やっぱり嘘つき


「あー……、己龍ノーコン。ちゃんとあのバカ狙えって言ったのに」

「何言ってる。亀に当たったのは虎汰が投げた方だろ」

「違うよ、己龍の」

「虎汰のだ」


 もめながら近づいて来た二人を、木下くんが濡れた顔を拭いながら憎々し気に睨みつける。


「なんだよ、お前ら……なんて事しやがる」

「うん。『他人ひとのツレにチョッカイ出すなクソ野郎』って言いたかったんだけど、こっちのが手っ取り早いと思ってさ」


 ニッコリ微笑む虎汰くんと、氷点下の眼差しの己龍くん。目の前で対峙した二人に、木下くんは鼻白んだ笑いを吹きかけた。


「チョッカイとかマジ勘弁。久しぶりに会ったし、前はフッちゃって可哀想だったから少しかまってやろうと思っただけなのに」


 今更だけど、この人に告白した自分が信じられない。立ち尽くすだけで何も言えない自分が本当に情けない。


「別に、全ッ然いらないから。熱くなっちゃってお前らバカなの?」


 ひりつく空気の中、木下くんの後ろから女の子たちが口を挟んだ。

 

「やめなよシュン。あんた県大会ひかえてるし、揉め事はヤバイって」

「そうだよ、もう行こう。ね?」

「うるせぇな、わかってるよ! ただ一言だけ言っておかないとな。……おい、方丈」


 突然指名されて、心ならずもピクッと震えてしまう。

 あたしの前には亀太郎くんの背中、そのさらに前に虎汰くんと己龍くんがいて、ちゃんと守られているのに。


「お前さ、コッチで告りまくって誰にも相手にされないから東京行ったんだろ? そんでなに、東京で男漁りして釣れたのがこいつら? やるじゃん」


 あの時もそうだった。

 この人の口調は、嫌悪感の中に人を小馬鹿にした笑いが含まれている。


「どうやって釣ったよ? あ? お前、男に飢えてたもんなぁ、餌は何だよ。なんかスゴイやつ?」

「……てめぇか」


 ザワッと、誰かの気が湧き上がった。

 

(今の声……まさか)

「そういう餌ならたいていの男は釣れるって! しかしヤルねえ、マジ無理だわ! あっはははは!」


 その瞬間、弾丸のように彼が飛び出し──咆哮した。

 

「テメェが13番目かあぁぁ!!」


 虎汰くんの拳が木下くんの鼻にめり込み、身体が後ろに吹っ飛ぶ。


「虎……!」


 女の子たちの悲鳴が空気を裂き、仰向けに倒れた木下くんが鼻を押さえて地面でのたうつ。


「テメェが最後の男だったのか! 夕愛を泣かしたヤツだろ! 夕愛がなんだって? もっかい言ってみろよ、あぁ!?」


 木下くんの胸ぐらを掴み、容赦なく引きずり上げる虎汰くんを己龍くんが取り押さえる。


「やりすぎだ虎汰、手ぇ離せ!」

「うるせぇ! こいつだ己龍、こいつが夕愛を……!」


 ──ああ、やっぱりこの人は嘘つきだ。


 爛々と光るオリーブの瞳。今にも変化してしまいそうなほど膨張した白虎の気。

 どうしてあたしの事でそんなに怒るの? どうしてあたしの事でそんなに心が泣くのよ……。 


「虎汰郎くん、イカーーン! こんな奴、殴る価値はない!」


 二人がかりで虎汰くんを引き離し、亀太郎くんが木下くんの顔を両手で包んだ。


「亀、頼む。たぶん折れてる」

「うむ、任せたまえ。放出する」


 己龍くんに羽交い絞めにされた虎汰くんが尚も叫ぶ。


「そいつは夕愛を傷つけた。何も知らねぇ馬鹿が……ぜってぇ許さねえ。女は守るもんだろうが!」

「……!」


 女は守るもの。どこかで聞いた台詞。

 すると、それまであたしの横で固唾を飲んでいた紫苑ちゃんがポツリとつぶやいた。


「……はは、やっぱり変わってないや」

「紫苑ちゃん……?」

「前に言っただろ。ああして昔はよく助けに来てくれた。飛んできてぶん殴って、女は守るものだって。私のヒーローだって」


 眩しげに目を細めて、紫苑ちゃんが虎汰くんを見つめる。


「あの話って……え? じゃあ紫苑ちゃんが好きな人って……!?」

「虎汰だよ。誰だと思ってたの。いつもニコニコみんなに可愛がられて。変わっちゃったと思ったけど、やっぱりそうじゃなかった」

(そんな……)


 その時だった。大通りからこの路地に、警察官がひとり小走りで入って来る。


「亀、マズい。誰かが通報したらしい」


 顔色を変えた己龍くんの足元で、木下くんの治療をしていた亀太郎くんが詰めていた息を吐き出した。


「ここまでだぬ。よし、二手に分かれて逃げよう。夕愛くんと紫苑くんは公園通りからホテルに戻りたまえ。僕らは別の道から……消えりゅ!」


 その言葉にあたしはピンときた。

 自分たちは変化して姿を消すから大丈夫、だから君たちは二人で行けと。


「わ、わかった。紫苑ちゃんこっち!」


 無我夢中であたしは紫苑ちゃんの手を掴んで走りだした。振り返ると木下くんたちも足をもつれさせながら違う路地に逃れて行く。


「ねえ夕愛! お巡りさん、虎汰たちの方追いかけて行くよ」

「あの人たちは大丈夫! いいから走って、この先に近道があるから。早く!」


 虎汰くんたちが捕まることはない。それよりも彼らを見失った後、お巡りさんはあたしたちを追ってくるかも。その前に逃げ切らないと。


(もし捕まってあれこれ聞かれたら、絶対みんなの身元もわかっちゃう。もし傷害事件とかそんな事になったら)


 そんなのだめだ。だって虎汰くんはあたしの為に……!


「し……おん、ちゃん……! あそこ、あの、鳥居を、抜け……て」

「大丈夫、夕愛? あんたもうヘロヘロじゃない」

「だい……じょ、いいから、はやくー!」


 民家の間に忽然と竹林が現れた。昔からその前には小さな鳥居があって、ここから林を通り抜けていくと別の道にひょっこり出られる。


「ここ、近道だから……地元の人以外は知ってる人、ほとんどいないはず。お巡りさんもここまでは追って来れない……!」

「わかった、行こう」


 鳥居をくぐって中に入ると、散歩コースの細い道や広場のようなスペースまである。外灯もいくつかは整備はされているから、真っ暗闇なんてこともない。

 子供の頃はここを竹林公園と呼んでよく遊んだものだ。


「うわ、懐かしい。全然変わってないや」

「……夕愛」


 ようやく歩調を緩めて歩ける。まだ心臓はバクバクしてるけど、ここまでくればきっと大丈夫。


「あ、ここ通って学校行くのは禁止だったんだけどね。でも帰りに寄り道して遊ぶの楽しかったな」

「なあ夕愛」

「ほら、ちゃんとテーブルとベンチもあるんだよ。ここでカードゲームとかシール交換なんかもよく」

「やっぱりイトコじゃないんだろ、あんたたち」


 思わず足が止まってしまった。


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