第26話 迫りくる妖魔の群れ

「どうした、血相を変えて、何があった?」

「今、トラヴィス商会の隊商が来て教えてくれたんだ――こっちに妖魔の群れが向かってるらしい!」

「なんじゃと!?」


「ついさっき森を抜ける街道の出口あたりで、妖魔の大きな群れと鉢合わせて戦闘になったって話だ!」

「妖魔の群れとな!? 数はどのくらいなんじゃ」


「それが、その……俺も最初は聞き間違えかと思ったんだが、ゆうに100体はいたとかいう話でよ」

「100――! 辺境とはいえ、こんな人里近くにこれだけの数が……にわかには信じられん……」

 グンマさんが息をのんだ。


「護衛していたトラヴィス商会の私設傭兵団が応戦したらしいんだが、なんせ多勢に無勢だ。どうにか逃げるのでやっとだったらしい」

「彼らのほうの被害は? みな無事に逃げられたのか?」


「死者は出てないみたいだが、負傷者が何人も出てるらしい。今、街に早馬をやって駐留騎士団に一報を入れてくれているそうなんだが、今から呼んで間に合うかどうか――」


「こうしてはおられん。すぐに村の全員に逃げるよう伝えて回るんじゃ。準備する暇はない。着の身着のままで構わん、今すぐに街の方向へ逃げてひとまず距離をとらんと――」


「わ、わかった! すぐにみなに知らせてくる――!」

 グンマさんが全村避難の指示を出し、報告に来た村人は大急ぎでこの場を後にした。

 が、しかし――。


「……多分無理だな」

「セーヤさん?」

 俺の左目が金色こんじきに妖しく光る――敵の気配や戦闘力を検知する知覚系S級チート『龍眼』が、迫りくる妖魔の群れの気配を察知したのだ――!


「そいつらなら、もう村から数百メートルの距離にいる。すぐそこまで来てるのが気配でわかるんだ。老人や女子供もいるなら、今から逃げるのはもう無理、手遅れだ」

 ちなみに距離の単位は、言語・会話を補助する基礎系S級チート『サイマルティニアスインタープリター』のおかげで、慣れ親しんだメートル法を使って違和感なく認識できていた。


「そ、そんなことまで分かるとは、さすがはマナシロさま……ですがたとえ全員の避難が間に合わなくとも、せめて一人でも多く逃がさねば――」

「じゃあ、みんなは一応逃げる準備をしておいてくれますか? 俺が今から妖魔を退治しに行くんで、逃げる必要はないとは思いますけど」


「ま、まさか戦うとおっしゃるのですか!?」

「もちろんです」


「だ、だめですよ! 相手は100体以上の妖魔なんですよ! いくらセーヤさんが強くても、さすがに一人じゃ無理です!」

 安請け合いした俺に食って掛かるようにして、心配そうな顔をしたウヅキが話に割って入ってくる。


「セーヤさんが死んじゃったら、わたし、わたし――!」

 目に涙を浮かべて俺のことを心配してくれていた。


「大丈夫、俺は死んだりしないから。だからウヅキはみんなと逃げるんだ」

「そんな、セーヤさんだけ置いて逃げられません! セーヤさんが残るなら、わたしも残ります!」


「うーん、万が一ってこともあるからできれば逃げてほしいところだけど、まぁ……大丈夫か。――ところでさ、この床の間に飾ってある日本刀かたなって使えるのかな?」


「カタナ……? 剣のことですか?」

「そうそれ。もしよかったら、これを俺に使わせてくれないかな? 戦うための武器が欲しいんだ」


「本気で戦うつもりなんですね……」

「逃げる時間がないなら戦うしかないだろ? それにそっちの方が早いしさ」


「そんな、朝ごはんが美味しかった、みたいにさらっと言われても……」

「ああ、さっきの朝ごはんはほんと美味しかった。まったく、ウヅキの料理は最高だな……いやまて、時間的にお昼ご飯か?」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないですよ……」


「箸が進みすぎて思わず食べすぎちゃったし――ま、腹ごなしにはちょうどいいだろ」

「腹ごなしって……そもそもセーヤさんはこの村とは関係ないんですから、むしろセーヤさんだけでも逃げてください! セーヤさん一人ならどうとだってなるはずです!」


「いや、さすがにそれは寝覚めが悪いだろ?」

 ちょっといい感じの仲になった可愛い女の子を見捨てて逃げるとか、そんなのチートフル装備で異世界転生した意味がまったくなくなるからな。


「まなしー、どっかいくの……?」

「大丈夫、どこも行かないよ」

 不安そうな顔で聞いてくるハヅキの頭を、優しく撫でてあげる。


「セーヤさんのお気持ちはよくわかりました。でもこの剣は……えっとカタナでしたっけ? 見て分かるように、細い上に曲がっちゃってるんです。ご先祖様が使っていたそうなんですけど。一応なんとなくお手入れはしてますけど、これでまともに戦えるとは……」


「使っていいなら使わせてくれ。多分、俺なら使いこなせるから」

「こんな細くて曲がった剣をですか?」


「安心してくれウヅキ。この剣は俺の故郷の剣だ。使い方は俺が知ってる。俺に任せろ」

「セーヤさんの故郷の武器なんですか?」


「ああ。知らないと思うけど、俺の故郷は日本って言うところで、これは日本刀――カタナっていう武器なんだ。あと曲がってるんじゃなくて、最初からこういう形なんだよ」

「そ、そうなんですね!」


「だからちょっとばかしこの日本刀かたなを貸してくれ。なーに、こいつがあれば、俺は百人力だからさ――!」

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