第62話、わたくし、『カコヨミ』の巫女姫が正義で、『なろう』の女神が悪とは、けして決まっていないの。

「──なぜです、なぜ出撃しては、駄目なのですか? 我々ホワンロン空軍最新鋭のジェット戦闘機部隊さえ投入すれば、地方貴族の寄り合い所帯の謀反人どもなんか、すぐにでも鎮圧できるというのに!」


 王都スノウホワイト郊外に広がる、広大なるホワンロン国防省空軍基地。


 現在王都の中心部が大混乱に陥っているなかにあってここのみは、『ゲンダイニッポン』からの『転生者』による心身同時の『侵略』がほとんど行われておらず、この世界における人魔を問わず事実上の最高戦力を誇る、最新鋭の航空兵力を完全に温存しており、反乱勢力に対してにらみをきかせつつ、周辺諸国の『火事場泥棒』的軍事介入に対しても牽制を行っていた。

 何せ虎の子のジェット戦闘機部隊においては、先の『魔の森モンスター暴走事変』の際に、使用武器の制限をつけずに全力を発揮すれば、この世界最強のモンスターであるドラゴンに対しても空戦で圧倒できることを証明しているのであり、反乱貴族の私兵ごときはもちろん、陸上においては精鋭揃いであるすでに『転生者』に乗っ取られてしまっている近衛騎士団に対しても、高空から高速で爆弾やロケット弾をお見舞いすれば、反撃をするいとまを与えることなく攻撃し放題で、重戦車部隊を含む地上勢力なぞ、半日もあれば殲滅することすら十分可能であった。


 しかし、現場の隊員たちはやる気十分だというのに、なぜだか上層部が、出撃をけして認めなかったのである。


「──ミルク次官! 今すぐ出撃命令をください! すでに王族の皆様はもちろん、王国の運命さえも左右するとも言われる、この大陸における最重要悪役令嬢ヒロインたる『の巫女姫』である、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ嬢すらも、すでに敵の手に落ちてしまっているのですよ⁉」

 今日も今日とて基地内の幹部用個室へと訪れて、空軍ナンバー2の次官である、エアハルト=ミルク元帥閣下へと直談判する、ホワンロン空軍ジェット戦闘機隊総司令にしてエース中のエース、『くれないのバロネス』こと私、アイカ=エロイーズ男爵令嬢

 いかにも血気逸るばかりの少女隊長に対して、目の前のストロベリーブロンドのウエーブヘアに縁取られた艶麗なる小顔に、タイトミニの上級将校用の制服に熟れきった豊満なる肢体を包み込んだ、二十代後半くらいの大人の魅力あふれる女性は、落ち着き払ったまま石榴のような深紅の唇を開いた。

「だ・か・ら、何度も言っているでしょう? アイカ大隊長、今のところはまず、自重しておきなさい」

「でも!」

「デモもヘチマも無いの。我々軍隊は、上からの命令によってのみ行動することが許されるのであって、たとえ現在においては指揮命令系統が完全に機能していないとはいえ、私たち空軍が独自に軍事行動を起こせば、それこそクーデターそのものになってしまうわよ?」

「──うぐっ! し、しかし、我々は女王陛下に忠誠を誓っているのであって、陛下の危機に際して、立ち上がらないわけには……」

「いいえ、その必要は無いわ」

「へ?」


「女王陛下御自ら、常日頃から、おっしゃっているもの。『我が軍は、けして私や王族にでは無く、民に──ひいては、王国そのものに、忠誠を誓うべきである』、と」


 ──っ。

「……陛下が、そんなことを」

「だから私たち空軍は、今回けして自分から動くわけにはいかないの。──これは陛下御自らの、厳命よ」

「くっ。──しかし、積極的に軍事行動に及ばなくても、最低限の『自衛』行為は必要なのでは?」

「自衛、って?」

「王城があんなにあっさりと、無血開城してしまったように、我々空軍の個々の兵士たちも、いつ何時『ゲンダイニッポン』からの『転生者』どもから、心身共に乗っ取られてしまうかも知れないではありませんか? よって、何らかの予防対策や、事後における早急の対応策を、練っておく必要があるかと思われますが」

