第40話 頭のいい会話には頭のいい人しかついていけない
「ふむ、何やら興味深い話をしているな」
ふとずしりと背中に重みを感じて、低いバリトンボイスが聞こえた。何事と見るとハルイチさんが俺の背中に乗りかかってベネディクトのメモを読んでいる。
「ほうほう、こういうテのやつが好きな者なら喜んで飛びつくような現象だな」
くつくつと笑う彼の言葉の真意が読めない。いやいつもこの人の言うこととか考えてる事は俺には何一つ分からないんだけども。分かってたまるかなのだけども。
「これはいくつか説が唱えられるぞ。一つはその森とこちらでは時間の流れが違う、もう一つはタイムスリップだな」
「タイムスリップ?」
「ああ」
彼は頷いて続けようとするが、正直もう俺の頭はパンク寸前です勘弁してください。俺の頭は宿の接客スキルと刀のことしか詰め込む間はないんです。
他の三人を見るとランとベネディクトは真剣な表情で聞き入っていることからしっかりと理解していることがうかがえる。
が、スズメさんは……あーっと穏やかな笑みっ! これ以上ないくらいの穏やかな微笑みだっ! これは理解していないっ! 理解することを放棄しているっ!!
ハルイチさんはそれに気付いて哀れんだような目でため息をつくと、出来る限り噛み砕いて説明してくれた。
「お前たちはその森を彷徨っている間か、出てきた時、数時間前に移動したということだ」
まあおそらく出てきた時だろうな、と仮設を立てる彼に質問、と手を挙げる。
「どうして出てきた時だと思うんだ?」
ハルイチさんはこんな質問にも丁寧に答えてくれた。優しい。
「出てきた直後、お前たちの背後には森ではなく、崖があった。ならば何かしらの事象に巻き込まれたのはこの瞬間であろうことが予測される。……もしかしたら、森の内部の特徴的にお前たちがいたという森に入った瞬間にも巻き込まれていたのかもしれんな。少なくとも今現在森に危険なものがあったという情報は入ってきていない」
「入った、瞬間……」
「どこからか出ることがあるということはまず入ることから始まるという訳だ」
「……なる、ほど……?」
なんとなく分かった。スズメさんもなんとなくだが少しは理解できたようだった。……微笑みは崩れていなかったが、できたと信じよう、うん。
なら、とベネディクトが口を開く。
「仮にそうだとして、今から調べに行く、というのはできないのか」
「この三人は運良くこちらに帰ってこれたのだ。次もまた帰ってこれるとは限らんが、それでもいいのなら好きに行けばいい」
すばやく返したハルイチさんの言葉に彼はぐぅ、と唸った。流石に彼とてこんな時に危ない賭けはしたくないらしい。
「なら、あまり森に入らないように注意を呼びかけるのが懸命だね」
ランが言ったのに頷いたハルイチさんはこれは憶測だが、と話す。
「この辺りは普段なら竜玉の加護が及んでいる。それさえもとに戻れば、このような訳のわからんことも起こらんだろう」
「あー、結局そこになるかー」
ベネディクトがため息をついた。俺も密かにつく。
何が起ころうとまず竜玉をなんとかしなれば話が始まらないということだ。
「取り敢えずこの件はサマウィングの方に伝えておこう。……このメモ、もらうぞ」
「おう」
ハルイチさんがベネディクトからメモを受け取り、船の方に歩いていく。
彼が去った後、ずっと黙っていたスズメさんがはあっと大きく息を吐いた。
「やっぱり難しい話はわからねぇな」
「そんなに難しい話だった?」
「学のある人間からしたら簡単だろうけどよぉ……。アタシ学校出てねぇし……」
「まあ今から勉強していけばいいじゃん」
「うぅ……。学校行かずに身体鍛えてたガキの頃が悔やまれる……」
優しく言うランにスズメさんは唸って小さく頼む、と呟く。
それを見ていたベネディクトはとにかく、と手を打って立ち上がった。
「今は竜玉が何よりも先決! アカリの
次にラン、と彼はランを見る。
「一級医療魔術師は護衛隊にも募集した冒険者にも少ない。仕事は多くなるだろうから覚悟しとけよ」
最後にスズメ、と続ける。
「お前の実力は冒険者協会からも聞き及んでいる。S級のその力、見せてくれよ」
思わず胸がじんと熱くなった。彼は本当に士気を上げるのが上手い。
応と俺たちが答えたのを聞いてからワーナーさんの元へと行く彼の背中を眺めて、これがカリスマなんだろうなぁ、と思った。
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