第432話、わたくし、『日本でこそこそエルフちゃん』、ですの♡(中編)

『──立て、同胞諸君! ついに待ちに待った、本国からの指令が下った! ────q☆фw⤵♣えЩ〓rΥ◉tゟゞyう⦿あ⌘⏅s♮⏈d!!!』




 ………………………は?




 突然、


 そう、あまりにも突然に、


 TVのモニターの中で、結構名の知れた人気女性芸能人タレントが、いきなり真顔になってわけのわからないことを言い出したかと思ったら、続け様に聞き覚えの無い意味不明な言葉でしゃべり始めたのだ。


 よく見知っている人間が、日本人そのままの容姿をしていながら、日本語以外の言語をさも当たり前のように、滔々と語り始めたのを目の当たりにして、筆舌に尽くし難い違和感と嫌悪感と恐怖心とを、かき立てられた。


「……何だよ、これって、番組の演出か? いや、それにしては前後の脈絡が無いし、あの芸能人タレントってもしかして、何か変なクスリでもキメていたりして?」




「──そう、とうとう『決起の時』が、来たのね」




 ………………え?




 TVばかりに注目していると、不意に背後からかけられた、もはやすっかり耳馴染みの声。


 咄嗟に振り向けば、そこには当然のようにして、現在同棲中の彼女が立っていた。




 ──ただし、これまで見たことも無いような、何の感情も窺わせない、冷たい瞳をして。




「……あけ?」


「ああ、本当に待ちかねたわ。──国家はもちろん、種族全体として、恨み骨髄に徹する日本人どもに、復讐を果たす時を!」


「ど、どうしたんだ、一体何を言い出しているんだよ⁉」


「──やかましい! この穢らわしき、侵略者どもが! 我が高貴なる民族の、積年の憎しみを思い知るがいい! ◓k♦⏁lД‡おΩ⁂j〽☗h†⤴いヿ℧npΨb!!!」



 僕に向かっての罵詈雑言と共に放たれる、聞き覚えの無い言葉の羅列。


 それはまさしく、TVのモニターの中の芸能人タレントの言葉と、一致シンクロしていた。




 そしていつの間にか彼女の右手には、大振りのサバイバルナイフが、握りしめられていて──




















 ──気をつけろ。




『あいつら』は、日本人そのままの姿形をして、この国の至る所に潜んでいるのだ。




 芸能界やマスコミや政界や経済界等々の、有名人たちはもとより、


 友人や恋人や、果ては親兄弟や親戚縁者に至るまで、


 あなたのすぐ身近に、いかにも仲間のフリをしていながら、虎視眈々と、この国を転覆するチャンスを狙っているのだ。


 例えば、たった今まで、笑顔で語り合っていた相手が、いきなり刃物を振りかざし、あなたに襲いかかるかも知れないのである。




 けして油断をするな、『あいつら』は誰にでも、成り代わることができるのだ。




 ──なぜなら、『あいつら』は寄生精神体そのものである、他の世界からの『転生者』なのだから。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「──いやいやいや、何をおっしゃっているのですか、司教殿! Web小説の作成や閲覧を禁じたところで、実際に異世界転生が無くなるわけが無いではありませんか⁉」




 聖レーン転生教団異端審問第二部の渉外担当特務司教である、私ことルイス=ラトウィッジによって、『あちらの世界』の日本国政府が、これ以上の最新科学技術の異世界への流出を防ぐために、主にWeb小説を始めとする異世界転生系の創作物の、今後一切の作成及び閲覧を禁止ずる、『アンチ転生法』なる新法律を制定しようという動きがあることに奏上した途端、いつもの冷静沈着なる姿はどこへやら、見かけ通りのJC女子中学生そのままの取り乱しようを隠そうともせずに食ってかかってくる、実はよわい四桁の文字通りの『千年女王』であられる、魔導大陸極東の半島国家の『カニバリア王国』の、現女王陛下。




 外見は美少女エルフで内面は大賢者であられるという、普段なら仰ぎ見るしかない相手が、このように錯乱なさっている姿を見せつけられたりしては、何だか聖職者にあるまじき『嗜虐心』がムクムクとわき起こってきて、更なる追い打ちそのままな言葉が、思わず口をついて出てしまった。


「それがそうとも、言えないのですよねえ〜♫」


「ええっ! そ、そうなんですかあ⁉」


 ……ぐふふ、思った通りの御反応、あざーす♡




「あのですねえ、普通だったらこれまでの生活環境とはまったく異なる、剣と魔法のファンタジーワールドなんかに突然放り出された現代日本人が、悠長にマヨネーズを作ることとかを考えつく以前に、何も手に入れることもできずに飢え死にするか、そこら辺のモンスターに食い殺されるかが、関の山のはずなんですよ。それなのに、彼らがしぶとく生き延びているのは、いわゆる『転生系Web小説』の類いが、『マニュアル』代わりになっているからなのです。──酷いの(?)になると、極簡単なマヨネーズの製作方法を記している作品すらありますからねえ」




「そ、そういえば…………確かに、転生者の皆様がほとんど野垂れ死ぬことなく、最先端の技術の知識なぞ持たずとも、妙にマヨネーズの製造法とかジャガイモの栽培法とか、どうでもいいことしか知らない役立たずの方までもが、自然淘汰されずに生き残っていたのは、『あちらの世界』のWeb小説のせいだったのですね⁉」


