「勇者」としての立場
「ま……まぁ、此れでも飲んで少し落ち着いて欲しい……」
「あ……こりゃあどうも……いただきます……」
いきなり魔王の私室に現れた俺は、魔王リリアの姿を見てフリーズしてしまったんだ。
そしてそれは、その恰好を見られたリリアも同様で。
互いに暫くの間動き出せずにいたんだが、それでも何とか冷静さを取り戻し、俺は彼女の勧めでテーブルに付くとリリアの出してくれたお茶を口にしていた。
俺が衝撃で硬直した原因、それは……。
余りにも可憐な、魔王リリアのワンピース姿を目の当たりにしたからに他ならない。
それまでの「魔王」のイメージやら先入観を全て吹き飛ばすその姿は、俺でなくとも絶句していたに違いないからな。
そしてそれは、その姿を見られたリリアの方も同じなようだ。
普段ならば決して誰にも見せずに、そんな姿で人前に立つなんて論外なんだろう。
だからこそ、いきなり現れた俺に対してどう対処して良いのかが即座に浮かばなかったんだろうな。
リリアの服装は、何も煌びやかな……とか、高級な……と言うものでは全然ない。
至極普通な……としか言いようのない、薄いピンク色のワンピースだ。
スカートの下方まで前止めのボタンが等間隔で付いており、襟首は丸襟になっている処がまた可愛らしい。
長袖ではあるのだが、肩口にはぷっくりとしたふくらみが作られていて、それがまた可憐さを醸し出していた。
腰のあたりでキュッと絞り込んでいるデザインなのだろう、ベルトも何もしていないのに彼女の細いウエストが見事に見て取れた。
そしてスカートの裾は膝上丈と、全体的に清楚で健康的な造りとなっており、先日見た鎧姿のリリアとは見事に対照的な印象を周囲に振りまいていたんだ。
俺達は、暫し無言で彼女の煎れてくれたお茶をすすっていた。
それだけ見れば……そしてここが魔王城で無ければ、本当にただのお茶会かお見合いかと思われる光景だ。
だが間違いなく、これは人界の勇者たる俺が魔界の統治者であるところの魔王リリアに謁見している光景に他ならない。
「お……驚いたのではないか……勇者……?」
そんな沈黙を破ったのはリリアの方だった。
頬を朱に染めたリリアは、手にしたカップを指で弄びながら恥ずかしそうにそう問うてきたんだ。
そんな事は聞かれるまでもなく、驚いたなんて言葉では言い切れない衝撃は今も俺の中で続いているんだが。
何も答えない……いや、答える事の出来ない俺に、彼女は更に言葉を繋げたんだ。
「この格好はその……言ってみれば……私の趣味だ……。いつもはその……部下達の手前、威厳を大事にした衣装が必要でな……。この様な姿をする事も、また見せる事も出来ないのだ……」
焦りつつも必死でそう説明するリリアは、どこか弁解している様にも見えた。
でも、そんな必要なんて何処にも無い。
「……他の奴らの手前、強さを誇示した姿で居なければならないのは仕方ないかもしれないが……俺の……人界の勇者である俺の前だけでなら、それも良いんじゃあないかな?」
そう考えられたのは、俺とリリアが同じ境遇だったからに他ならないんだ。
勇者に選ばれる……と言う事は、非常に光栄な事かも知れない。
多くの若者が、自分こそが世界を救う勇者になる事を望んでいるのかもしれないからな。
斯くいう俺も……そして恐らくはクリーク達だって、少なからずそんな想いを持っていたに違いないんだ。
でも、必ずしも万人がそうでは……ない。
恐らくはリリアのように、期せずして……もしかしたら望まずして選ばれた者だって皆無じゃあないだろう。
ある日突然聖霊により選ばれて、断る事も出来ずに受け入れる……若しくは押し付けられた者だっていただろうな。
俺はそうじゃあなかったが、リリアは不本意ながら「勇者の役割」を演じてきたのかもしれない。
その結果が魔界の王……魔王への就任であり、強い自分を演じる事を強いられ続けて来たのかも知れないな。
「……勇者……。そ……その……アリガトウ……」
リリアは顔を真っ赤にして、瞳を潤ませながらそう返して来た。
くぅ! 何という破壊力だ!