「ああ、それなら大丈夫よ。軍部──特に空軍うちは、いろいろとしがらみの多い者たちばかりのふきだまりだから、『転生者』すら憑依する余地が無いの」

「憑依する、余地が無いって……」

 いかにも訝しげに問い返す私であったが、

 ──その時、目の前の鮮血のごとき深紅の唇から飛び出したのは、驚天動地の爆弾発言であった。


「あなたのジェット戦闘機部隊の、エース中のエースばかりを集めているエリート部隊、第44中隊『ガランド』には、あちらの世界の第二次世界大戦におけるドイツ空軍のジェット戦闘機部隊のうち、かの名高き『JV44』の隊員たちの『転生体』が、すでに憑依しているの。


 ………………………………は?

「──いやいやいや、何その、ツッコミどころ満載のお言葉は⁉ あのユリユリ♡美少女軍団が実は、中身は全員ドイツ人のむくつけきおっさんばかりだったのもアレだけど、そんなことよりも何よりも、『あちらの世界からの転生体』ですって? 我がホワンロン王国は、『ゲンダイニッポン』からの薄汚き『侵略者』である『異世界転生者』を、この世界から根絶することこそを国是としていたのではなかったのですか⁉」

 至極当然のようにまくし立ててみれば、ここに来てこれまでになく真摯な表情となる、サキュバスの空軍元帥。


「……あのね、この世には、独裁政治や民族差別や侵略戦争なんかよりも、もっと恐ろしくて唾棄すべきことがあるの。──それこそは、物事をさも杓子定規に、『白と黒』とか『聖なるものと魔なるもの』とか『正義と悪』とかいった、いわゆる『二元論』によってのみ、すべてを決めつけることなのよ」


 ──‼

「ホワンロン王国は──あの女王のお嬢ちゃんは、けして『転生者』だからといって、頭から全否定なんかしやしない。この世界のことをゲームだか小説だかと決めつけて、私たちのことを何の自我を持たない『NPC』や『小説の登場人物』のようなものだと見下して、『なろうの女神』や自分たちの『作者』から与えられたチート能力を振りかざして、人を殺すことも社会システムを無視して強引な下克上をすることも世界そのものを破壊することすらもためらわない、ゲーム脳の『ゲンダイニッポン人』の薄汚き『侵略者』どもを、赦されざる殲滅対象としているだけなのであり、それに対してあくまでも、自ら望んで『転生体』をその身に宿した者は、完全に対象から除外されているの」

「自ら望んで『転生体』をその身に宿したって、うちの中隊の連中もですか?」

「ええ、実はあの子たちも、なのよ」

「えっ、私と一緒って?」


「彼女たちも、自分自身に自信を持つことができずに、何か自分を奮い立たせるもの──自分がちゃんと価値あるものだと示してくれる証しとなるものを、欲し続けていたの」


 ──なっ⁉

「確かに彼女たちには、人並み以上の魔導力がその身に秘められていた。しかしそんなことくらいは、この大陸随一の量子魔導クォンタムマジック国家、ホワンロンでは珍しくも何ともなかった。そこでその余りある魔導力の使い途として彼女たちが選んだのが、当時空軍でもテスト段階に過ぎなかった、最新鋭の量子魔導クォンタムマジックジェット機のパイロットだったの」

