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 北海道札幌市。

 日本最北の政令指定都市であり中央区、北区、東区、西区、南区、白石区、手稲区、厚別区、豊平区、清田区の計10の区で構成をされている。人口は195万人ほど。冬季間に開催される雪祭りやがっかり観光名所と呼ばれる札幌時計台、サッポロビールやすすきのなどが一般的には有名だろう。

 その10区の内、白石区は人口20万人強。特に見所と言うものも残念ながら思いつかないのが特徴だろうか。

 地下鉄沿線沿いには新しい区役所などが立ち並び以前に比べると賑わいを見せ始めているが、JRが通る駅前はシャッター通りと呼ばれる程度には不景気に晒されている。

 シャッターが並ぶ駅前通からやや離れた住宅街に建てられた古めの木造のアパートの一室から、男がドアを開けると外に出てきた。

 青いストライプが入ったワイシャツに黒いスラックス。ネクタイはしていないがサラリーマンのように見える。右手には黒いキーケースを持ち、左手にはキャメルカラーの皮製の擦り切れたビジネスバッグのハンドルが握られていた。


 男――佐藤はドアを閉め手にした鍵を鍵穴に差し込むと捻り鍵をかけ、キーケースをビジネスバッグの中に放り込むとゆっくりと歩き始める。


 季節は9月。札幌では朝晩は既にやや肌寒いが、雲ひとつない天気のお陰で日の光を浴びていれば朝7時を少し回ったこの時間でも上着が要らない程度には暖かく、過ごしやすい一日になりそうだった。

 数年前に建て直したJR白石駅前はこの時間であればまだ人通りも少ない。やや暫くもすれば通勤や通学に利用する人間でそれなりに混み合うだろう。佐藤は黙々と駅前通を進み、タイミングよく青になっていた横断歩道を渡った。

 その後も5分ほど歩き続けていると目の前には小学校が見えてきた。校門には北郷小学校と書かれている。

 佐藤はその北郷小学校職員玄関へと入っていった。





 特別教員室と札がかかった部屋の一室で佐藤は椅子に座ると大きくSとプリントされた白いマグカップでインスタントコーヒーを飲んでいた。

 6畳ほどの部屋は佐藤以外には人は居らず、佐藤が座る折りたたみの式のパイプ椅子とその前に置かれているねずみ色の金属製の机にデスクトップパソコンと幾つかの小物が並び、その他には一人用のロッカーとまばらに本が並べられた本棚があるだけだった。教材と呼ばれるようなものの類は見当たらない。

 佐藤がインスタントコーヒーを飲み終える頃に一時間目を告げるチャイムが鳴る。校内ではこれから生徒たちの授業が始まるのだろう。

 だが佐藤はマグカップを机の上に置くだけで部屋から出る様子は見られない。替わりに手を伸ばしデスクトップパソコンの電源ボタンを押すとCRTディスプレイ、すなわちブラウン管製のディスプレイがブン、と微かに音を立てブルースクリーンを映し出す。

 暫くしてOSが起動し、四色に彩られた旗のようなロゴが映し出された後一度暗転し画面が切り替わる。青い背景の真ん中に待ち時間を表す砂時計の表示が30秒程続いた後やや遅れて幾つかのアイコンが表示をされ、砂時計は白い矢印に姿を変えた。

 佐藤は有線式のマウスを動かし「論文」と書かれたファイルをダブルクリックするとキーボードを叩き始める。

 それは何度か目のチャイムが鳴り午前中の授業が終了するまで続けられた。

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