3成人式(大鷹視点⑤)

※※

「とまあ、こんな感じで成人式にはよい思い出がないんです」


 話を終えた大鷹さんは深いため息をはいた。これは確かに成人式がトラウマになるのもわかる気がした。


「キスはされたんですか?」


「なんとか阻止しました。二度とこんな経験はしたくありません」


 げんなりした表情の尾大鷹さんを見ていると気の毒になる。同時にもてる男性はもてるなりの悩みがあって大変だなと思ってしまった。もてない女性もそれなりに悩みはあるので、案外私たちは似た者同士かもしれないと勝手なことを考えてしまう。とりあえず、まだ話は途中だ。大鷹さんもそれはわかっているのか、再度、深いため息を吐いて話を再開した。



※※

 オレはなんとか顔を背けて女生とのキスを避けようとした。しかし、そうすると今度はオレの顔を両手でつかんできて、ぐっと女性の顔の前に近付けられる。


「イケメンはにらんだ顔も素敵だわ」


 どうやら、この女性はかなり精神状態がおかしいようだ。女性に手を挙げてはいけないと世間では言われているが、一度、正気に戻すために殴ってもいいだろうか。オレの近くでは赤ん坊が泣き叫び、男が何やら叫んでいるが、オレたちの間に入ろうとはしなかった。オレは女性の両手をつかみ、力を入れて引き離そうとした。


「エーーーーーーーーーーーン」


 結果的にオレは彼女に手を出さずに済んだ。突然、男が胸に抱いていた赤ん坊の泣き声がマックスになったからだ。かなりの音量での泣き声に思わず周囲を見渡してしまう。幸い、空き地の周辺に人はいなかったが、泣き声にひかれて人が来るのも時間の問題だろう。


 赤ん坊の泣き声の大きさにさすがに女性も驚いたのか、一瞬、オレにかかる手の力が緩んだ。その隙を逃すことなく、オレは何とか女性から距離を取る。


「お、おい、いい加減にしろよ。こいつ、一度泣き出すと一時間は余裕で泣いているぞ。お前がほかの男に手を出すからだろ」


「さっさと泣き止ませなさいよ。それでも父親なの!」


「お前の子供でもあるだろ。このままじゃ、人が来るぞ」


「使えない男ね。あと少しだったのに!」


 女性は赤ん坊を抱いた男に暴言を吐いている。会話を聞く限り、やはりこの二人は夫婦のようだ。よく見ると、相手も俺たちと同年代に見えた。スーツ姿ということは市内の別の中学校出身の20歳なのかもしれない。成人式に夫婦で参加していた可能性もある。20歳という若さで一児の親とはそこだけは尊敬するが、その他の倫理観などはまったく見習うことが出来ない。


「急がないと二次会に参加できないわよ」


 そういえば、守君や千沙さん、母親のことをすっかり忘れていた。嫌な予感がして振り向くと、歩き去っていたと思っていた彼らは、足を止めてじっとこちらを見つめていた。母親と千沙さんはにやにやと笑っていた。守君はというと、千沙さんに眼と耳をふさがれていた。


「お前が子供が欲しいって言ったんだろ!なんでもオレのせいにするなよ!」


「別にあんたが勝手に避妊しないで中出ししてきたんでしょ!」


 なんだか生々しい会話である。オレは千沙さんたちが歩き始めたのでそれについていくことにした。ちらりと女生とその旦那を振り返ると、会話に夢中でオレのことはすっかり忘れているようだった。赤ん坊は母親がこちらに注意を向けてくれているのがわかったのか、口喧嘩と思えるような言い合いをしているにも関わらず、泣き声が小さくなっていた。


「あら、雨が降り出してきた。午後から雨が降り出すかもって言っていたけど、予報はあたりね。傘は念のためカバンに入れてきて正解だったわ」


「お姉ちゃんの言うとおりね。守、私のカバンから折り畳み傘出してくれる?」

「わかった」


 帰り道、ふと空を見上げるとぽつりぽつりと雨が頬にあたった。雲が厚くなって雨が降りそうとは思っていたが、まさか雨になるとは。母親たちは雨が降り出してきても動じることなくカバンから折り畳み傘を取り出した。オレは傘を準備していなかったが、気を利かせた母親が折り畳み傘を渡してきた。


「こんなこともあろうかと、攻の分も持ってきたの」

「ありがとう」


 オレたちは傘をさしてそのまま会場駐車場まで向かった。母親の車に乗り込み、ようやくほっとすることが出来た。あの女性は雨が降っても男性と口論しているのだろうか。振袖が濡れて大変だなとは思ったが、自業自得だ。窓の外を見ると、歩いているときよりも雨が激しさを増していた。



 その後、オレは二次会に予定通り参加した。女性も参加予定だったらしいが、急にいけなくなったと連絡があったらしい。二次会に姿を現すことはなかった。式場で噂されていた子連れの同級生とは彼女の事だったことが判明した。二次会で話のタネになっていた。


 二次会ではかなり自分の立ち位置に気を遣った。またいつ同級生に告白されて襲われるかわからない。そのため、せっかくの同窓会なのに満足に楽しむことが出来なかった。とはいえ、周囲に眼を光らせていたおかげで、特に何も問題が起きることはなかった。



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