第345話、わたくし、軍艦擬人化美少女の、真の恐ろしさを痛感いたしましたの。(その8)

「……一体何なのだ、これは?」




 ──魔導大陸東部港湾内海上、今まさに、謎の人類の敵である量産型人魚姫セイレーンとの激闘を行っている、特設国防軍海空合同軍、旗艦ビスマルク第一艦橋にて、


 突然姿を消した提督に代わって留守を預かる、副長である私こと、エーリック=トーマ=レーダーは、目の前の特大ホログラム映像を目の当たりにして、思わずうめき声を上げた。




 それも、当然であろう。




 身体的には幼い少女に過ぎない人魚姫セイレーンたちが突如として、第二次世界大戦時の旧日本海軍の駆逐艦である『きよしも』としての『艦歴パーソナルデータ』を、集合的無意識を介してインストールすることによって、何と肉体の一部を軍艦の砲門にメタモルフォーゼさせるや、周囲の国防軍艦艇やジェット爆撃機に対して攻撃を始めて、多大なる被害をもたらしたかと思えば、


 ──今度は何と唐突に、見るからに『魔法少女』然とした、ピンクのフリフリの『バトルコスチューム』に身を包んだ二十歳はたち絡みの女性が、大爆発とともに登場して、ビスマルクの甲板上で破壊活動を行っていた人魚姫セイレーンの一体を吹き飛ばしたのである。




 これには歴戦の海の荒くれ者である、さすがのビスマルクの乗組員クルーたちも、困惑を隠せないようだった。




「──な、何だ、あの魔法少女は⁉」


「カーラ提督が姿を消した途端、突然現れやがって!」


「……『魔法令嬢、メアリー=セレスト』、果たして、敵か、味方か──」


「うん、そうだな、もうすでに『少女』という年頃でも無いようだから、呼び名のほうは、『令嬢』で統一しようぜ!」


「……お前、後でカーラ提督たんから、怒られるぞ?」


「と、とにかく、あの魔法令嬢の力は、本物だ!」


「ああ、俺たち海軍や空軍が総掛かりで苦戦していた、量産型人魚姫セイレーンを、一発で吹っ飛ばしたんだからな」


「地獄に仏とは、まさにこのことだぜ!」


「さすがは魔法令嬢、これまで大勢の『悪役令嬢』どもを、退治してきただけのことはあるな!」


「たった一人だけでも大陸そのものを沈ませかねない、『天災級非常識』である悪役令嬢を倒せるんだから、量産型の人魚姫セイレーンなんか、目じゃないぜ!」


「俺たちのような普通の軍人では、手助け一つできないけど、ここはせめて、心からの応援をしてあげようじゃないか⁉」


「おお、そいつはいい!」


「通信兵、外部スピーカーの出力を、最大に上げてくれ!」


「外の音声も拾えるように、集音器の感度もマックスにしておこうぜ!」


「──それじゃ、みんな、一発ぶちかますぞ!」




「「「カーラたん、ラブラブ、カーラたん、GO! GO! ウーアー!!!」」」




『──私は、カーラ提督ではない! そんな名前の人なんか、知らない! 私はあくまでも、「魔法令嬢、メアリー=セレスト」だ!』




 むくつけき野郎どもの気持ちの悪い声援に、打てば響くように返ってくる、御主人様アイドル・マスターの怒号。


 ……さすがは、特設海軍臨時連合艦隊旗艦ビスマルクの、エリート乗組員クルーども。


 提督以下、完璧に『訓練』されていた。


「……いや、こんな馬鹿なことをやっている、場合じゃないんだが」


 確かに、魔法令嬢の身の内には莫大な魔導力が秘められているし、しかもベテランである提督──失礼、メアリー=セレスト嬢なら、それを効果的に活用して、攻守共に多大なる威力を発揮できるであろうが、何と言っても相手の数が多過ぎた。


 一応彼女の他にも、特設空軍ジェット戦闘機部隊のJV44『ガランド』のメンバーを始めとして、多数の魔法令嬢がこの場にいるのだが、彼女たちはそもそも『空戦専門の魔法令嬢』であり、現在も量子魔導クォンタムマジックジェット機等を駆って作戦を進行していて、すでに大量の魔導力を使用しており、加勢を求めるのは無理であろう。


 ──そんな絶対的に不利な状況下において、一体どんな勝算があると言うのか?


