この龍、取り扱い注意
せっかくの入学式だったのに。
(なんかフワフワしちゃってて、式のほとんど覚えてない……っ)
完全に自分を取り戻したのはたった今。
新入生がそれぞれの教室に案内され、『1-A 方丈 夕愛』と書かれた札が乗った席に座った時だった。
『担任が来るまで待機』と言われた教室は賑わっていて、中でも中央あたりの席で楽しそうに笑い合ってる生徒たちは知り合いらしい。その輪の中心にいるのは、虎汰くん。
「コタちゃん、クラス同じだったー! やったね!」
「うん。ボクもメイたんと一緒、嬉しいー」
その女の子と笑顔でハイタッチ。そこにかなりイカツイ男子生徒が割って入る。
「コタ、心配すんな。またオレがクラスの野獣オンナどもからお前を守ってやるからな」
頭を撫でられてくすぐったそうに首をすくめても、やっぱり可愛い笑顔は変わらない。
「アンタのがずっと危ないよ坂田! コタくんは私たちみんなでシェアすんの」
「そゆこと。ね、コタちゃん、帰りカラオケ行こうよ。今日はガッコすぐ終わるっしょ」
「あああ、お前らみんなして暗い部屋にコタ連れ込んで……ナニするつもりだ!」
「ウタうんだよ! 文句あんのか、おぉん!?」
賑やかな彼女たちを遠巻きに見ている人たちも興味津々な感じ。きっとあの輪に入りたいと思ってるクチじゃないかな?
すると、斜め後ろの席から今度は女の子のヒソヒソ声が聞こえた。
「絶対そうだよ。この学校だったんだ、信じらんない超ヤバイー……」
何事かと肩越しにそっと様子を窺うと、その子たちは窓際の一番後ろの席に座る男子をチラチラと盗み見ている。その手にはファッション誌lovemy春特別号。
(……そりゃバレるよね、己龍くん)
席に座って窓の外を眺めているだけでも、やっぱり絵になるし目を引く。後ろの彼女たち以外にも、よく見ると教室のアチコチから彼に熱い視線を送っているグループがあった。
(なんだか怖くなってきた。あの二人と一緒に住んでるってバレたらあたしイジメの対象になるかも?)
煉さんが言ってた。二人と同じクラスになるように手配しといたから安心してねって。
どう手配したかわからないけど別にしてくれた方が良かったんじゃない? どうしよ、なんか変な汗が……!
「あらら……早く担任が来ないと面倒な事になりそう。ね、方丈さん」
正面からいきなり名前を呼ばれて、あたしはビクッと跳ね上がった。
「はっ、はいっ! え、あの……」
前の席からこちらに身体を向けて微笑んでいる女の子。ストレートの長い黒髪と黒目がちな瞳が日本人形を思わせる、どこから見ても美少女だ。
「あんただろ? 己龍と虎汰のイトコってのは。聞いてるよ」
あれ? 見た目と違ってなんか話し方がボーイッシュ。てか、え? 従兄妹? ナニソレどゆこと?
「この前、虎汰からメールきてさ」
彼女が手にしたケータイを操作して、メールアプリの画面をズイとあたしに差し向けてくる。
コタ【でね、ボクのイトコの夕愛が今度同じクラスになるから、しおんちゃん面倒みてあげて。しおんちゃんが一緒なら、変な嫌がらせとか誰もしないでしょ?】
しおん【かわいいこだったら引き受けてやるww】
コタ【かわゆす。たぶんしおんちゃんの好み♪】
「虎汰くんがこんな事を……?」
「そ。あいつらとは幼稚舎の時からの付き合いなんだ」
ケータイのカバーをパチンと閉じて、彼女はニヤリと不敵に笑った。
「私、藤咲
「え、で、でも。あたしなんかでいいんですか? その……可愛いって、藤咲さんのご希望にそえるとは」
「あはは! それ、そういう感じだよ、私の好みの可愛さって。別に見た目とかじゃなくてさ」
「はぁ……」
よくわからないけど、やっぱり見た目はダメなのか。
「それにあんた。田舎から出て来て、あいつらと同じ叔父さんの家で世話になってんだろ?」
ガボッと心臓が口から飛び出た! ……ってくらい驚いた!
「イトコで良かったな。さすがに親戚にまでやっかむ奴はいないだろうけど、それでも私とつるんでた方が安全だぞ」
そういう事!? 血が繋がってれば恋愛対象外に認定されるから。
(考えてみれば、毎日一緒に登校するだろうし、同居の事もどこまで隠し通せるか……。だったら最初から従兄妹って事にしとけば被害は最小限で済む!)