 うん、やはり我々異世界人にとっては、『諸悪の根源』だよな、Web小説って。


「まあ、それについては、納得しないでもないですが、かといって、やはりWeb小説によって、異世界転生という現象自体が促進されているというお説には、素直に頷けないのですが?」


「これについては、三段階に分けて、これから詳しく説明させていただこうかと思います」


「……何か、この作品の作者お得意の、『妙にしつこい蘊蓄コーナー』が始まりそうで嫌なのですが、あなたもお仕事でしょうから、仕方ありません、どうかお手柔らかに」


「コホン(見透かされてやがる)…………では早速一番目ですが、まず何と言ってもWeb小説のもたらす悪影響の最たるものは、広く世間に『異世界転生』という概念が存在していることを、知らしめてしまったことなのです」


「概念ですか? また何か、抽象的なお話になりましたねえ」


「そもそも日本人の皆様が、『異世界転生』というものをまったくお知りではないと、お話にはならないではありませんか?」


「そうですかあ? 異世界転生なんて、本人の意思にかかわらず、突然起こるものじゃないですかねえ? ──例えば、これぞテンプレ中のテンプレであるところの、『トラック転生』みたいに」




「──よくぞ、おっしゃいました!」




「きゃっ⁉ な、何ですかあ!」




 つい感激のあまり、女王様の華奢な白魚の指先を両手で力いっぱい握りしめてしまう、黒衣の聖職者。


 我ながら身分や立場を超えてはしゃぎすぎとも思われるが、それだけ彼女の言葉が、こちらにとっては『思い通りナイス・トス』だったのだ。




「これまで異世界転生の概念すら知らなかった人が、いきなりトラックに跳ね飛ばされることによって、異世界転生することがあり得ることを否定されないと言うことは、、人は誰でも異世界転生することがあり得るのを、否定できないと言うことですよね⁉」




「──ええっ、私、そんなことを申しましたっけ⁉」


「おっしゃったではないですか? 異世界転生なんてものは、その概念を認識していなくても、トラックに轢かれたりして、偶然に起こり得るって」


「い、いえ、あれはあくまでも、そういうこともあり得るのではと言う、『可能性』の話をしただけでして──」


「ええ、だから申しているではありませんか? 『あくまでも可能性の上の話』ですって」


「……あ」




「『あちらの世界』の物理学の根本原理である量子論に則れば、異世界転生のような超常現象であっても、その『実現可能性』自体は、けして否定できないのですよ。それに何よりも、むしろこれを完全に否定してしまうと、現代日本からの転生者から最新の科学技術を剽窃するためのシステムを構築して、効率よくこの世界の文化レベルを向上させようとしている、現在のこの王国の在り方そのものを、自ら全否定してしまうことになりかねませんしね」




「──いけない、そうでした! ……私とあろう者が、『あちらの世界』はいわゆる『完全なる現実世界』とのことですので、異世界転生なぞ現実的にはあり得ないだろうと決めつけておりましたが、彼らにとってはまさに『異世界人』に当たる、私自身がそんな考え方をしていては、『自己否定』以外の何物でも無いではありませんか⁉」




「ようやくご理解いただけたようですね。つまり、それこそ『あちらの世界』の物理学が、別に何か新しいことを『発明』するの、最初からすべて存在していた『物理的法則』を、人間の知能レベルの発達とともに、『発見』できるようになっているだけであるのと同様に、ありとあらゆる事象はすべて実現可能性があるのであり、『完全なる現実世界』である現代日本で異世界転生が起こる可能性だって、実は誰もその概念を知らない頃からすでに存在していたのであって、Web小説のような創作物によってその概念を初めて知った日本人たちは、それまで偶発的かつ無自覚に行っていた異世界転生を、自覚的に行い始めるようになるのも、至極当然なることに過ぎないのですよ」




「……つまり、創作物であるWeb小説が、それまであやふやな概念でしかなかった異世界転生に、明確な『姿形』を与えることによって、現代日本の皆様に『可視化』させたようなものだというわけですの?」


「すると、どうなると思います? 当然日本人たちの中には、『できるものなら、異世界転生してみたい』と思われる方も、大勢出てこられるのではないですか?」


「……ええまあ、例えばちょっとした興味本位等で、そのようなことを希望なされる方も、おられてもおかしくはございませんよね」


「では、興味本位では無かった場合は、どうでしょうか?」


「興味本位では無いって…………ま、まさか⁉」




「ええ、何らかの理由で、世の中のすべてに絶望していて、たとえ自ら命を絶ってでも他の世界に生まれ直したいと、本気で願われている方がおられても、別におかしくは無いでしょう? ──否、むしろWeb小説の主人公と言うよりも、作者や読者の皆様ご自身こそが、『そういう方』ばかりなのではないのでしょうか? ──そしてだからこそ、自分の夢を叶えたくれた、Web小説の主人公に共感なされるのでは?」




「──っ」




「そして、実は異世界転生というものが、選ばれた者だけがたどり着ける『奇跡の知識の泉』そのものである、『集合的無意識』とのアクセスによって実現できることを踏まえれば、他の誰よりも異世界に転生したいと願っている者こそ、集合的無意識との奇跡な邂逅が起こりやすいとも言えて、異世界転生の実現可能性が、一気に跳ね上がるわけなのですよ」

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