第376話、わたくし、ソビエト空軍の偉大なるSS大佐ですの。(その7)

『……ぐっ、こ、こちら、ワルキューレ1! み、みんな、聞いてくれ! 何だか記憶が混乱していて、わけがわからない状態だと思うが、このように視界が完全に塞がれたままだと、お互いに衝突の危険性が高い! よって各機それぞれ飛行高度に差をつけると同時に、「三軸オートパイロット」に操縦を切り替えて、その場で水平旋回飛行をされたし! なお、それぞれの配置は、私ことワルキューレ1を、高度1万メートルとし、以下隊員番号順に、500メートルずつ下位とする!』




『『『「──ら、らじゃ!」』』』




 この異常事態も2回目とあって、少しは慣れてきたのか、どうにか気を取り戻すことに成功したらしい、ヨウコちゃんの的確なる指示に応じて、慌てふためいて行動を起こす、現在無数の烏によってキャノピーを塞がれて視界を完璧に失ってしまっている、わたくしことアルテミス=ツクヨミ=セレルーナを始めとする、魔導大陸特設空軍ジェット戦闘機部隊『ワルキューレ』の、五人のJS女子小学生パイロットたち。


 ──そうなのである。


 なんか、マンガとかアニメとか小説とかで、主人公のパイロットがイキっているジェット戦闘機モノしか見たことが無かった人は、最新のフライトシミュレーションゲームにちょっと触れただけで驚くと思うけど、実は飛行機の操縦においては、『目視』はそれほど重要視されていないのだ。


 例えば、自国の領空内に敵国の偵察機等が侵犯した場合においては、高速で飛行する敵機を目視で捉えてから離陸しても到底間に合わないし、そもそも迎撃機が存在する基地の周辺の空域を通過するとも限らないので、まずは管轄空域を広く常時監視している『管制所』より「正体不明機アンノウンが接近中!」との連絡が入ってから、スクランブル発進することになっていて、つまり正体不明機アンノウンの発見については管制所のレーダーによって行われており、人間の目視なんかの出番なぞ皆無なのである。


 ちなみに、現在わたくしたちがこうしておのおの指定された高度に移動する際にも、他の僚機と衝突する怖れがあるわけなのだが、レーダーには『味方機体識別機能』も備わっているので、うまい具合にお互いに避け合うことが可能であった。


 そして定位置についた後は、視界を塞がれたままその高度で旋回行動に移るわけだが、これについてもすでに述べた、『あちらの世界』における第二次世界大戦中のドイツ第三帝国ですでに実用化されていた、『三軸(=前後&上下&左右のバランスを維持する)オートパイロット』機能を使用すれば、パイロットが操縦桿を握る必要も無く、自動で水平飛行をし続けてくれるのだ。


 実際、わたくし自身も危なげ無く、高度9千メートル空域に到達して、そのまま旋回行動に移ったところ、




『──はーい、アルテミスさん、覚悟は決まった?』




 この異常極まる状況において、むしろ不気味なまでに朗らかな声音が、ヘルメット内蔵のヘッドフォンから聞こえてきた。


「……メア、ちゃん」


 それは同じ『ワルキューレ隊』の仲間であり、現在わたくしのすぐ下の高度8千5百メートル付近を旋回している、『ワルキューレ4』にして、ほんのついさっき自分自身のことを『夢喰らいのサキュバス』であることを告白したばかりの、『メアちゃん』ことないとう嬢であった。


『ふふ、さすがはヨウコさんね。実のところは尚武の国「メツボシ王国」の現女王にして、希代の悪役令嬢だけはあるわ。今まさに精神的に大混乱を来しているというのに、指導者リーダーとして的確なる指示を出せるなんて、大したものね』


「……本当に、ちゃんと全部のね。それもわたくしのように、途中で思い出したわけではなく、。──だったら、こんな状態になる前に、あなたがすべて解決すれば、良かったじゃないの⁉」


『それは無理ね、だって私はあくまでも、「観察者」なのだから』


「──っ」


 ……何よ、観察者って?


 本当のところは、自分だけ『部外者』的立場にいて、わたくしたちの右往左往する様を、高みの見物をしているとでも言うの⁉




 ──この世界そのものを、『実験場』として仕立て上げたという、聖レーン転生教団みたいに。




『おっと、誤解しないでよね、「観察者」と言っても、私は教団みたいに「実験」の実行側というわけでは無く、あくまでも中立の「オブザーバー」という意味ですからね?』


「……オブザーバー、って?」




『だから言ったでしょ? 私はむしろあらゆる世界の平穏を守る立場にあって、教団の実験によってこれ以上事態が深刻化するようなことがあれば、この世界そのものを「失敗作」と認定して、食べてしまって「無かったもの」とすることを使命とする、「夢喰らいの夢魔サキュバス」だって』




 ──‼


「い、いや、世界そのものを食べちゃったら、あなた自身だって困るでしょうが? それにそもそも、世界というものは、物理的に改変することができず、最初から数が決まっていて、増やしたり減らしたりなんて、不可能だったんじゃないの?」




『それができるからこそ、私たち夢魔サキュバスは、「世界の始末屋」を任せられているのよ。──何せ、のだから、それが文字通り「夢として消え去って」もおかしくは無く、ここに存在している人たちも全員、夢から覚めて「本当の現実世界」に戻るだけだし、何の問題も無いでしょう?』




 ……………………………………あ、あれ?


