わたくし、悪役令嬢ですの!

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第1話、わたくし、婚約破棄に対する『ざまぁ』には少々うるさいですの。

「──どうして、どうしてなのですか? どうして今になって、私との婚約を破棄されるのですか⁉」


 生まれる前から家同士で婚約が結ばれていて、生涯の夫と見なしていた相手から無情にも告げられた思わぬ言葉に、私は公爵令嬢としてははたしなくも、どうしても聞き返さないではおれなかった。


 あまりのショックに立っているのもやっとといった、足下もおぼつかない幼い少女に対して、微塵も動じずあくまでも冷然と見つめるばかりの、自他共に認める正真正銘本物の『王子様』。

 同じ王立量子魔術クォンタムマジック学院に通う間柄にあって、今日になっていきなり、放課後に人目につかないように体育館の裏に来てほしいなどと言われて、一体何事かと思い、、約束の時間に遅れないように駆けつけてみれば、いつもの人懐っこい笑顔を一度も見せることなく、唐突に突きつけられた、死刑執行も同然の婚約破棄の宣言。

 それはまさしく私を絶望の谷底に突き落とすに十分であったが、腐っても大貴族の息女として、何の申し立てもせずに黙って受け容れるわけにはいかなかった。

「せめてちゃんと理由をお教えください! 私が何か、不始末でもしでかしたでしょうか? 我が公爵家そのもの自体が、殿下や女王陛下の御勘気に触れたのでしょうか? ──それともまさか、この私以外に思いを寄せる方でも、おできになったとでもおっしゃるのですか⁉」

 普段の淑女然とした仮面なぞかなぐり捨てて、まさしく鬼気迫る表情で、矢継ぎ早に問いただしていく公爵令嬢。

 そんな常ならざる私の姿を、すぐ間近で見せつけられて、さすがに苦渋の表情となる、第一王子。

「……いや、違う。君にも君のご家族にも何の落ち度もないことも、俺が他の女に脇目を振ったりはしていないことも、王家の名において誓おう」

「だったら、どうして」


「──疲れ果てたんだよ」


 え。


「何よりも、君がいつでもどこでも俺にまとわりついてきて、いかにも周囲見せつけるようにしていちゃついてくるのに、笑顔でつき合い続けるのがね」


 ……何……です……って……。


 私がまとわりついてきたり、いちゃついてくることに、疲れ果てた?


 ──だったらもう、あなたは私のことを、愛していないと言うのか?


 ──ただ親に婚約者として押しつけられた、お荷物としか思っていないのか?




 ──私があなたをお慕い申し上げている、この熱き想いなんか、何の意味も無いとでも言うのか⁉




「……ひどい、どうしてそんなことが言えるのです? 確かに私たちは親が決めた婚約者同士ですが、私があなた様のお側に侍っているのは、心から愛しているからなのです! 家同士の繋がりとか親の思惑なんて、関係ありません! むしろだからこそ私は、四六時中あなたを感じていようと、事あるごとに触れ合おうと、しているのではないですか⁉」

 私の叫ぶような心からの訴えに、しかし目の前の少年は厳しい表情をくずすことはなかった。

「嘘を言え、ここ最近における君の言動はすべて、俺を陥れるためのものなんだろうが?」

「──なっ⁉」

 あまりにもあんまりの、理不尽な決めつけの言葉に、私は愕然となった。

 ……そうか。

 私に何か落ち度があったのか、やはり他に好きな相手ができたのかは、わからないが、

 もはや彼の心の中には、『私』は、存在していないんだ。

 だからいくら私が何を言おうが聞く耳を持たず、まったく温度のない、冷たい感情と冷たい言葉しか、向けてきてくださらないのだ。

 ──そう。もはや私は、彼の前から消え去るしかないのだ。

 思い出一つ、残すこともなく。


「──いやいや、待て待て、何だよ、さっきから大人しく聞いていれば、なんか自分だけをいかにも『悲劇のヒロイン』のように描写して、俺のことは血も涙もない冷血漢のようにしやがって!」


 私が粛々と『シナリオ』を進めていれば、突然割り込むようにして無粋なる怒声を浴びせかけてくる、一応自他共に認める王子様。

 これはいけません、私ったらつい心の内を、実際に声に出してしまっていたようです。

「……何ですか? 自分を誠心誠意慕っている一途な女の子を、無慈悲にも一方的に斬り捨てておいて、冷血漢以外の何だと言うのですか?」

「ふざけるな! 何が誠心誠意だ! どこが一途な女の子だ! 君の言動のすべては、俺を陥れるためのものだろうが?」

「おや、これは異な事を。公に認められている婚約者同士が、どこでどんなふうにいちゃつこうが、何も問題は無いのでは?」

「問題、大ありだよ!」

 そこでいったん言葉を切って、私のほうへビシッと人差し指を突きつける、ダンガン王子様。


「我が王国の誉れである王立量子魔術クォンタムマジック学院の高等部生が、小学生くらいの年頃の超絶美少女を連れ回してイチャイチャしていたんじゃ、この御時世、風聞が悪すぎるんだよ!」