「え、それって……」

「そう、まったくあなたのケースと、おんなじでしょう? 彼女たちは最初はあくまでも現実逃避の一環として、『あちらの世界』の第二次世界大戦中のドイツ空軍の、世界初のジェット戦闘機部隊の実録集を読んでいるうちに、完全にはまってしまったの。──絶望的な戦況においてもなお、自分や仲間たちを信じて大空を羽ばたき続けた、ドイツ空軍ルフトヴァッフェの当時最新鋭の、ジェット戦闘機専用部隊『JV44』のエースたち。すっかり心から彼らに恋い焦がれた少女たちは、同時に我が王国が開発中の量子魔導クォンタムマジックジェット機が魔導力で動くことを知り、自分たちもジェット戦闘機乗りに──伝説のエリート部隊『JV44』の隊員自身そのものになりたいと、心の底から願うようになったわけ。──そしてその強き熱情おもいこそが、ありとあらゆる世界のありとあらゆる存在の『記憶と知識』が集まってくるとも言われている、いわゆる『集合的無意識』とのアクセスを実現して、晴れて『JV44』のエースたちの『記憶と知識』を我が物として、身も心もジェット機パイロットと成り果てて、我が王国のジェット機部隊への志願が認められたという次第なのよ」

「『その強き熱情おもいこそが、集合的無意識とのアクセスを実現した』って、全人類の深層心理がすべてつなぎ合わされて、あらゆる英知が結集しているという『超自我的領域』に、そんなことくらいで、接続することができるのですか⁉」

、だからこそなのよ。確か先日の『座談会』でも言っていたでしょう? 「集合的無意識とのアクセスは、何ら難しくもないし、絶対に実現不可能な超常現象でもない。それを心底願い、不断の努力を積み重ねた者に対してのみ、として、「幸運の女神様」が微笑むだけだ』って。つまり誰よりも『JV44のエースたちのようになりたい』と願った彼女たちが、集合的無意識とのアクセスを果たして彼らの『記憶と知識』を我が物にできたのは、むしろ当然の仕儀に過ぎないの」

「幸運の女神様って……」

「もちろん、『なろうの女神』のことよ」

「はあ⁉」

「だから言っているでしょう? 物事をすべて、『二元論』で見るなって。確かに基本的に『異世界転生』否定派の我が王国にとっては、ありとあらゆるWeb小説セカイの『異世界転生』を司る『なろうの女神』は不倶戴天の敵であるけれど、彼女自身が『絶対悪』というわけではないの。たとえそれがホワンロン王国の人間であろうとも、心の底から『異世界転生』を望めば、何らためらわず、ちゃんと実現してくれるのよ」


 ……そうか、そうだよな。


 いかんいかん、すっかり私自身いつの間にか、『二元論』とやらに毒されていたようだ。


 いかにも馬鹿の一つ覚えみたいに『異世界転生』ばかりやっている、『なろう』の女神にだっていいところはあるし、いかにも正義側だと思っていた我が国の象徴シンボル的存在である、『カコヨミ』の巫女姫であるアルテミス嬢だって、永劫の時を生きてきた『なろう』の女神に比べればまだまだ若輩者であり、至らないところだって少なからずあるだろう。


 要は、まずは自分自身に自信を持って、自分の力で自分の運命を切り開いていくことこそが必要なのであって、『神頼み』なんてものはあくまでも、『二の次』に過ぎないのであり、その神様の『善いところ』とか『悪いところ』とかにこだわって、自分の進むべき道を見誤ってしまうなんて、本末転倒もいいところであろう。


「……あれ? ちょっと待てよ。第44中隊の連中がすでに『転生体』を憑依しているから、当然これ以上別の『転生体』に憑依されることは無いってのはわかりましたけど、だったら私自身はどうなんです? 当然現在の私は『転生体』なんかに憑依されておらず、これから先仮にもすべてのジェット部隊の司令官である私の身が、『ゲンダイニッポン人の転生者』なんかに乗っ取られたりしたら、一隊員が乗っ取られるよりも、大変な事態を引き起こしかねないんじゃないですか⁉」

「ああ、それについても大丈夫よ」

「え、どうして?」


 あまりにもあっけない安請け合いにすっかり面食らう私に向かって、目の前の上官殿は、今日一番の『いい笑顔』で、とんでもないことを宣いやがったのである。


「そもそもあなたって、『乙女ゲームの正統派ヒロイン』的存在じゃない。そういったキャラが『ゲンダイニッポンからの転生者』に乗っ取られる場合は、血生臭い『戦争』関係ではなく、頭がお花畑の『恋愛』関係の輩に憑依されるってのが、お約束なのよ♡」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る