 ほ、ほんとだ、おっしゃる通りだ!


「すごい! この世界を夢ということにするだけで、これまで量子論や集合的無意識論に則って述べていた『大原則』が、全部無効化されてしまうじゃないの⁉」


『あ、いえ、無効化はしていないわよ? むしろ量子論にしろ集合的無意識にしろ、「この世界は実は夢かも知れない」論こそが、基本じゃないの?』


「はあ?」




『それと言うのも、この世界が夢かも知れないことは、何者であろうとけして否定できないのだから、私たちは誰でも夢から覚めて、「真の現実世界」へと覚醒する可能性があるけど、「他人になってしまう夢」なんか普通に見ても別におかしくはないので、目が覚めた時の「自分」が、今こうしてここにいる「自分」とは限らないでしょう? ──そう、まさしく、ほんの一瞬後の形態や存在位置に無限の可能性があり得る、「量子」同然にね』




 ……あ。


「そ、それって、結局は自分自身こそが、『この世界を夢として見ている主体』と言うことなの⁉」




『一見そのように思えるけど、実は違うの。いわゆる「夢の主体」とは、別にこの世界だけではなく、文字通りありとあらゆるすべての世界を夢として見ていることになっているんだけど、そんなものは実際に存在し得るはずがなく、むしろそういった超越的存在がいるかも知れないと、あくまでも「思考実験」的とはいえ、「平行世界」というものが無数に存在する可能性があり得る前提で、理論を進めることができるようになるのよ。例えば、自分は二十歳はたちを超えているものと思っていたら、ある日目覚めたら十歳の頃に戻っていた場合、現実的にはただ単に、十歳の子供が二十歳はたちになった夢を見ていただけということになるけど、あくまでも可能性の上の話では、十年後の過去へのタイムトラベルをしたか、むしろ逆に、これまで十年後の未来にタイムトラベルをしていたかの「可能性」も、けして否定はできず、何とこのいわゆる「夢からの覚醒による世界の転換」論からすると、過去や未来の世界も、「可能性」の上では、その存在をけして否定できなくなるのよ』




「……あーそれって、『異世界転生』イベントにも言えるわ。ただ単に生粋の異世界人が『現代日本人になってしまう夢』を見ただけなのに、自分のことを現代日本人の生まれ変わりだと思い込むことによって、事実上の異世界転生を実現したりしてね」




『そうそう。──しかも、すべての世界を夢として見ているとしたら、そこに含まれているすべての存在の「記憶と知識」を知覚することも、論理上は不可能ではなくなるのだから、「夢の主体」の「記憶と知識」こそが、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の「記憶と知識」が集まってくるとされる、「集合的無意識」そのものとも言い得るわけなのよ』




「何と、量子論だけでなく、あのオカルト理論として、本場の心理学界においてもいまだ誰も正式な理論付けを為し得ていない、集合的無意識までもが、『この世界自体が夢であり得る可能性がある』理論に則れば、その実象をある程度浮き彫りにすることができるとは⁉ ──ということは、まさしくあらゆる世界を夢ということにできるという、あなたたち夢魔サキュバスこそが、絶対的超越者──いわゆる『神様』そのものと言っても、過言では無いじゃん! やっぱりあなただったら、この状況をどうにかできるんじゃないの⁉」


『あはは、私なんかが「神様」とか、間違いなく過言よ。言ったでしょ? 本物の「夢の主体」なんて存在したりはせず、仮想的な存在でしかなく、私たち夢魔サキュバスはあくまでも、その「代行者」として、力の一部を肩代わりしているだけよ。──それに、私に任せたら、その力の性質上、むしろ現在のこの状況は、悪化していくばかりだと思うけど?』




「……力の、性質上、って?」




『さっきも言ったように、夢魔サキュバスの最大の力は、この世界そのものを夢ということにしてしまって消し去ることだけど、それをどのようにして実現するかと言うと、世界とそこに含まれる森羅万象すべてを強制的に集合的無意識にアクセスさせて、形態情報を書き換えて、この世の物質の物理量の最小単位である量子を一切合切、「形なき波」の状態にするわけ。──まさしく、ショゴスが己自身や周囲を変質させている手口と、同様にね』




「──ショゴスと同様って、そ、それって、まさか⁉」




『そう、「負の魔導力」よ。私の力とは、負の魔導力を極限まで高めることによって、世界そのものの形を失わせて夢幻とすることであって、烏たちの攻撃を抑えるどころか、後押しすることになるだけなの』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る