 体育館の裏の雑木林に鳴り響く、悲痛なる絶叫。

 まさしくそれは、目の前の少年にとって嘘偽り無い、本心からの叫びであった。

 そうなのである。

 私こと、我が王国の誇る第一王子殿下の婚約者にして、筆頭公爵家息女である、人呼んで『悪役令嬢』は、よわいほんの十歳ほどの、月の雫のごとき銀白色の長い髪に、人形そのままの端麗な小顔の中で煌めく黄金きん色の瞳も麗しき、超絶美少女のロリっであったのです。

「……そうですわね、王子様ったら確かにイケメンには違いありませんけど、将来の国王だけあって、いかにも威厳がお有りですから、年齢以上に年嵩に見られますものね」

「面と向かって言うなよ⁉ 老け顔であることは、気にしているんだから! そんな俺が君みたいなロリ美少女を連れ回していたら、周りのみんなはどう思うかな⁉」

「うふっ、事案発生からの即通報パターン、間違い無しですわね♡」

「そうだよなあ、君はわかってやっていやがったよなあ? むしろ周りの反応を面白がっていて、俺に過剰にまとわりついていたよなあ⁉」

「えー? そうだったかしらあ。でも私たちは婚約者なのですから、そのくらいは許容範囲ですわよね♡」

「物事には、限度というものがあるんだよ! 君ってば、俺の母上──つまりは女王陛下の御前でも、その調子だったろうが⁉ 後で何と言われたか、わかるか? 『あの子のあなたへの懐きようからして、まさかとは思いますが、すでに一線を越えているんじゃないでしょうね⁉ いくら婚約者だからって、十歳の女の子に手を出したりしたら犯罪よ? せめてあの子が十五、六歳になるまで待ちなさい!』なんて、真顔で諭されたんだぞ⁉ 実の母親から面と向かってそんなことを言われてしまった俺の気持ちが、君にはわかるか⁉」

「い、いやでも、私やあなたのような王侯貴族間の政略結婚だったら、十歳どころか一桁の年齢での婚約だって、別に珍しくはないのではないですか?」

「一体いつの時代の話をしているんだ? それはこの世界が『ゲンダイニッポン』で言うところの、『チュウセイヨーロッパ』レベルだった頃の風潮だろうが? 現下の魔術と超科学のハイブリッド時代においては、まさしく『ゲンダイニッポン』における価値観に、すっかり支配されてしまっているんだよ!」

「な、何で、そんなことに……」

「異世界転生だよ、異世界転生! 『カクヨム』や『小説家になろう』なんかで、のべつ幕無しに異世界転生をさせるものだから、この世界を含めてファンタジー的世界にすっかり『ゲンダイニッポン』の文化が根付いてしまって、たとえ王侯貴族であろうが、十歳くらいの幼女を自分の婚約者や恋人扱いしたりしようものなら、『ロリコン』とか『ペドフィリア』と言った、異常性格者扱いされるようになってしまっているんだよ!」

「チッ、またしてもWeb作家どもの仕業か! あいつら他人のふんどし的なワンパターンの作品しか創れないからな」

「……いや、ここぞとばかりにディスりをぶちかまして、俺を巻き込まないでくれ。──とにかく、すでに女王陛下と君のお父上であられる筆頭公爵家御当主の間で、我々の婚約が時期尚早だったと意見の一致が見られ、いったん白紙に戻して、君が十四、五歳の年齢に達した段になって、改めて婚約の可否について話し合うことになったのだよ」

「……そうですか、そういうことであれば、仕方ありませんわねえ」

 話がそこまで進んでいては、私一人が今更異を唱えても、何ら意味はないだろう。

 ただし、そうは言っても、私も筆頭公爵家の息女なのであり、『けじめ』はきっちりとつけなくてはならなかった。

 だから私は深々とため息をつきながらも、この場に持ち込んでいた大荷物をあさり始めるのであった。

「──待て待て待て待て、何だその、武器の山は⁉」

「だって体育館の裏に呼び出されたものですから、果たし合いの場合もあり得ますので、一応武装しておりましたの」

「どこの世界に、自分の婚約者を果たし合いに呼び出す、王子様がいるんだよ⁉」

「でも結局は、無駄にはなりませんでしたわ」

「へ? 無駄にならなかったって……」


「何せ『婚約破棄』には、『ざまぁ』が付き物ですしね。特にまったく落ち度が無いというのに、一方的にこのような仕打ちを受けた私には、立派に復讐する権利があることでしょう」


「落ち度がないのは、お互い様だろうが⁉ ──おいっ、何だ、その物々しい魔導器は? 王都一つ分は焦土にできるくらいの、戦略魔法レベルの魔導力を感じるぞ⁉」

「……むう、だったら物理的『ざまぁ』はあきらめて、精神的『ざまぁ』にしますわ」

 そう言って、制服のポケットから、愛用のブルーベリーのスマートフォンを取り出す。

「精神的ざまぁって、一体何をする気なんだ?」

「こういったパターンでは当然、いわゆる『リベンジポルノ』の、量子魔導インターネット上への拡散でしょう」

「り、リベンジポルノって、ロリのくせに、よりによって、何て手段を持ち出してきやがるんだ⁉ ──あ、いや、ロリのほうが、より深刻な事態に発展しかねないのか? つうか、俺と君の間では、リベンジポルノに役立ちそうなイベントなんて、皆無だったろうが⁉」

