第1058話、わたくし、名前は『アイ』、『AI将棋』のアイですの♡(その2)

「……そんな馬鹿な、こんなことがあり得るはずがあるものか⁉」




 すべての勝負が終わったまさにその時、私はそう叫ばざるを得なかった。




 目の前に広がるのは、プロの棋士にあるまじき、何の格調性も整合性も無い、支離滅裂極まる盤面であった。


 ──いや、それでも、


 ……せめて、そう、せめて、


 勝っていれば、最低限の面目は保たれたのだが、




 事もあろうにプロを代表するA級棋士であるこの私が、素人のローティンの少女に、『頓死』級の完敗を喫してしまうとは⁉




「……まさか君は、本当に『予知能力者』だと言うのか?」




 思わず私の口をついて出る、荒唐無稽な言の葉。


 だが、そう思わずにはおられないほど、奇妙奇天烈な対局であったのだ。


 ……いや、


『予知能力』を持っていたらいたで、納得はできなかった。


 対局の流れを最後まで前もってわかっていたら、あんなむちゃくちゃな状況に陥ること無く、もっとスマートかつ一方的に勝てたはずだ。


 それでは、彼女──『の巫女姫』たるあかつきよみ嬢が、『予知能力者』であると言うのは、単なる噂でしか無かったのか?


 だが彼女が、あの混沌とした盤面においても、最後には私をねじ伏せたのは、紛う方なき事実だ。


 あんなこれまでに見たことも無い盤面において、勝機を見いだすことなぞ、尋常なことではあるまい。


 ……うん?


『これまでに見たことも無い』、だと?




 まさか、


 まさか、


 まさか、


 まさか、


 まさか、


 まさか、




「……まさかこれは、『未来の将棋』ではあるまいな⁉」




 考えてみれば、十分にあり得る話だ。


『未来予知』とは文字通り、『未来のことを知ることのできる力』なのだ。


 だったら、『未来の将棋の有り様』を先取りすることだって、十分可能であろう。


 ……そもそもこの【突発短編】の元ネタである『りゅうオーのおしごと!』の最新刊のテーマが、『あなたに未来の将棋を見せてあげる♡』だから、おそらく間違いないであろう!




「──あ、いえ、違いますよ?」




 ええええええええええええええええええっ⁉


「──と言うことは、予知能力者と言うことも、違かったわけ⁉」


「あ、一応『予知能力』みたいなものは、持っております」


「だったら、未来の将棋だって、予知できるだろうが⁉」




「で、でも、『知っていること』と『できること』とは、違うではありませんか? 私だって、いきなり誰も知らない『未来の将棋』なんて見せられたって、対処できないし、たとえじっくり時間をかけて研究したとしても、完全に使いこなせる自信なんてありませんよ、『未来の将棋』なんて。──いやいやいや、そもそも言うに事欠いて、『未来の将棋』って、何ですかそれw いくら『将棋ラノベ』でも、それは無いでしょうwww」




 ──うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいッ⁉


「君ィ! 何でいきなり、『元ネタ』を全否定したりするの⁉」


「例えばですねえ、戦国時代において最も有能な『軍師』さんが、現代日本にタイムスリップしてきたとして、いきなりスマホを渡して『私をポップスターにしろ』と言っても、どこかの『パリピ軍師』でも無ければ、できっこないではありませんかあ?」


「──別の作品にまで、飛び火した⁉」


「……とはいえ、現在の創作界において一番解せないのは、『であい○ん』なんですよねえ。あれって完全に、『児童福祉法違反』じゃ無いですか? どうして誰も突っ込まないんですかねえ?」


「──もう完全に『ジャンルが違う』作品まで、槍玉に挙げ始めた⁉」




「とにかく、わたくし予知能力では、あのような勝ち方しかできないのですよ!」




 は?


「……不完全な、未来予知?」


 そしてその少女は、かつて無き驚愕の一言を言い放つ。




「そう、私の巫女姫としての能力チカラは、自分や他人の『不幸な未来』しか、予知することができないのです」




 ──なっ⁉


「……人の不幸な未来のみの、予知能力、だと?」




「つまり先ほどの対局の間中ずっと、わたくし自身が『詰み』へと繋がる局面については、すべて事前に察知できるので、あなたがわたくしにとって致命的な手を指すごとに、ただ単にその流れを断ち切ってしまえば良かったのです」




 ──そうか、そう言うことか⁉


 とにかく、自分の『詰み』へと繋がる流れさえ断てば、少なくとも『負ける』ことだけは無くなるので、あんなむちゃくちゃな盤面になろうが、別に構わなかったのか!