リリアなら勇者としてでなくとも、その笑顔だけで魔界を平定できるんじゃあないかと思わせる程だった。
何とも言えない空気が蔓延しており……少なくとも俺の体感温度では、この部屋の室温は2、3℃上がったんじゃあないだろうか!?
そんなある意味で身を捩られる様な雰囲気を打破してくれたのは、やはりと言おうか……リリアだった。
「それでその……勇者? 今日は、どう言った用向きで……?」
そうだった。
この空気に当てられて、危うく本来の目的を忘れる処だった……。
もっとも既に、もうこのまま帰ってもいいやって気分になっていたんだが……そうもいかないよな。
「あ……ああ。とりあえず先日話した、魔界と人界を交流させる人選の進み具合と、今後の予定を改めて話しておこうと思ってな」
俺が、この間ここで話した事を持ち出した事で、リリアの表情に真剣味が増した。
ただその表情を見るに……あまり好転はしていない様だな。
「……すまない、勇者よ。此方の方では、未だに良い知らせを報告する事が出来ないのだ……」
やはりと言おうか、リリアの口からは謝罪の言葉が齎されたんだ。
でも、そんな顔をしないでくれよ……。
それじゃあ何だか、俺がリリアを責めている様にしか見えないじゃあないか。
「いや、まだあれから数日しか経っていないからな。事態が好転するには、余りにも期間が無さ過ぎたと考えるのが普通だろうな」
だから俺は、心底思っている事を彼女へと返したんだ。
そんな俺の言葉に、彼女は柔らかく相好を崩して顔を上げた。
どうやら、俺の意図を汲み取ってくれた……と思ったんだが、冷静さを幾分取り戻しているリリアの慧眼はそれだけに留まらなかったんだ。
「そう言って貰えると助かる……。しかし、そなたの方では幾分進展があったのではないか?」
そう先手を打たれて俺の中では小さな驚きが起こり、彼女に大きく感心していたんだ。
俺としてはそんな素振りなんてみせたつもりもなかったし、何よりもさっきまでは互いに顔も見れない状況だったんだ。
それなのに彼女は、僅かな時間で様々な事を汲み取っていた。
「よく……分かったな。此方の方では以前話した魔族の少女……メニーナとパルネが、何とかエレスィカリヤ村を旅立つ事が出来るかもしれないんだ」
そう口にしてみて、俺の方もリリアと然して状況は変わらない事に気付いたんだ。
あくまでもこちらの主観で鑑みれば、今言った様に事態は順調かも知れない。
でも、まだ何も決まった訳じゃあない。
長老達には、彼らなりの考えなり異論がある筈だ。
その結果如何では、俺の考えている様な結果になるとは限らないだろう。
自分一人の頭の中で考えているだけでは気付けない事も、こうやって口にして誰かと相談する事で見えて来る……。
今までずっとソロ活動をしていた俺の弊害と、その解消方法が見えた気がしたんだ。
「なるほど……流石は勇者だな。ならばそちらはそのまま話を進めてくれ。結果が確定したなら、また話に来てくれればよい」
ニッコリと笑う彼女を見て、俺は幾分救われた気になった。
リリアは、俺の話に綻びがある事も分かった上でそう言ってくれているんだ。
もしも長老が固辞してメニーナ達が村から出れなかったとしても、きっとリリアは俺を責めたりはしないだろうな。
「ああ……。結局は、どちらもまだ確定事項無しと言う事だな。ただし、俺の方にはまだ“殺し文句”がある。あまり使いたくはない言葉だが、決定打としては有効だろう」
俺が彼女の話にそう続けると、リリアも頷いて肯定してくれたんだ。
彼女もまた、分かっている。
俺が長老に「聖霊の言葉」を告げれば、恐らく反対できないだろうと言う事を。
そしてその上で、敢えて俺がその言葉を告げない理由も……。
まったく……今まで聡明な人物は何人も見て来たけど、彼女程頭が切れて
「そこで、この話がうまく進む事を前提として相談したい事がある。そしてこれは、今後必要となる事だろう」
そんなリリアを頼もしく感じながら、俺は次なる課題を口にしたんだった。
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