「何を隠そう、この私こそ、某動画サイトにおいて『剥ぎコラ令嬢』と呼ばれるほどの、超技巧派コラ師なのであって、フォトレタッチアプリを駆使してのコラージュ作成なんてお手の物なのです。特に『アイ○スのしぶ○ん』の剥ぎコラなんて、記録的アクセス数を稼いだものですわ♡」

「その犯罪まがいのテクニックを使って、一体どんな画像を捏造するつもりなんだ? 俺の肖像権の侵害はもとより、君自身だって己の痴態を、世界中に広めることになるんじゃないのか?」

「え? あなたの絡みのお相手は、私どころか、わよ?」

「──貴様あ! 一体どんな、捏造画像を作っていやがるんだ⁉」

「きゃっ」

 鬼のような形相となり、私の手からスマホを奪い取る王子様。

「……………………おい、この真っ裸マッパの俺とベッドの上で抱き合っている、同じく真っ裸マッパの上級生の男子生徒って、近衛騎士団長のご子息じゃないか?」

「ええ、彼自身『双剣の若獅子』という二つ名で呼ばれている、二刀流の凄腕の剣士様でございますわね」

「確かに彼こそが三年生随一のイケメンであることはわかるが、何でこんな耽美BL的コラ画像に、あえて武闘派の彼をモデルにしたんだ?」

「それは『ゲンダイニッポン』においては、古来から武人の間では、『衆道』が好まれていまして──」


「おや、これは第一王子殿下、ひょっとして、僕のことを呼んだかい?」


 その時突然響き渡る、第三者の声。

「……イアン、先輩」

 ひょうひょうとした垂れ目のご尊顔はいかにも軽薄そうに見えるものの、男子生徒用の制服に包み込まれた筋骨隆々とした体躯は、常に鍛錬を欠かすことない武人のものであることが窺われた。

 そうそれは、文字通り噂をすれば何とやらで、くだんの近衛師団長のご子息、イアン=グールドマン氏のご登場であった。

 ……しかしこの人、ものすんごい美女を引き連れて、現れたものですわね。

 おそらく平民の方でしょうが、化粧の濃い派手なかんばせといい、着崩した制服の胸元から覗く豊満な双丘といい、人前だというのに上級貴族の男性に密着するように寄り添っているはしたなさといい、まるで娼婦そのもので、とても我が誇り高き王立量子魔術クォンタムマジック学院の一員とは思えませんわ。

「いやね、そっちの茂みの中でこの子とよろしくやっていたら、急に僕の名前が聞こえたもんで、来てみたんだけど、お邪魔だったかな?」

「い、いえ、別にそんなことは!」

「ふうん、もしかしてそのスマホに、僕の盗撮画像でも表示されていたりするのかな? どれどれ、見せてみ」

「あっ、いや、その、これは──」

 咄嗟にスマホを隠そうとする王子様であったが、あっさりとその手首をつかみ取り制止する、恐ろしいまでの反射神経をご披露する、さすがの将来の近衛騎士。

「うわっ、何だこりゃ?」

「きゃはっ、ウケるー」

 おお、イアン先輩は面食らわれているようだけど、ギャル先輩にはウケたみたいだ。制作者冥利に尽きるというものである。

「何、こんなもの作って。君は僕に、気でもあるの?」

「い、いえ、これは、ほんのちょっとした、悪戯と言うか、何と申しますか……」

「ふうん、その気になったら、遠慮なくおいでよ。僕は男子と『試合』するのも、もちろん得意だからさ」

「いやだー、イアンたら、何言っているのよー」

「ははっ、もちろん今日のお相手は、君だけさ♡」

「あはは、私もよ!」

「じゃあ、早く君の家に行って、続きをしようぜ」

 そんなことを言い合いつつ、いちゃこらしながら去って行く、二人の男女。

「良かったですね、王子。『いつでもおいでよ、子猫キティちゃん♡』ですって」

「先輩はそんな、いかにもホモっぽいことなんか言ってない! ──ていうか、あんな美人を連れ回している御仁が、同性愛者のわけがないだろうが? 残念だったな、どうやら御自慢のコラ画像も、無駄になったようだし」

 そう言うや、私のことを嘲るような笑みだけを残して、立ち去っていく王子様。

「……へえ、知らないんだ」

 先輩の『の若獅子』という二つ名には、『両刀遣い』という意味も含まれていることを。


 つまりは、女の子だけではなく、男の子も『バッチ来い♡』だということを。


 ……これはもしかして、百合だけではなく、BL的展開のほうも、十分あり得るかも知れませんわね♫


 そのように密かにほくそ笑みながら、続いて私も、その場を後にしたのであった。

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