暴発、にゃんにゃん!
もう彼は澄ました顔で隣を歩いてる。その横顔は彫刻みたいに綺麗。朝起きて懐にいる白虎には癒やされるのに、人の虎汰くんは癒しどころかあたしを落ち着かなくさせる。
(変な気持ち……)
なんだか息苦しくなって、あたしはセカセカと早足で己龍くんに続いて廊下に出た。
──その瞬間。
「なんだよコターー! お前最近冷たいーん!」
横からガバッとものすごい力で抱きつかれた。
「坂……!?」
田くん、と叫びたかったのに、頭から彼の筋肉質な腕に絡め取られて声が出せない!
「行こうぜカラオケー! 奢っちゃるからあぁぁ!」
グリグリと頭を撫で回され、ジョリジョリ頬ずりまで。坂田くんヒゲ濃いぃー! てか間違ってる! 虎汰くんはあたしの後ろーー!!
あまりに突然の出来事に誰もが一瞬フリーズ。その中で弾かれたように飛び出したのは虎汰くんだった。
「坂っち! ボクこっち、それは夕愛だよ!」
「…………」
間に入って引き離そうとしても坂田くんのムキムキ前腕筋は緩まない。
(はっ! 坂田くんあたしに触ってる。まさか……まさか!?)
「方丈さん……って、やっぱりコタのイトコだね」
え? ホントは違うけど、どゆこと?
ガッチリ坂田くんにホールドされたあたしの頭にピコーンピコーンと警戒警報、エマージェンシー。果たして彼は、夢見るような目をして心の内を吐き出した。
「今気付いた、キュートすぎる。オレの溢れる想いを受け止めるのはキミだぁ! 方丈さ……!」
ツバを飛ばす坂田くんの顔が、両腕が、いきなり三つの手でギリッと掴まれた。
「……それは一生気付かなくて良かったんだよ、坂っち」
坂田くんの顔を掴んだ虎汰くんの瞳が燃える。白虎の気を滲ませて、筋張った手が彼の顔を握り潰してしまいそう。
「坂田……夕愛を離せ。俺がお前の腕を折らないうちに」
恐ろしい形相の己龍くんが坂田くんの太い片腕をねじ上げて低く囁く。やっぱりその身体から、怒れる青龍の気がダダ漏れ。
「坂田トシキくん。恋は時に残酷だ。キミが彼女の心に付け入るスキは1ミリも、1ナノもピコもヨクトもない」
イケボで凄み、亀太郎くんのタラコ指が静かにもう一本の腕に食い込んでいく。ぽっちゃりフェイスからも玄武の只ならぬ黒いオーラが。
「くっ……をぉぉあ……!」
苦しげに顔を歪ませて坂田くんが歯噛みする。だけど虎汰くんの指の間から覗く目は死んでない!
「まっとうな恋を知ったオレを止められるかぁ! 方丈さんっ、好きだーー!」
異常なバカ力が三神の手を跳ね除け、坂田くんはあたしを引き寄せて頬にブチョっと唇を押し付けた。
「……っ!」
身体中に戦慄が走る。頬に触れたその生温かい感触に肌が粟立つ。
「い……いやあぁぁぁっー!!」
あたしの悲鳴が廊下を突き抜け、頭上でビシッと何かが外れる音がした。次の瞬間、目の前の坂田くんの頭に蛍光灯が器具ごと落下――!
「ガッ!?」
けたたましい音を立てて蛍光灯が床で砕け散る。そこに崩れるように倒れ込んだ坂田くんの頭からは……幾筋かの血。
(今の……!?)
廊下に生徒たちの叫びと悲鳴が轟く。あたしはもちろん、彼を見下ろす虎汰くんたちも顔色を変えた。
「方丈……さ……、好、……」
蛍光灯の破片の中で、倒れた坂田くんが声を絞り出す。
あたしのせいだ、あたしのせいだ、またあたしのせい……!
「坂田くん……」
たまたまあたしに触れて、そのせいでこんな酷いことに。筋肉マッチョなのに実は運動神経は鈍くて、しかもこんなに運も悪い。
(この人……お気の毒すぎる!)
「どきたまえ夕愛くん! 傷は僕に任せるんだ」
亀太郎くんがあたしを押しのけて坂田くんの頭に手を置く。その横で虎汰くんも彼の額に触れた。
「坂っち、落ち着いて。ボクの声聞こえる? 深呼吸できる?」
「コタ……。方丈さん……」
伸ばしてきたその手に、たまらず駆け寄ろうとしたあたしを己龍くんが抱き留めた。
「落ち着け、違うだろ。しっかりしろ」
「己龍くん……。違わない! だってあたし坂田くんを……坂田くん!」
あたしの叫びに、虎汰くんがハッと顔を上げる。
「己龍! 夕愛をここから連れ出して正気にさせろ、早く!」
「こちらは僕たちに任せたまえ、夕愛くんを頼む龍太郎きゅん!」
「……来い」
グイッとあたしの手を引き、己龍くんがずんずん廊下を行く。
「やだ……放して。あたし坂田くんの傍にいる……!」
「ダメだ、いいから来い」
一年の教室のある四階から階段を降り、己龍くんは普段はあまり行った事の無い西棟への渡り廊下を進んでいく。
一歩ずつ坂田くんから離れていくと思うと、あたしの胸は潰れそうに痛んでしまう。でもこれは違うんだってわかってる。これは娘娘の衝動。
(坂田くんごめんなさい、ごめんなさい)
心で繰り返しながら、あたしは己龍くんに捕まれた手の甲をつねる。千切れたっていい、この苦しい勘違いを止めてくれるなら。
己龍くんは何も言わない。ただ歩調がどんどん速まってあたしは小走りになる。
やがて彼は西棟外れにある一室の引き戸を開け、あたしを放り込んだ。
(LL教室……?)
そこはランゲージ・ラボラトリー。各デスクにパソコンやオーディオが備わった、英語の専門授業の時にだけ使われる教室。
「ここなら誰も来ない。俺がよく一人になりたい時に来る場所だ」
誰も来ない、そう聞いた途端に気が緩んで、あたしは壁伝いにずるずるとその場に座り込んでしまった。
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