グロリアの再教育 XVIII.お茶会前日

 漸くベッドから起き上がれるまでに回復しました。

 なかなか窮屈なものだ。

 することもないので1日がとても長く感じるし体は鈍ってしまうと意外に怠さを感じるものなのだと初めて知った。

 ともあれ、今日から仕事復帰です。

 背中に傷跡が残り、ジークも父もとても気にしていたけれど背中の傷跡程度で引くような男はこちらからもご遠慮願いたいので問題ない。

 父にもそう言っているし、人を見る目はある人だ。

 ちゃんとした人を選んでくれるだろう。


 「あら、セシル。もう起きて大丈夫なの?」

 「ええ、お母様。ご心配をおかけしました。

 それでグロリアの様子はどうなのですか?」

 「可哀想に。すっかり怯えているわ」

 「・・・・・もう1か月も経ちますが」

 「あの子はあなたとは違うのよ!とても繊細なの」

 「それは失礼いたしました。

 硝子のような脆い心臓をお持ちでしたのね。

 そんなので魔の巣窟たる貴族社会で生き残れるのかしら。

 姉として私、少々心配ですわ」

 母の額に青筋が立ちますが私の知ったことではありませんね。


 「お茶会を開催したいと思っています」

 「あの子はまだそんなものに出られる状態ではないわ」

 「状態など関係ありません。出てもらいます」

 「あなたは妹のことが心配ではないの?」

 「ええ。妹は私と違って怪我などは負っていませんから」

 「あなたのミスでしょう!

 あなたが勝手に馬車から飛び出さなければ傷など負わずにすんだ。

 女の子が体に傷など作って、これでは嫁の貰う手がありませんね」


 そもそもグロリアがパニックなど起こさなければ私も乱戦中の外に出る必要はなかったのだけれど。

 これは言っても詮無いことですね。


 「ご安心ください。私はとても優秀なので傷など気にせず嫁に来て欲しいという殿方が山ほどいらっしゃるので」

 「婚約破棄されたばかりでしょう」

 「ええ。グロリアに手を出されるとは思ってもいませんでしたわ」

 「っ」

 「良い教育をしていらっしゃいますわね、お母様」

 私はニッコリ笑ってお母様の横を通り過ぎた。

 向かうのは当然、グロリアの寝室だ。

 私の後ろには当然、ジークもついて来ている。


 バキリと後方で扇が折れる音がした。

 恐らくお母様が怒りのあまり折ってしまったのでしょう。

 ああ、勿体ない。

 庶民ならあの扇1つで1年は働かずに食べていけるのに。

 後で回収して売っぱらおうかしら。


 と、そんなことを考えているとグロリアの部屋についてしまった。

 ノックをするとグロリアの専属メイドが出て来た。

 取次ぎをお願いしたら却下されたので私はニッコリ笑って強行突破に走った。


 「お待ちください、セシル様。グロリア様は」

 慌てて私を止めようとするメイドはジークが何とかしてくれました。

 やはり連れて来て正解ね。


 「グロリア、話があるわ」


 グロリアは真昼間からベッドの中で丸まっていた。

 天気もいい日だというのにカーテンは閉じられ、暗雲とした空気が室内に立ち込めていた。

 居るだけで気が滅入りそうだ。


 「来ないでください。私はお姉様に合わせる顔がありませんの」

 「そんなことはどうでもいいけど」

 「どうでもよくありません!

 私のせいでお姉様の背中に怪我を負わせたのですよ!

 私なんかのせいで、お姉様だってどうせ私のせいだって思っているのでしょう。

 だったらあの時、追わなければ良かったのに。

 私なんかの後を追って行ったせいでお姉様が怪我をして、私が周りから責められるんだわ」

 「・・・・・」


 殴っていいかしら?

 きっと誰も文句は言わないわよね。


 「ジーク、殺気を押さえないさい」


 ベッドに潜って顔も見せないグロリアは気づかないが今、ジークは言葉では言い表せない顔をしている。

 「申し訳ありません、お嬢様」

 取り敢えず駄々洩れになっていた殺気は引っ込んだ。

 顔もいつも通りというわけには行かないが取り敢えず見れるように戻してくれた。


 取り敢えず最初の下りは丸っと無視をすることにした。

 さっさと本題に入って切り上げる方が良さそうだからだ。

 私の精神衛生上の問題として。

 何よりも長居をするとジークが持たないかもしれない。

 「グロリア、明日、お茶会を開催します。

 あなたにはそれに出席をしてもらいます」

 「無理です!」

 「いいえ、無理ではありません」

 「また襲われたらどうするのですか?」

 「既に犯人は逮捕されていますし、お茶会は我が家で行われるので問題ありませんわ」

 「でも」

 「でもじゃ、ありません」

 「体調が優れないの」

 「では明日までに体調を整えて下さない」

 「そんな無茶なこと言わないでください」

 「いいえ、無茶ではありませんわ」

 「お姉様、やっぱり怒っていらっしゃるのね。

 私のせいでご自分が傷物になったと」

 「私が傷物ですって?

