恋のぺんたごん
夏休みとクルクルの尾っぽ
ピロン♪
一日の終わりかけ、午後10時前。
リビングでラブミーをパラパラめくっていると、スマホがメールの着信を知らせてきた。
(あ、亀太郎くんから。バイト終わったんだ)
毎日だいたいこの時間、1通だけ。あたしはチラとリビングテーブルの上を流し見た。
そこではお座りしてしっぽをフリフリしている白虎、身体を8の字に巻いた青龍、そしてフライパンに乗った朱雀が並んで流行りの刑事ドラマに見入っている。
【こんばんは、愛しのアモーレ。
君のきゃめたろうが今夜も愛を誓いに来たよ。
今日は一日、笑顔で過ごせたかな? 辛いことはなかったかな? 何かあったら遠慮なく相談してくれたまえ。この僕が愛という名のワンツーパンチで憂いなど粉砕してみせよう。
ときに夕愛くん、夏休みはいつ長野に帰省するつもりだい? 僕も日を合わせるよ。
ではでは、今夜も良い夢を……グッドナイト(*´з`)】
前フリはだいたい同じ。そして必ず、笑顔で過ごせたかと聞いてくる。
(……はい。大丈夫でしたよ)
おかしな人だけど、ちょっと困ったところもあるけれど。
(優しいんだよね)
あたしはスマホを握り直し、入力画面にチョンと触れた。彼も彼なりにあたしを心配してくれる人。感謝しなきゃイケナイと思う。
(とはいえ長野に帰る日を合わせるって事は、一緒に行くつもりなんだ。どうしよう……めんどい)
感謝とソコは別だったりする。
「なに夕愛、きゃめからおやすみメール?」
テーブルから飛び降り白虎がタタタと駆け寄ってきた。そして当たり前のようにあたしの膝の上。
「わっ、コラ見ちゃダメー」
子虎が伸び上がってスマホに前足をかけ、画面を覗き込んでくる。
「なんで? そんな見られて困るようなやり取りしてんの」
「そ、そういう事じゃなくて。やっぱりこういうのを他の人が」
サッと取り上げたスマホの周囲を、今度は青いチビ龍がウネウネと取り巻く。
「愛のワンツー亀パンチ? キモワラ」
「ちょ、己龍くんまで! それ言わないであげて」
「こらこら君たち、夕愛ちゃんのプライバシーを尊重……ぷはっ! アモーレ? ちゅーの顔文字!? これはもうテロだテロ、ぅわははは!」
ホットな尾長鳥までもがバサバサと飛びながらスマホをガン見。いい大人のくせに!
三人ともテレビに夢中だったから大丈夫かと思ったけど、失敗した。
「と、とにかく! 返事くらいはしないと……」
スマホからそれを待ってる気配がギュンギュンしてくるから。
ソファに座りなおし、改めて入力画面に向きあうと、周りに三神がわらわらと寄って来た。
「ふーん。きゃめのやつ、それでも一日一回って約束は守ってるんだ」
「おや、そんな約束を? 君たちが睨みをきかせてるのか」
「こんなもの既読スルーしとけ」
あたしの右肩あたりに浮かんでいる青龍が、ウロコを逆立ててすごんでくる。
「え、それはいくらなんでも亀太郎くんに悪いよ。必要最低限の事だけだから」
すると左肩の朱雀が興味深そうに、青龍の前にバサバサと移動した。
「ほほお。虎汰くんだけかと思ったら、己龍くんまで夕愛ちゃんに近づく輩が気に入らないようだねぇ。いつの間にそんなカンジに?」
己龍くんは顔色ひとつ変えずに(というか龍の顔じゃ表情なんかわからないけど)、静かに宙に浮いたまま。あたしの方がドギマギ動揺してしまう。
「あ、あの煉さん。己龍くんはあたしを心配してくれてるだけで……」
「ぷぷ、そう? でも見てごらん夕愛ちゃん、己龍くんの尾っぽ」
「おっぽ?」
ちょっと身体を引いて見てみると、さっきまで長くたゆたっていた己龍くんの身体が、尾の先からくるくる
「己龍くん? なんかタツノオトシゴみたいになってるけど」
「…………」
彼はクルッと背を向けると、タツノオトシゴ状態のままふわふわと自分の部屋に入っていってしまった。
「あのね夕愛。己龍は動揺すると尾っぽがクルクル巻いちゃうんだ」
「……は?」
「ははは、ああ見えて己龍くんってけっこうわかりやすいんだよ。夕愛ちゃんも覚えておくといい」
…………うそ。
「僕からすれば、虎汰くんの方がよっぽどポーカーフェイスだと思うよ。怒ってても悔しくてもニコニコしてるからね」
子虎がむにゅっと笑ってふわふわのシッポを振る。
確かに己龍くんはいつも怖い顔をしているけれど、時々その気持ちが見える時がある。反対に虎汰くんはいつも笑っていて……。
「それより夕愛、夏休みはホントにいつ帰るの? ボクも一緒に行くから」
「え……、ええ!? 一緒にって、でも」
「夕愛ちゃん、夏休みは新幹線も混むから一人で行かせるのは心配なんだ。虎汰くんもこう言ってるし、付き添ってもらいなさい」
思いがけない申し出に、それまで考えていた事が霧散してしまった。
って、あたしなに考えてたんだっけ?
