第二十八話 モンキー山の魔物
「アリアはなぜ、北の大地ルーシアスからこんな遠くまで来たの?」
『そういや、アリアが来た肝心なことを聞いていなかったな』
北の大地ルーシアス共和国から、ここパパイナ島のカカアカラまでは、相当な道のりだったことだろう。
アリアの旅路は、想像するだに何十日もかかったのではないだろうか?
「はい。私は、……カトリーヌさまを、いえ、漆黒の勇者エリザベート様をルーシアスに連れて帰らなければならないのです」
純粋で真っ直ぐな瞳でアリアに見つめられると、カトリーヌはとてもイヤとは言えない気がした。
『女神が啓示でも出したか?』
聖獣ジスは半ば冗談のつもりだったが――。
「そうなのです。ある日まばゆい光が教会を包みこみ、女神様が現われてあなた様を連れて来るようにと」
「女神様が……」
待てよ。どこかで聞いたような話だわ。
つい先日も――。
イルニア国第三王子ルビアスは、聖剣エクスカリバーが必要だと女神が言ったと言う。
聖女アリアは、女神が漆黒の勇者が必要だと言ったと言う。
――これってもしかして。
いよいよ女神は正式に、私の漆黒の勇者の任を解くおつもりじゃないだろうか。
「カトリーヌ様は、もしかしたら勇者のお仕事がおイヤになったのですか?」
アリアが潤んだ目を向け悲しそうな顔をしてカトリーヌを見るものだから、ぐっと困ってしまった。
カトリーヌは一人っ子。自分には兄弟もいないので、年下の子のこんな表情にはどうしたらいいものかと参ってしまう。
「漆黒の勇者の仕事自体はイヤになったのとは違うかな?」
『今でも困っている人々を放っておけずに助けてるし、魔物退治も変わらず身分を隠しながらだけど引き受けているもんなぁ』
聖獣ジスが自慢げに言う。
「では漆黒の勇者でいることがおイヤになってしまわれたのですか?」
うっ、アリアはなかなかに鋭い。
まるで放たれて速度を増した矢のように鋭い。
「そうかと思う。私は戦いで大事な者や大事なことをたくさん失くしてきたから」
「守れる力を持っていても、守りきれなかった後悔の思いはいつまでも深く自責となって残りますものね」
アリアはカトリーヌを見ながらさらに奥を遠くを見つめていて、自分にも重ねているようだった。
アリアは、そしてカトリーヌは自分の力の無さを実感する。
――なにが漆黒の勇者だ、と不甲斐なくて悔しくて仕方ない。
私は漆黒の勇者としての力を活かしきれているのか?
カトリーヌは、いつでも自問自答してきた。
――私は、本当に勇者として
一瞬のミスが判断の過ちが罪のない人々の命を奪う。戦いの迷いが、遅れや隙と至らなさが戦う仲間や支えあう仲間、大事な人たちの命を奪っていく。
残酷な魔王の圧倒的な力の前に、いったいいくつの尊い命が散ったことだろう。
カトリーヌは魔王を倒してからも、なおずっと自分自身に問いかけていた。
故郷ランドン公国を離れてもずっと――。
その問いは頭から離れない。
――私は漆黒の勇者として、
果たして相応しいのだろうか――
「とにかくアリアの荷物を取り戻さなくっちゃ。取り戻したら私はモンキー山の魔物退治に行って来るよ。それからアリアの国にも向かおう」
「本当ですか! まあっ! よろしいのですか?」
アリアが明るく笑ったのでカトリーヌはホッとした。
「だって断われないじゃない?」
漆黒の勇者としての立場?
勇者としての立ち位置のプレッシャー?
大きすぎる責任と、過大な期待に押し潰されそうに何度もなりながらも。
そうだ、私は万能ではないのだから。だからこそ自分の出来ることは全力でやっていこうと決めたじゃないか。
『モンキー山の魔物。やはり気になっていたんだな?』
「だって、ジス。放っておけないじゃない。ねっ?」
さあ、一つ一つこなしていこう。
私の始めたばかりの農園と一緒だ。
始めたばかりの頃は、なにも分からなかった。
経験が全くないことだったわ。
立派で瑞々しく美味しい果物や野菜たち、いかに体に優しい恵みを育てるのはどうしたらいいのか分からなかった。
けれど、いろんな人の知恵を借りて毎日出来ることを少しずつでも一生懸命やってきた。
試行錯誤を繰り返して、いっぱい失敗をして。
そうして今では実りを迎えた出来の良い作物をそれなりに収穫して、市場や店に売りに出せるまでになった。
まずは目の前の問題を、課題を一つずつ、確実にこなしていく。
時間がかかっても、私は真摯に目の前にそびえ立つ問題に真正面に向き合い取り組み、そうして解決していけばいいんだ。
――時に、束の間逃げるかもしれない。
……もしかしたら、時にはとことん落ち込むかもしれない。
でも! 私は、諦めない。
――進むのだ!
ただ、ひたすらに進んでいくのだ。
ああ、悩んでいたことが晴れたようだわ。
それが仮り初めだとしても、ほんの少し、ずんっと重たかった心が身体が軽やかになった。
ずっと縛られていた『想い』から目を背けず、しっかりと向き合うことこそが解決方法だと知った。
ここで、カトリーヌの顔つきが変わる。
軽くなる気持ちに明るさを灯した。
彼女は力強く、一歩を踏み出す――。
決意した、その先へと。
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