、扇のまん真ん中を射抜いたのだった――。
「とりあえず、一応これで見た目は引き分けだな」
でも、どちらが
これでこの子の名誉はそのままに、角が立つことなくウヅキへの嫌がらせをやめさせることができる――、んじゃないかな?
それに――、
「このわたくしに、情けをかけようというの――?」
「いいや違う、これは俺のためだ」
何もせずにただ見ていれば、一方的に俺が勝っていた。
でもさ。
俺のこの力はただのチートなんだ。
何の努力も得ずに手にした、後付けの力なんだ。
もちろんチートを使うことそのものに、何らためらいはない。
自分が守りたいもののためなら、降りかかる火の粉を取り除くためなら、俺はこれから先も喜んでチートを使うだろう。
俺はチートを使って、この異世界でモテモテハーレムマスターになるんだ。
その考えを、行動を、なんら恥じるつもりもない。
ただ、それでも。
研鑽に研鑽を積んだ金髪少女の、努力を、過程を、信念を――、彼女の人生そのものを。
後付けのチートで、小馬鹿にしたように否定したくはなかったのだ。
この金髪少女のこともできることなら守ってあげたいと、そう思ってしまったのだ――。
「結局俺は小市民な上に、可愛い女の子に弱いんだよな……」
可愛い女の子をしょんぼりさせるのは嫌だし、そんなのは俺の求める異世界転生ではないんだ。
「俺は、俺の理想とする最高の異世界転生を追い求めるんだ――」
今回の一件で、俺は改めてそのことを強く認識したのだった。
「勝てる勝負をみすみす捨てるなんて、あなたってば変わった人ですわね……」
俺の腕に抱かれたままの金髪少女が、首を回して見上げるようにして言ってくる。
「そりゃ勝った方がうれしいけどさ。今回は別に勝負そのものはさして重要じゃないんだ。ウヅキと仲良くしてくれるんなら、最悪、負けたってかまわないよ」
「本当に変わったお方ですの……。それに、これほどまでの卓越した弓の技量。ねぇ、あなたはいったい、何者なんですの?」
「だから何度も言ってるだろ? 俺は
「こっそり名乗りが増えてませんこと?」
「すみません、ちょっと調子に乗りました……」
「でも、まさかあなたが本当に本物のセーヤ様だなんて……」
「納得できたか?」
こくん、とうなずくと、少女は俺の瞳(生涯忘れないとか言ってたね!)を、じっと見つめてきた。
心なしか瞳が潤んで、頬も赤く染まっているような?
そして超がつくほどの美少女であるこの子に、腕の中から見上げられたこのシチュエーションは――、うん、いいな、これ!
街中でいちゃつくバカップルみたいで、すっごくいいよ!
モテ感があると思います!
「だからってわけじゃないけどさ。頼む、ウヅキと仲良くしてやってくれないか?」
「――申し訳ありませんが、そのお願いはお聞きできませんわ」
「……そうか」
うーん、いい雰囲気と流れだと思ったんだけどな。
そうは問屋が卸さないか。
世の中、なかなか上手くいかないもんだな……。
「だってあなたは――、こほん、セーヤ様は勝っておられませんもの。わたくしに何かを強要する権利は、持っておりませんわ」
「そうだな……」
ちょっと残念な気持ちが顔に出てしまった俺を見て、しかし金髪少女はいたずらっぽくくすっと笑ってから――、告げた。
「だからこれはセーヤ様に言われたからではなく、わたくしが自ら、わたくしの意思のみによって行うこと――」
金髪少女は軽やかに俺の腕の中から抜け出すと、そのままウヅキの方へと歩いていく。
(勝負は引き分けですわね)
(あんな難しい的を一発で射抜くなんて、すごいですわ)
口々に賛辞を贈る取り巻きの少女たちの声はしかし、
「いいえ、この勝負はわたくしの負けですの! 異論は許しませんわ!」
金髪少女の凛とした一喝によって、黙らされたのだった。
そして金髪少女は、そのまま小さな胸を大きく張ってウヅキの前まで進んでいくと、
「サクライさん、これまでの非礼を心からお詫び申し上げます。本当に申し訳ありませんでした」
これ以上ないってくらいに、しっかと頭を下げて謝罪の言葉を述べたのだった――。
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