第2話 森に住む小さな魔女様 #2

 数時間後、男の子はラズリルのアトリエに置かれたベッドの上で目を覚ましました。

 「あ、良かった。気がついたね」

 「……きみ、だれ?」

 まだ、意識が朦朧としている男の子はラズリルを見て問いかけます。

 「ボクはラズリル! こう見えて薬師なんだよ!」

 「くすしって……なに?」

 「えっとね、お薬を作る人のことだよ」

 「お医者さまなの?」

 「ま、まぁ、そんな感じかな」

 魔女と間違われるぐらいならお医者さまの方がずっとマシだと思い、ラズリルは妥協してお医者様ということにしました。

 「ひょっとして、ラズリルちゃんがボクを助けてくれたの?」

 「君を見つけて運んでくれたのはボクの友達だけどね。手当をしたのはボクなんだ」

 「そうなんだ。ありがとう、ラズリルちゃん」

 えっへん! と小さな胸を張るラズリルは少し誇らしげでした。

 ラズリルは薬師ですが、普段はギルドと呼ばれる組織を通して依頼主の元に薬を渡すことが多いので、こうして面と向かってお礼を言われることはとても新鮮でした。

 「ラズリルちゃんはすごいんだね」

 「えへへ、それよりも怪我の具合はどう?」

 「えっと……―――ッ、……ぁッ!!」

 安易に腕を動かそうとした男の子が傷口を抑えて顔を歪めます。

 「ありゃ。一応、止血はしたんだけど、やっぱり骨にヒビが入ってるのかな? まだ痛む?」

 「こ、これぐらい平気……」

 男の子は顔を背けて額に脂汗を浮かべていました。

 ―――やれやれ、小さくても男の子だなぁ……。

 それが強がりだってことはラズリルにはすぐに分かりました。しかし、薬師としては例え小さな我慢であっても見過ごせません。

 我慢のせいで病気や怪我への対処が遅れ、下手をすれば手遅れになってしまうこともあるからです。

 「安静にしてなきゃダメだよ! 怪我も病気も治りかけが一番危険なんだから」

 「だ、ダメだよ! 弟が熱を出したんだ。だから早く薬草を探して帰らないと!」

 必死な形相で説明をする男の子にラズリルはなるほど、と思いました。

 ―――そっか、この子は熱を出した弟のために森の中に薬草を探して入ったんだ。

 「それなら安心して、薬草よりももっと効く薬を用意してあげるから!」

 「ほ、ほんとっ?」

 「もちろん! ボクは薬師だからね、熱なんてお茶の子さいさいだよ」

 「本当に弟は助か―――ッ、……くぅっ!」

 男の子はうっかり怪我した腕を動かしてしまったようで、再び苦しそうな表情を見せました。

 「もう、安静にしてなきゃダメだって、ちゃんと君の怪我を治したら薬と一緒に森の外まで送っていってあげるからさ」

 「……森?」

 男の子が不思議そうな顔をします。

 ―――そっか、気を失っていたからボクのアトリエがどこにあるかも分からないんだ。

 患者に余計な心配をさせるわけにはいきません。別に隠しているつもりも無いのでラズリルは男の子の疑問に答えてあげることにしました。

 「ボクのアトリエはアメジスタの森の奥にあるんだ」

 しかし、それを聞いた男の子は驚きの表情を浮かべました。

 「アメジスタの森って……! 魔女が住んでるって噂の、あのアメジスタの森っ?」

 「……むっ」

 魔女、という言葉にラズリルがむすっとした表情を浮かべます。

 男の子が魔女に対して怯えた態度を示したのが気に入らなかったからです。

 もちろん、男の子が魔女の正体がラズリルであることを知らずに言っていることぐらいラズリルも理解していますが、やっぱり納得はできません。

 ラズリルはぷくっと頬を膨らませます。

 「街のみんなが口を揃えて言うんだ。アメジスタの森にはすごい魔女が住んでいて、その魔女は決して怒らせたらダメだって」

 「ふ~ん……、どうして怒らせたらダメなの?」

 「魔女を怒らせると、街に不幸が訪れるんだって、みんなそう言ってる」

 それを聞いてラズリルはさらに不機嫌になりました。

 ―――ボクが街の人を不幸にするなんて、そんなことあるわけないじゃないか。本当に失礼しちゃうな!

 「ラズリルちゃんは魔女に会ったことある?」

 だからラズリルは男の子の質問にムキになってこう答えました。

 「魔女なんていないよ」

 「え、でも、街の大人たちが……」

 「魔女なんていないよ」

 「ほ、本当に……?」

 「魔女なんていないよ」

 「……………………」

 「いないよ」

 ラズリルは何度でも言いました。

 ―――うん、魔女なんて居ない。居るのはただの薬師だもん!

 男の子もラズリルの気迫に押され、大人しく頷くことにしました。

 「う、うん……。分かった……。ラズリルちゃんの言葉を信じるよ」

 「よろしい!」

 ラズリルは男の子が頷いたことに満足して、大きな笑顔を見せたのでした。

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