第91話 学校へ行こう!

「やめて、ですか? セーヤさんの素敵なところを他の人にも知ってほしいなって、思うんですけど」

 ウヅキがこてんと小首をかしげた。


「いやあの、えっと、なんていうかその……、そう! 俺はあまり努力をひけらかしたくないタイプなんだよ。俺の生き様、美学っていうのかな? だからこの特訓は、俺とウヅキの二人だけの秘密だからね? 他の人には絶対に言っちゃいけないよ? 俺とウヅキの内緒の内緒だからね? 絶対だからね?」


「――! 水面に優雅に浮かぶハクチョウも、水の下では必死に足を動かしている、ということですね! わたし感激しました! さすがです、セーヤさん!」

 などと、どうにかウヅキを丸め込んで――、いや、説得して。


 一緒にサクライ家へと帰ってからの、朝食の席でのことだった。


「――学校?」


 今日も今日とて、俺の股ぐらにちょこんと陣取ったハヅキを抱っこしながら、ウヅキ特製の美味しい鳥料理に舌づつみをうっていると、


「今日は学校があるんです」

 ウヅキがそんなことを言い出したのは。


「はい、奨学金を頂いて、週に4日、街の学校に通わせてもらっています」

「あー、そういや初めて会った時に、学校の帰りだとかそんなことを言ってたっけか……」


 確か山の中をえらく可愛らしいアイドルみたいな制服で歩いていたから、それが気になって、ちょこっとそんな会話をした記憶があるような、ないような。


「今日はその登校日なんですよ」

「それでその服なんだな」


 今日のウヅキは、初日に出会った時と同じアイドルっぽい可愛い制服を着ていた。

 美少女withアイドル風制服の組み合わせは、問答無用で可愛らしい。


 どうやらこの異世界学校の校長先生or理事長は、話の分かる一角ひとかどのジェントルマンと見たね。


「ちなみにその学校はどこにあるんだ? 街って言っても俺、昨日のとこしか知らないんだよな」

「それが、その、まさに昨日の城塞都市ディリンデンにありまして……」


 城塞都市ディリンデン。

 つい昨日、俺と《神焉竜しんえんりゅう》が、ど真ん中で一大バトルを繰り広げた街である。


 戦闘中は――、というか今の今まであまり気にしてなかったんだけど、その際にぶっちゃけ割と派手に壊してしまっていた。

 特に戦いの舞台となった中央広場は、ドラゴンはブン投げられて叩きつけられるわ、ナイアは全力ブッパを連発するわ、俺は民家を貫通して吹っ飛ばされるわで、周囲の建物ごと廃墟みたいな有様だった。


「よくよく考えてみると、割とやらかしてるな……。まさか弁償しろとは言われないよな……?」

 でもあの惨状を見るに、


「……今日はさすがに休みじゃないか?」

「そうは思うんですけど、休みにしてもいつから再開するかの予定を知りたいな、って思いまして」

「あー、まぁそうだよな……」


 こういう時、スマホやネットが無いのは地味に不便すぎる。

 ましてや城塞都市ディリンデンまでは片道10キロ以上もあって、いちいち今後の予定を聞きに行くのも、一苦労のようだった。


「というわけでして。無いなら無いで構わないので、一応いつも通り学校には行こうと思っているんです」

「なぁ、一緒に俺も街までついていってもいいかな? 大きな街だったし、ナイアもここは東の辺境の中心だって言ってたから、明るいところで一度ちゃんと見てみたいんだ」


 異世界の街がどんなのか、正直興味があった。

 

「ぜんぜん構いませんよ。西側の商業区は被害もほとんどなかったでしょうし、今日もたくさん露店が出てると思いますから。あ、そうだ、ちょっと待っていてくださいね」


 言って、ウヅキは部屋の隅の箪笥たんすまで行くと、中に保管してあった木箱を漁ってその中から小銭を取り出した。


「セーヤさん、これをどうぞ。たいした額でなくて申し訳ないのですが……」


 渡されたのは100スプリト硬貨が2枚。

 言語関連をつかさどる基礎系S級チート『サイマルティニアスインタープリター』によると、スプリトはお金の単位で1スプリトは約1円。

 つまり今俺は、街に遊びに行くので200円のお小遣いもらったということだ。


「この状況、ガチでヒモすぎてヤバいな……」

 朝っぱらから切実なほどに実感させられた俺だった。


 ちなみに喋る限りにおいては、『サイマルティニアスインタープリター』が勝手に翻訳してくれるので、いちいち貨幣単位を気にしなくても日本円と同じ感覚でやり取りすることが可能だった。

 さすがS級チート、ノーストレスでマジ半端ないです。


 ……にしても200円か。

 子供のお小遣いみたいな金額である。

 でも多分、いや間違いなく、


「お昼ご飯のおにぎりを作りますので、ちょっとだけ待っててくださいね。セーヤさんの分も一緒に用意しますので」

 そう言って台所でおにぎりを作り始めたウヅキを、俺は家の前で掃き掃除をして待ちながら、


「これも無理して出してくれたんだろうな……」

 俺はそっと一人ごちた。

 

 このお金を取り出したのは、よくあるがま口の小銭入れからではなく、箪笥に仕舞われたしっかりとした装丁の木箱からだった。

 普段使いするには、あまりに不便な小銭の置き場所だ。


 つまり――、


「この小銭は、ぶっちゃけ大切なお金なんだろうな……」

 それをあっさり簡単に貰ってしまったのだ。


「うん、このままヒモっているのは俺の精神衛生上、非常によろしくない。一通り街を見たら今後のためにもちょっと真面目に働き口でも探してみるか。……できれば、パッと大金がゲットできる系のやつがいいんだけど……」


 そうこうしているうちに準備を整えたウヅキが玄関へとやってきた。


「すみませんセーヤさん、お待たせしました。はい、これ。セーヤさんの分のおにぎりです。具なしの塩おにぎりですけど」


 竹の葉に包まれたおにぎりを渡しながら、ニコッと微笑むウヅキはとてもとても魅力的で。

 この笑顔のためにも、俺もいっちょ頑張るかと心の底から思ったのだった。

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