 それがどうしたというのです?

 私は自分の行いに恥じるものなど一切ありません!

 なんならこの傷跡は勲章にしてもよろしくてよ。

 あなたを守ってついた傷ですもの。

 何か恥じる行為をしてついた傷ならそれは確かに恥ずべきものかもしれませんが私の場合は自分に恥ずべきことなど1つもないので傷のことなどどうでもいいのです」


 本当のことを言うと全く気にしていないわけではない。

 そりゃあ、女の子ですから。

 でも、気にしたところでこの傷跡が綺麗になくなるわけではないのだ。

 なら気にしたって仕方がないじゃないか。

 それなのにグロリアは傷跡の話をする。

 まるで傷口に塩を塗りたくるように「自分のせいだ」と言いながら私を責める。


 「ほら、やっぱりお姉様は私のせいだって思っているんだわ」


 ?だからどうして、そうなる。


 「私を守ってついた傷なら守らなければ良かったのです」

 余計なことを言ったのは私か・・・・・。

 ああ、もう。面倒くさい!

 一層この妹をドブに捨てられないかしら。


 「でも、私だってバカじゃないのよ」


 いいえ、あなたは十分おバカですよ。


 「私聞いたのよ。今回の主犯はミハエル様だって」

 誰だ。このバカに余計なことを吹き込んだのは。

 「お姉様がミハエル様のことをもう少し考えて下さればミハエル様だってこんなことはしなかったわ。

 私だって巻き込まれずにすんだのに」

 「つまり、グロリア様はセシル様のせいだと言いたいのですか?」

 ついに我慢できずにジークが口を開いてしまった。

 「っ。誰もそんなこ言っていないでしょう」

 「ではどういうつもりで言ったのかお答え願いたい」

 「・・・・・私は事実を言ったまでです」

 「っ!あなたは」

 「ジークそこまでよ」

 不満を露わにするジークだが、優秀な執事だ。

 本来、使用人が私達の会話に口を出してはいけないことぐらい分かっている。

 だから彼は不満を持ちながらも私に従ってくれた。


 「その話はここまでにしましょう。

 ここでしても意味のないことですもの」

 「私を追い出すの?私のせいで自分に消えない傷ができたとお父様に訴えて、その腹いせに私を追い出すの?

 そうよね。お父様もお姉様もお母様もみんな私なんかのことはどうでもいいのよね。

 私はお姉様のように好きな宝石もドレスも買ってもらえない。

 学校をサボってもお姉様なら許される。でも、私だったらお父様に怒られるわ」

 「何を言っているのか分からないけど、あなたを追い出すことはしないわ。

 追い出す人間にわざわざお茶会への参加を促したりしない。

 それに追い出すなら1か月前にそうしているわ。

 それとドレスも宝石も自分で稼いでいるお金の範囲から買っているわ。

 学校もサボってなんかいないわ。必要な単位は既に修得しているし、出席日数の為にだけに行っているの。

 早退や遅刻、欠席のことを言っているのなら仕事の為よ。

 あなたへの私に対する誤解の説明は以上よ。

 あなたが何と言おうとお茶会には参加してもらいます。

 それではもう話すことなどないので失礼しますわね」


 グロリアが反論する前に私とジークは部屋を出た。

 寝室の外では専属のメイドが心配そうにこちらを見て来た。


 「明日、グロリアをお茶会に参加させます。

 準備はよろしくお願いします」

 「ですが、奥様が」

 「これはお父様の命令です。

 あなたの主はお父様です。そのことを間違えないで」

 「・・・・畏まりました」



 取り敢えずこれで全ての要件はクリアした。

 自分の部屋に戻ったらどっと疲れた。

 「お疲れ様です」

 ルルは察しの好い侍女だ。

 何も言っていないのにお茶を淹れてくれた。

 「ありがとう」

 ルルの淹れてくれた紅茶で少しは私のささくれだった心も癒される。


 「問題は明日のお茶会ね」

 絶対に駄々をこねるだろう。

 「実力行使しかありませんね」

 まだ怒りMaxのジークは容赦がない。

 でも、実際にそうなるだろうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る