明日の黒板

泡沫 希生

 夏男君はいつだって、私の目の中で輝いて見えた。


 授業中真剣に先生の話を聞いている顔。ノートに文字を書きこんでいくたくましい腕。

 その見た目どおり運動神経も高く、バスケのシュートを入れているのを球技大会で見た時は心臓がドキッてした。

 顔はかっこいいかというと、そうでもない。

 どちらかといえば丸みを帯びた輪郭。優しげな目元。その印象通り、人当たりがいい。

 だから、彼の周りには友達が多かった。休み時間には、友達と談笑している姿をいつも見かけた。


 私が図書室で、高い場所にある本を取ろうとして爪先立ちをしていたら何気なく取ってくれた時もあった。

 あの時は、本当にびっくりした。頼んでもないのにしてくれたから。

 優しい人なんだなって思った。


 認めるしかない。


 三年でクラスが同じになった私は、彼にいつの間にかかれていたことを。


 でも、私は自分の気持ちを伝えることはできなかった。そんな勇気、なかった。

 話しかけることさえ、私にはできなかった。女友達でもうまく話せないことが多いのに、異性ならなおさらのことだった。

 それに、そもそも。

 夏男君にも誰か、好きな人がいるのかもしれないのだ。

 もし、思いを伝えて断られたら?

 好きな人がいると言われたら?

 それを考えたら、私の足は震えるばかりになるのだった。

 ああ、私はなんて意気地なしなんだろう。





 そうして、ついに、私たちは卒業を迎えてしまった。

 それでも、私の中から勇気が湧くことはなかった。このまま終わるのだと思っていた。


 だから卒業式の朝、学校の階段で、夏男君の「卒業式の後、教室に来てほしい。話があるんだ」という言葉を聞いてしまった時、私は驚いた。

 思わず、手にしていたかばんの取っ手を握りしめた。両手に赤い跡が残るほど。

 しばらくそうして、彼が去るまで階段に立っていた。





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