 何せ、そのように私の『勝ち筋』をあらかじめ全部潰してしまえば、『もう絶対に不幸な未来=敗着の結果』を予知することは無くなるから、後は安心して無防備に『王手ラッシュ』をかけていけば、いつかは勝てるわけだ。




「……そもそもですねえ、『絶対に勝つ未来』なんて、有り得っこ無いのですよ。何せ未来には『無限の可能性』が有り得るのですからね、あくまでも『勝つかも知れない可能性の有る手』なら予知できますが、その手を指したところで、絶対に勝てるわけでは無いのです。なぜなら、どんな手においても、勝つ可能性が有れば負ける可能性も有りますので。──だったらどうすればいいかと言うと、『負ける可能性』がわずかでも予知できた盤面は、その流れを叩き切ってやればいいのですよ。そうして『負ける可能性』をしらみ潰しにすべて潰していけば、当然最後には勝つことができるわけです」




 な、なるほど。


 未来には無限の可能性が有るから、ある一つの『手』においても、勝つ可能性も負ける可能性も秘められていて、『絶対に勝つ手』なぞけして予知できないが、


 負ける『可能性』なら予知できるので、それをすべて潰せば、当然『勝つ可能性ミライ』だけが残るわけだ!




 ──いや、ちょっと、待て!




「……どうしてだ、どうしてなんだ?」


「……」




「どうして『人の不幸な未来』のみを予知できる君が、わざわざこれまでずっと隠してきた自分の素性を明かしてまで、このタイミングで私を呼び出して、将棋の勝負などを挑んできたんだ⁉」




 そうなのである。


 確かに彼女の財力と権力とを利用すれば、私を無理やり呼び出すことも容易いだろうが、


 同時に私が現在、にあるのか、十分知り得ているはずだ。




「それはもちろん、あなたの身の上に、不幸な未来が視えたからですよ」




 ──ッ。




「……それは、一体」


「先程から申しておりますように、完璧に未来を予知できたわけではございません。ただ言えるのは、あなたが最も大切にしている二人の方のうち、どちらかが不幸に見舞われると言うことです」


 そ、それって──


 まさにその刹那、


 懐で不吉に振動を始める、携帯端末。


 そしてそれがもたらした報せは、まさに彼女の弁を証明するかのようにして、


 一つは、『吉事』であり、


 そしてもう一つは、この上も無い『凶事』であったのだ。




「……そんな、流産の危険が有ったものの、未熟児ながら子供のほうは無事に生まれてくれたけど、あいつが──妻が、助からなかっただと⁉」




 思わずのようにして、たった今『未来予知』をズバリと当ててみせた幼い少女のほうへと、勢いよく振り向く私。


 きっとそれは、悪魔や化物を見るような目をしていたことだろう。


「……どうしてだ、こんな重大な未来が視えていたのなら、どうして私を将棋なんかに誘った! そんなことをやっている場合じゃ無いだろうが⁉」


「あなたには、わたくしに打ち勝って欲しかったのです」


「へ?」




わたくしに勝つということは、将棋の対局における『不幸な未来の予知能力』を打ち破ることであり、あなたの御家族の不幸な未来をも、打破できる可能性が有ったのですよ」




 ……あ、


 ……ああ、


 ……あああ、


 ……ああああ、


 ……あああああ、


 ……ああああああ、


 ……あああああああ、




「──ああああああああああああああああっ!!!」




 そんな!


 今回の対局は、単なるネット将棋の常連同士の、お遊びのオフ会なんかじゃ無く、




 ──私自身の最も愛する二人の人間の、運命がかかっていたなんて!




 それなのに私ときたら、「本当の将棋の恐ろしさを、小娘に教え込んでやる」などと、思い上がったことを考えながら、その『小娘』にいいように翻弄されるばかりで。


 自分のあまりの愚かさに恥じ入りながら、恐る恐る当の少女のほうへと振り仰げば、




 ──彼女は、あまりにも予想外の表情をしていたのだ。




 この上なく、悲しげな瞳。


 しかもそれは、私を哀れんでいるのでは無く、むしろまるで──




 ……そう、『人の不幸の予知能力』なぞと言った、呪われた力が外れて欲しかったのは、誰よりも彼女自身だったのかも知れない。

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