#46 なきわが子のための宝石

宝石商のものがたり・そのいち


「今回ご紹介いたしますのはこちらのムーンストーンでございます。

 大きさは幼子のこぶし大の卵形、貴重な透明度の高い天然石、ムーンストーンの特徴たる月明かりのごとき青い輝きブルーシラーが石の内には閃いております。

 さて、とかく宝石には、それも希少な宝石には物語がつきものでございます。

 ムーンストーンといえば、一般的には所有者の心に安らぎをもたらし、他者とのつながりを与え、絆を深めてくれる宝石である、と伝えられております。

 ええ、このムーンストーン――“なきわが子のための慈愛”にも、そういった物語がございます」


「それはそれは仲睦まじい夫婦がおりました。恋を実らせ愛を育んだふたりは、その結果としてひとりの子を授かりました。生まれた子はふたりの宝物となったのです。

 ふたりは愛くるしいわが子を大事に、それは大事に育てました。その甲斐もあって子はすくすくと育っていきました。それは彼ら家族にとって最も幸福な時間でした。

 しかし、ある夜の事です。家族の住まいにひとりの男が訪ねてきました。男は占い師で……どうしましたか、赤子のこえ? いいえ、そんなものは聞こえませんよ――さて、占い師の男でございます。

『あなたたちはこの世でもっとも幸福に違いない。どうかしがない占い師のこの私に、これから起こる幸福な未来を占わせてくれないだろうか』と占い師の男は言いました。だれしもそう言われて悪い気はしないものですよね。夫婦も同じでした。

 “どのような幸福のかたちでも構わないさ。僕たちが幸福なのに変わりはないのだから”――そんなふうに占いを許してしまったのです。

 占いを終え、男は言いました。『どうやら、あなたたちの幸福はその宝石のおかげらしい。宝石を大切にしつづければ、これからも幸福でいられるだろう』――。

 夫婦は困惑しました。石。何のことを言っているのだろう。石。そんなものはない。石。わたしたちの幸福の象徴は、石、大切なのはわが子において他にないのに。

 占い師の男が去った後、奇妙な焦燥にかられた夫婦は子を見に行きました。

 そして子の睡る部屋で夫婦の見たものが……この宝石でございます――」


「子は宝、などと申しますが――いつから、子は宝石になったのでしょう?

 それともはじめから子などおらず、正気を失った夫婦が宝石を子だと思いこんでいたのでしょうか。

 ほら、ムーンストーンは、“所有者の心に安らぎをもたらし、他者とのつながりを与え、絆を深めてくれる”でしょう。石には意思が宿る、などとも言いますから。想像を巡らせるのであれば、この宝石は、わが子の喪失を受け入れられない不幸な夫婦に幻想の子を与え、絆と心の安らぎをもたらした、ということなのかもしれません。

 以上がこの宝石の物語となります。ええ、夫婦のその後はわかりません。ただ、わたくしの手にこの宝石があるのですから、宝石を手放してしまったというのは確かなようですわ。

 “なきわが子のための慈愛”――奇妙で魅力的な物語を秘めた宝石でございます」


「ああ、そうでした。

 赤子のこえは、まだ聞こえますか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る