 そのように、私が密かに、上官の御身を心配していると──




「副長! 作戦海域上空にて、味方魔法令嬢を中心として、魔導力がどんどん増大していきます!」




 ──っ。 な、何だと⁉


「す、すげえ、マジカルインジケータが、一気にレッドゾーンを振り切ったぞ⁉」


「こんなに大量の魔導力の発現なんて、見たことがないぜ……」


「見ろ! メアリーたん自身も、光り輝き始めているぞ!」


「……綺麗だ、提督」


「い、一体、どんなすっげえ魔法攻撃を、見せてくれると言うんだ?」


 口々にわめき立ててながら、立体ホログラム映像を戦々恐々と見つめている、我々クルーをよそに、大きく両手を広げて高らかに謳い上げる、天空の魔法令嬢。




『──いざ、甦れ、古強者たち! マジカル・アタックフォーメンション、「バミューダ・トライアングル」!』




 その力強いたいせいとともに、彼女の魔導力の具象化と思われる、無数の星屑が大海原へと降り注いだ。


 ──そして、『それら』はすぐさま、わき起こってきた。


「な、何だ、あれは⁉」


「……船?」


「客船?」


「漁船?」


「探検船?」


「軍艦?」


「それにしては、どれもこれも、ボロボロの有り様じゃないか?」


「ち、違う、あれは、客船でも漁船でも探検船でも軍艦でも、無い!」


「そ、そうだ、あれは、すべて──」




 ──『幽霊船』、だ!




『……くすくすくす、うふふふふふ、はははははは、あははははははは──! どう、見た? これが私のアタックフォーメーション、「バミューダ・トライアングル」よ! 人魚姫セイレーンだか駆逐艦デストロイヤーだか知らないけれど、すでに一度沈んでしまっている船に対して、太刀打ちすることができるかしらあ?』




 自分自身で召喚(?)した、メアリー=セレスト号を始め、タイタニック号やルシタニア号、それに戦艦ポチョムキンに至るまで、『あちらの世界』において名高い、様々な『沈没船』を眼下に睨みながら、不敵な笑みで言い放つ、海戦では不敗を誇るとも噂されている魔法令嬢殿。


 ──そのように、敵を倒すためには、すでに朽ち果てたモノすらも利用しようとする姿は、正義の魔法少女と言うよりもむしろ、『邪悪なる魔女』とも呼び得るものであった。


 そしておもむろに、海上にただよう量産型人魚姫セイレーンたちに向かって攻撃を開始する、幽霊船の群れ。


 しかしながら当然のごとく、それが可能なのは大砲等を備えている軍艦タイプの船に限られており、しかもすでに国防軍の艦艇に乗り込んでいる人魚姫セイレーンについては、味方への被害を考慮して攻撃することはできず、その威力のほどは非常に限定されていた。


 それどころか人魚姫セイレーンたちのほうは、新たに出現した『敵』の攻撃なぞ意に介する様子もなく、次々に幽霊船へと乗り込んでいって、駆逐艦デストロイヤーとしての破壊活動を開始しようとする。


『おっと、人魚姫さんたち、大事なことをお忘れではないかしら? ──そう、魔法少女には、「使い魔」が付き物だと言うことをね♡』




『『『──グオオオッ!』』』




 まさにその時、魔法令嬢の意味深な言葉に呼応するようにして、各幽霊船の甲板上に姿を現したのは、何とかつてのロシア帝国海軍の水兵服を身に着けた、多数の二足歩行のシロクマたちであったのだ。

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