第23話 出発前夜
二人が出て行った後の部屋で、ランにこの後どうする、と聞く。
彼は鍋をぐるぐるとかき混ぜながら答えた。
「僕はある程度薬を作り終わったら早めに寝ようかな」
朝弱いんだよねー、と笑う彼に今日起きてたじゃん、と言うとルリのおかげ、と返される。
「水被ると一瞬で目覚められるよ。君もどう?」
「俺は朝強い方だから遠慮しとく!」
彼が今朝少し髪を濡らしていた理由が分かった。
ランの部屋から自室に戻る。取り敢えず今日は明日に備えて武器や持ち物の整理をすることにした。整理整頓、コレ大事。
準備は出来る時に出来るだけしたほうがいい。
「よし、と」
「兄ちゃん」
「何だ?」
あぐらをかいて座り込み、鞄をひっくり返そうとしたところでメイに声を掛けられた。
メイ、お兄ちゃんこれから整備するところなんだけど。
彼女は鞄を持ち上げたままの体勢でいる俺に構わず小首をかしげた。
うん、可愛い。流石俺の妹。
「毎回思うんだけど、なんで整備する時前髪そんなふうにするの?」
「え、邪魔だから」
俺の前髪は普通より少し長いくらいだ。勿論、普段の生活や戦闘に支障はない。てか支障が出てたらこの習慣が付く前に師匠に坊主頭にされる。
だが、下を向いたり細かい作業となる整備の際にはそれを髪留めで上げていた。たまに紐でチョンマゲにしたりする。別に人に見せるもんじゃないし多少不格好なのは気にしない。
「切ればいいじゃん」
「前回の旅で師匠に前髪を切られた時に自分に短い前髪は似合わないと学習した」
前髪を切った師匠は暫く笑い転げて過呼吸を起こしていたくらいだ。彼女曰く「違和感が本気で仕事してる」らしい。ふざけんな。
更に少し伸びた頃には「小さい子を連れて歩いてる気分」とまで言われたのだ。童顔なら童顔だって言葉濁さずに言いやがれ。
「なんで、兄ちゃん美形だからだいたい何でも似合うよ。切らせてー」
「おっとお兄ちゃんそれお前が切りたいだけってわかったぞ!? やめろこれは俺のアイデンティティーの一つなんだから! 短かったら余計幼く見られんだよ!」
「ちっ、気付かれた」
「舌打ちすんな!」
彼女の本意に気付いた俺は必死に前髪をハサミを持った妹から守った。シャキンシャキンってハサミで音立てながら近づくのはやめてくださいめっちゃ恐い。
しばらく攻防戦が続き、なんとか前髪を死守することに成功した俺は座り直して今度こそ鞄をひっくり返す。
魔術で中の空間を広げているそれから、ドサドサドサッと色んな物が落ちてきた。
財布、応急処置セット、手ぬぐい数枚、風呂敷に包んである着替えなどの生活用品から、閃光弾、音響弾、小型の爆弾などの戦闘補助道具(閃光弾500コリト、音響弾400コリト、小型爆弾1280コリト。全部セットで買うと1980コリトのお買い得品)。
そこから閃光弾をいくつか取り出し、鞄のベルトと交差になるように腰に巻いているベルトに付けていく。これで目くらましは大丈夫だろう。
次に太腿に普段から差しているナイフを研いでおく。旅において、ナイフは意外と刀よりもよく使う。これは俺が始めて旅に出た時から愛用しているものだ。元は船長からのお土産で、切れ味がいいので重宝している。
旅を始めた当初のことを今思うと我ながら本当に馬鹿だったと思う。
十三歳の小僧がナイフ一本という貧相な装備でなんとかできるはずも無く、旅に出たその日の晩に魔獣に囲まれて死にかけた。冗談抜きで。
その時颯爽と助けてくれた人にホイホイ付いていったのが見ようによっては運の尽きだった。
その人は人さらいとかそういうのではなかったが、とんでもないスパルタ変人刀使いだったのだから。あ、駄目だ遠い目になってしまう。
頭を振って師匠を脳内から追い出してからナイフをしまい、雪華の確認をする。
昨日研いでもらったばかりなのでその刀身は反射白く光っていた。
「頼むぞ、相棒」
小さく呟いて柄に戻し、よ、と掛け声を付けて立ち上がる。
「そろそろ晩飯でも食いに行くか!」
「魚! 私お魚食べたい!」
「おっし、明日に備えて腹一杯食うぞー!」
「わーい!!」
隣の部屋
「うん、元気なのはいいことだけど……。寝られないなぁ……」
ランはシーツを被って苦笑いをした。
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