一筋の光が頭上に降り注いだような気がして、あたしは思わず涙ぐんでしまった。
「あ……あでぃがどお~、よろじぐおねがいじまず~」
「う、うん……こちらこそ。てか紫苑でいいから、私も夕愛って呼ぶし。……あ!」
突然小さく声をあげ、彼女があたしの背後に目を見張る。
「まずいな。あの子達、己龍のトコ行くつもりだ」
その視線を追って振り返ると、己龍くんに注目していたさっきの女子たちがスマホを手にしてソワソワと席を立ち始めたところだった。
「まあ、クラスにけっこうな有名人がいればムリもないけど。夕愛も己龍が雑誌のモデルやってるのは知ってるよな?」
「う、うん。知ってるけど。紫苑、ちゃん。まずいって、あの人たち何するつもりなの?」
「たぶん己龍にメールアドレスでも聞こうとしてるんだろ。でもそれやっちゃうとアウトなんだ」
まだ話したこともない男子にいきなりメアド!? やっぱり東京の女の子ってなんかスゴイ!!
「校則とかでアドレスの交換禁止って決まってるの?」
「そんな校則あるか。そうじゃなくて……付属から上がって来た子は知ってるけど、あの子達は一般受験だろ。ま、見てりゃわかるよ」
ちょうどその時、教室の扉が開いて先生らしき男の人が入ってきた。
するとあの女の子たちもみんな慌てて自分の席につく。
「なんだ面白くない。セーフか」
苦笑いで肩をすくめ、紫苑ちゃんは前を向いてしまった。
「えー、みなさん。東雲学園高等部、入学おめでとう。私が一年間、君たちの担任となりました江藤です。これから君たちは……」
三十代半ばと思われる江藤先生は、気さくな感じでなかなか好感の持てる人に思えた。
けれど、そのまま担任の挨拶が長々と続くうちに、心はさっきの会話と前の席にある紫苑ちゃんのつやつやな黒髪でいっぱいになっていく。
(美人ではきはきしてて、すぐクラスの中心になっちゃいそう。いいのかな、こんな人にあたしなんかがくっついてて)
虎汰くんの顔を立てて友達になってくれたんだろうけど、すぐに退屈な子だと思われて扱いに困るのでは?
ふう、とひそかにため息をついた時、なぜかクラスのみんながワッとどよめいた。
(え、なに? あたし先生の話、全然聞いてなかった)
「よーし。じゃあ出席番号の……後ろから順番に行こうか。男子からな!」
先生の言葉に、クラスの女子から控えめな歓声が上がる。何が何やらわからないあたしは、ただキョロキョロと辺りを見回すだけ。
そんな中、ガタンと椅子の音がして振り返ると、なんと窓際の己龍くんがひとり立ちあがったではないか。
「はは、いきなり己龍からだってさ。見てなよ、夕愛」
紫苑ちゃんが笑いながら、あたしに小さく耳打ちする。クラスみんなの視線が窓際の一番後ろに集まり、教室が水を打ったように静まり返った。
「
己龍くんの落ち着いた低い声が波紋のように広がる。
(あ……そうか。これ、お約束の自己紹介だ)
そして彼は、なんのてらいもなく淡々と言ってのけた。
「俺に個人情報を聞いても一切答えない。プライベートに関しても同様。聞いてきた奴とは、それ以降二度と口はきかない。以上」
(…………!)
教室内を、戦慄と含み笑いが二分する。そしてあたしはもちろん……戦慄の側だ!
(なんて強気、しかもけっこうな横暴!)
着席して椅子の背にもたれる彼に戸惑いがちな拍手が送られ、次の男子に自然とバトンが渡った。
「……ほらな。アレ、一般受験の子が入ってくると必ず宣言するんだよ。実際、前にモデルの仕事について聞いた子、それ以来話しかけてもシカトされてる」
紫苑ちゃんはやけに楽しそうだけどあたしの心臓はまだバクバク。さっきの女の子たちも怯えたような顔で、タオルハンカチを握りしめている。
(なにもあんな言い方しなくたって。あれじゃただの偏屈、協調性がない、気難しい、それから……!)
「――はーい! 次はボク、神宮司虎汰といいます。さっきの偏屈で協調性がなくて怖い顔した御社己龍は、ボクのイトコです」
いつのまにか、もう自己紹介の順番はサ行にまで進んでる。
真ん中辺りの席で、立ちあがった虎汰くんがグルリと周囲を見回した。
「でもボクは己龍と違って、みんなと仲良くなりたいから。自己紹介代わりに今なら一個だけプライベートな質問に答えまーす。何かある?」
教室がにわかに色めき立つ。主に女子のみなさんの興奮で、部屋の温度が少し上がったよう。
「はい! 神宮司くんって彼女いるんですかー?」
早い者勝ちとばかりに、一人の女の子が片手をノリノリに上げて叫んだ。
「あれ? 意外とベタなヤツがきたなぁ。うーんとね、今はいなーい」
その答えに、ホッとしたようなブーイングのような複雑な声がまじりあう。
それでもさっきまでのヒリついた空気はどこへやら、場はいつのまにか和やかなものに変わっていた……のに。
「でも好きな子はいるよ」
そう一言付け足して、虎汰くんは自分の席にストンと腰を下ろした……。
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