「でも、その。うちってお客さんを泊める部屋もないし」
「夕愛んちに上がり込んだりしないって。どっか近くのホテルでも取るよ。ついでに信州観光するんだー」
ウチの近くに観光名所なんてあったかな。
「軽井沢には別荘があるけど、それより奥には行った事ないんだ。楽しみ」
ごろごろと喉を鳴らす虎汰くんはやけに楽しそう。夏の旅行代わりにするつもり?
「えっと……じゃあ花火も上がる夏祭りがあるから、それに合わせて」
「お祭り!? いいねー、それ行きたい。案内してよ夕愛」
「う、うん」
虎汰くんがぴょんぴょんと膝の上で跳ねる。そこへバン!とドアが開いて、人の姿に戻った己龍くんが出てきた。
「俺もいく」
……ですよね。
「えー、己龍も? いらなーい。せっかく夕愛と二人でお祭り行って、ロマンチックに花火見て」
「うるさい。煉さん、俺の分も宿の手配して」
「はいはい、じゃあ夕愛ちゃんの実家に近い所で探しておくよ」
あれよという間に決まってしまったあたしの夏休み予定。でも確かに二人が一緒なら安心だし、それに。
(二人とお祭り……楽しいかも)
やっぱりあたし、東京に出て来て正解。なんだかんだ言っても彼らのお蔭で毎日が楽しくて学校生活もそれなりに充実してる。
(このままずっと楽しく過ごせたらいいな)
夏休みが待ち遠しくなってきちゃった。
「あ、そうだ。日程の事、亀太郎くんに返事……」
ズイッとなんの遠慮も無しに己龍くんが、白虎が、朱雀が、あたしのスマホを覗き込んでくる。
「……やっぱり自分の部屋でします。もう寝るし」
スマホと雑誌を掴んであたしはソファから立ち上がった。
「あの亀に夏休みは帰らないとでも言っとけ」
「そんな! 嘘なんかつけないよ」
「えー? じゃあきゃめも一緒にいくのかなぁ。暑苦しそうー」
「君たち、ホントにその玄武クンにはキビシイねぇ。ま、わかるけど」
まだ何か言いたげな三人を置いてあたしは自分の部屋に向かう。
その後ろをトコトコと付いて来る白虎を、己龍くんがムンズと掴み上げた。
「ぎゃぅ!」
「コラ。お前はしれっとどこに行くつもりだ」
「え、だから夕愛が寝るって言うから……ぎゃうううぅぅ! 苦しいよキリュー!」
これもまあ、いつもの事。今追い出してもどうせ朝起きたらベッドの中に居るんだろうけど。
揉めてる二人を尻目に自分の部屋に入り、改めてスマホを取り上げた。
【亀太郎くん、アルバイトお疲れ様です。今日もあたしは元気だよ。夏休みに武石に帰る日の事だけど】
あたしはいつもよりちょっと長めに、きちんと亀太郎くんにも返事を返した。
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