第99話 真なる決闘

「お二方とも、実に見事なお手並みでございました。それでは準備運動はこれくらいにして、いざ決闘の本番――、『真なる決闘』へと参りましょう」


 想定外の結果に、俺とウヅキを除いた誰もが言葉を失い硬い表情を浮かべる――。

 そんな緊張感のある静寂を破ったのは、ずっと近くに控えていた、金髪ちびっ子お嬢さまお付きのメイドさんだった。


「本番……? 真なる決闘……?」

「さようでございます」


「それって――」

 どういう意味だ――、そう、口を開きかけた俺を遮ったのは、


「なっ! まさかこのわたくしに、今の勝負を無かったことにしろと言いますの!? いかにお父さまの信頼厚きあなたといえど、そのような世迷言、わたくしは許しませんわ! 誇り高きトラヴィスに使えるメイドでありながら――、恥を、恥を知りなさいっ!」


 今までにない強い口調で、反論の声を上げたのは他でもない、金髪ちびっ子お嬢さまだった。

 憤慨ふんがいという言葉がにつかわしい、顔を真っ赤に染めあげた怒りの表情。


「なんだ、金に物言わせるだけの嫌味な悪役令嬢かと思ってたけど――」

 他の子からの信頼は厚いみたいだし、今のこの反応。

 ウヅキとはちょっとこじれてただけで、意外と根はいいやつなのかもしれないな。


 でも当のメイドさんはというと。

 面と向かってあるじに叱られたにもかかわらず、


「いいえお嬢さま。何事にも全て、物事には『格』というものが存在するのです。トラヴィス家の名誉をかけた、それも『弓』での決闘ともなれば、このような普通の競技ではむしろ先方にも失礼というもの」


「それは、確かに……、いえ、ですが……」


「そのお方が本物のマナシロ・セーヤであるかどうかは別として。少なくとも相当な弓の名手であることに疑う余地はありません。であるならば。弓の名手同士、そのお互いの『格』に見合った相応の決闘によって、正しく勝敗を決すべきではありませんか?」


「そうとも言えなくはない、けれど……」


 まずは金髪ちびっ子お嬢さまを論破してみせたメイドさんは、次に俺へと視線を向けると、


「それにあなたにとっても、勝敗以上に大切なことは『お嬢様が納得されること』ではありませんか?」


 ――鋭いな。


「そうであれば『真なる決闘』でもって完全に、完璧に、不可逆的に勝敗を決する方が、お嬢様も心底納得することができ、ひいてはあなたの求める『結果』へと繋がるのではないでしょうか?」


 さもそれが当たり前であるかのように、今の勝負を無かったことにしてみせたのだ。


 俺の心の奥底まで見抜いてみせた恐ろしいまでの洞察力。

 半端ない論理の構築力。

 そして有無を言わせぬ巧みな話術。


 一瞬にしてこの場の全員が――俺の唯一の味方であるウヅキまでもが――既にふんふんと納得させられてしまっていた。


「皆さんご納得を頂かれたようですね。それでは『真なる決闘』へと参りましょう。古来より弓の決闘として語り継がれてきた『波間に浮かぶ小舟の扇』でもって、勝敗を決するのです――」


 あー、あれね……。

 日本史で超有名なあれね……。

 小舟にしつらえた扇を射抜くっていう……。


「なっ、やはりだめですわ。あれでは難易度が高すぎて、まともな勝負にはなりませんもの!」

 またもや異議を唱えたのは金髪少女だった。

 しかしメイドさんはそれを軽くいなしてみせる。


「お嬢さま、こちらのお方はあのマナシロ・セーヤ様なのですよ? 武勇に並ぶものなしと言われた《神滅覇王しんめつはおう》の前では、これくらいなんの問題もありません。そうですよね、マナシロ・セーヤ様?」

 言って、俺にスッと流し目を飛ばしてくるメイドさん。


 おいおい、ほんとすげー詰め方してくるな。

 本来ならここでジ・エンド。

 失敗を恐れて勝負を諦めさせられるか、両者ともに失敗して引き分けに終わるか。


 どちらにせよ勝負はお流れ。

 つまり俺の実力をしっかりと把握した上で、あるじである金髪少女を敗北から守れるって寸法だ。


「既に準備は整っております。こんなこともあろうかと、用意しておりましたので」

「まさかこうなることを――? わたくしの敗北をあなたは予見していたとでもいうの?」


「それこそまさかでございます、お嬢さま。ただ、すべての事柄に完璧に対処してみせてこそ、誉れ高きトラヴィスのメイドにございますので」


 涼しい顔をして答えるメイドさんは、

「もちろん、おやめになるというのであればこの勝負、無かったことにしてもかまいませんが――」


 最後に俺にボールを投げてきた。

 もちろんこれは、金髪少女ではなく俺が勝負を降りた=逃げたという形にするためだ。


 完璧なロジック。

 勝った勝負をなかったことにされ、追い込まれた俺が出した答えはもちろん――、


「いいや、やるよ。問題ない。にしてもあんた相当のやり手だな。この鮮やかな手腕には驚かされたし、正直怖いくらいだ。でもさ、今回に限ってはちょっと運がなかったな――?」


 相手にとって不足はない。

 S級チートの力を、思う存分に見せつけてやる――!

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