3成人式(大鷹視点①)
『成人式があることをすっかり忘れてました』
紗々さんはきっと、ただ思いついた言葉を口にしただけだろう。ニュースでもネットでも成人式の話題は取り上げられている。何が引き金になったのか、唐突に思い出したに違いない。毎回、脈絡なく話題が変わるので驚きの連続である。しかし、今回に限っては驚きよりも不快感のほうが上回った。
「成人式なんて、面白いものではないですよ」
オレは基本的に怒りを他者に向けないようにしている。怒っているときほど、にっこりとほほ笑んで内心を隠す努力をしている。家族や親せきなどには通用しないが、今までほかの人間にばれたことはない。それなのに、紗々さんは俺の内心を見抜いた。これだから手放せないの。いや、手放す必要はない。だってオレたちは夫婦なのだから。
「大鷹さんには大鷹さんの苦労があったのですね。リア充にはリア充なりの悩みがあるとは、すっかり失念してました」
オレの気分が下がっていることを紗々さんはうんうんと納得したように頷いている。「リア充」と言っているが、まあ彼女からしてみればオレは立派なリア充者なのかもしれない。それがうれしいと思ったことはないが。
夕食を片付けて今はまったりくつろぎタイムで、オレは自分と紗々さんの分の食後のお茶を入れた。二人が向かい合って座って休憩する時間だ。それなのに、なぜ嫌な記憶を思い出さなければならないのだろう。しかし、紗々さんのためにも話すしかない。
「実はオレ、成人式に襲われかけたんですよ」
そう、オレは男であるはずなのに、なぜか襲われる立場となってしまった。
成人式が行われた20歳の冬、オレは実家に戻っていた。大学が実家から遠かったため、大学は実家を離れて一人暮らしをしていた。年末年始と実家に戻り、成人式も実家から参加する予定だった。高校も市外に通っていたため、成人式で中学校のかつての同級生と会えるのは久しぶりとなり結構楽しみにしていた。
当日は、運よく雲一つない快晴だった。俺は大学に入っても連絡を取り合っていた中学の同級生と待ち合わせて成人式が行われる市民会館へ向かった。
新成人の女性たちはこの日のために、振袖を着ていて会場周辺はとても華やかだった。赤や白、緑や黄色、青や黒など様々な色が目に入ってくる。反対に新成人となったオレを含めた男性陣はスーツを身に着け、色は華やかではないがぴしっと決めていた。
「女子って変わるもんだな」
「中学校の頃の面影がない奴もいる」
「準備が大変だろうけど」
最後の言葉はオレである。華やかな振り袖姿を見て思い出したのは、前日の千沙さんの言葉である。
成人式の前日、なぜか千沙さんから電話がかかってきた。当日、千沙さんもオレの晴れ姿を見に来るという内容だった。
「明日は攻(おさむ)の晴れ姿見に行くから、楽しみにしていなさいね。それと、女性には優しく接すること。女性は明日、とても大変なのだから」
ただ、成人式を見に来るという内容だけでいいのに、千沙さんは女性の振袖の準備がいかに大変かを長々と語ってくれた。そのために自然と出た言葉だった。
「大鷹、お前女子からかなり見られてるぞ」
「もてる男はつらいね」
はっと現実に戻ると、友達が周りを見渡してうらやましそうにしていた。慌てて周囲に眼を向けると、確かに自分に熱い視線がたくさん注がれていることに気づく。視線の意味に気づかないほど、鈍感ではない。この手の視線には慣れてしまった自分が怖くなる。
「もてるのも大変だよ」
「「……」」
オレのまじめなトーンでの発言に友達は黙り込んでしまう。祝いの日に気分を下げてしまってはもったいない。
「せっかくだし、他の同級生にも挨拶に行こうぜ。女子も男子も久しぶりに会うんだし」
無理に明るく声をかけると、二人の顔は一気に明るくなる。オレとしては男子には挨拶はしたいが女子は遠慮したいところだが、そんなことを言ったら彼らのテンションはまた下がってしまうだろう。
オレたちは中学校の同級生たちに挨拶することにした。
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