死神の裏垢

「何それ、宗教みたいだな」

 大学の食堂で何をするでもなく授業間の暇をつぶしていた最中、隣の席に座っていた磯田いそだが怪訝な表情を浮かべながら涼介に言った。磯田は涼介と同じ専攻に属する同級生で、涼介にとっては隼人に次いで共に過ごす時間が長い間柄だった。

「そんなうさんくさい団体よりさあ、よっぽど面白いネタがあるんだけど、興味ある?」

 磯田はこちらの内面を見透かしたようないやらしい笑みを見せた。

「え、どんな?」

涼介は自分の心がまる見えだという恥を承知で、磯田の掲げた餌に反射的に飛びついた。磯田は情報感度が高く、また交友関係も広いらしく、どうやって仕入れたのだろうというような希少な情報を持っていることが多かった。涼介はその磯田の情報に何度も助けられていた。

「聞きたい? ちょっとおっかない話だぜ」

「もちろんだよ。教えてくれよ、頼む」

 磯田は承認欲求が満たされたのか、満足げな気配を口元の微小に滲ませながら話し始めた。

「あのさ、お前もツイッターやってるだろ。全然呟かないって人も多いけど、なんだかんだほとんどの人がアカウント持ってるじゃん。そのツイッターで今、ちまたで不吉な噂がまことしやかに囁かれているらしいんだよ。いわば都市伝説みたいなもんだな」

「ツイッターで都市伝説? 聞いたことないぞ」

「まだほんの一部の界隈だけでの盛り上がりらしいから無理ないな。でさ、その都市伝説ってのが、とあるアカウントにフォローされた人には近い将来すべからく死が待ってるってものなんだよ。そのアカウントは、人呼んで『死神の裏垢』。この死神の裏垢にフォローされたアカウントの更新は、しばらくすると漏れなくぱたりと止まるってるんだってさ」

 磯田は、どうだ怖いだろうと言わんばかりにこちらの目を覗き込んで来た。

「ほんとかあ、それ。ただフォローされた人たちが偶然ツイッターの更新やめるタイミングと重なっただけなんじゃないの?」

「それが本当なんだよ。ほら、見てみろよこのまとめサイト。これまでの経緯がずらっと書いてあるからさ」

 涼介は疑い深い眼差しで磯田の掲げるスマホ画面を覗き込んだ。確かに磯田の言う通り、実際に『死神の裏垢』と呼ばれるアカウントがフォローしたアカウントの持ち主が、自殺や事故により命を失っているようだということがそれなりの根拠を持って書かれていた。しかし、もっともらしく上げられている根拠にも、その確実な裏付けとなるものはない。死亡したと記載されている人物がそのフォローされたツイッターアカウントの持ち主であるということを、疑いの余地なく証明することはやはり不可能だ。

「うーん、何だかねえ。胡散臭いオカルト話って感じ」

 それっぽく思える情報を無理やり結び付けただけだろう、と涼介は判断した。結局は偶然を人工のコンテンツに脚色しただけの与太話だ。

「興味深い内容ではあるけど、さすがに非科学的過ぎるよね」

「ちぇっ、せっかく教えてやったのに」

 涼介が真に受けていないと見えたか、磯田はつまらなそうに吐き捨てた。


「ただいまー」

 大学から帰って来た涼介は、誰ともなしに呟きながらリビングに通じるドアを開けた。時刻は十七時を少し回ったところ。今日は四限の講義を終えて珍しくそのまま真っすぐ家に帰って来ていた。

「ああ、お帰り」

 予想しない返事に涼介は少し虚をつかれた。

「黒川さんか、びっくりした」

 黒川がリビングのソファーに座っていた。目の前には資料の山が積まれている。

「ごめん、お邪魔してるよ」

「こんな時間からいることもあるんだね。いつも帰って来るの割と遅いから知らなかったよ」

「まあ、たまにね。こうやって仕事させてもらいながらだけど。ああ、そう言えばお土産にケーキ買って来てあるから冷蔵庫開けて食べて。最近駅の近くに出来た話題のケーキ屋さんのやつ。美味しいよ」

「ああ、ありがとう。黒川さん、世の中の話題にも詳しいんだね」

「患者さんから聞いたりすることも多いからねえ」

「なるほど。とりあえず、お言葉に甘えていただきます」

 涼介はリュックをダイニングの机の上に置き、冷蔵庫を開けてケーキの入った箱を覗き込んだ。モンブランやショートケーキ等、色鮮やかな定番のケーキが幾つか並べられていた。涼介は好みのモンブランを一つ取り出し、カップに注いだ紅茶とともに手に携えてキッチンを抜け、リビングのソファーに腰掛けた。

「いただきます」

「どうぞどうぞ」

 涼介は右手に持ったフォークでモンブランを切り崩し、一片を口へと運ぶ。

「おお、美味いねこれ」

「だろう。凄い行列だったんだから」

「ありがとね、黒川さん」

 涼介はご満悦な笑みを浮かべながら規則的なリズムでフォークを口元へ運んだ。

「最近はどうなの、記事制作の方は」

「あー、そっちね」

 涼介は残り少なくなったモンブランに手を伸ばしながら答えた。

「なーんか、オカルトチックなネタが多いっていうか……胡散臭い話が多いんだよなあ」

「へえ、例えばどんなの?」

「ちょうど最近大学の友達から聞いたのはさ、死神の裏垢って呼ばれてるツイッターのアカウントについての都市伝説」

「死神の裏垢……」

 その言葉を聞いて黒川の目の中の光が一瞬揺らいだように感じられた。自分の勘違いか、もしくは聞き覚えがあるのか、と多少いぶかりながら涼介は続けた。

「そう、死神の裏垢。聞いたことあります?」

「いや、初めて聞いたな」

 黒川はすっかり平然とした様子で返した。

「でも、すごく奇抜なネーミングだね。どういう都市伝説なんだい?」

「俺もきな臭いと思いながら聞いてたからあんまり詳しくはないんだけどね、そのアカウントにフォローされちゃったら死んじゃうんだってさ」

「ほう、それはまた過激な都市伝説だね。そのネタで記事を書くのかい」

「まさか。なかなかキャッチャーなネタではあると思うけど、さすがに無理があり過ぎるよね。自分がもっと幼い頃だったら信じたかも知れないけどね。」

「ふーん、そうか。まあ、妥当だろうな。メディアとしての評判にも関わってくるだろうしね」

「そうそう。オカルトものってやっぱり色が付いちゃうからねえ。迂闊に手を出しづらいのよ。というわけで引き続きネタ大募集中ですよ、黒川さん」

 涼介は黒川にこれ見よがしの笑みを投げる。

「こちらも引き続き、提供できそうなネタはないなあ」

「ちぇっ、新しいケーキ屋さんの話とかは知ってるのにな」

「ケーキ美味しかったろ? それで満足してくれよ」

「まあ、そう言われたら何も言えないけどね」

「ふふふ」

 そうほほ笑んだのち、黒川は手元の複雑そうな資料に目を戻した。

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