4中途採用の子が入ってきました
次の日、私が車で出社すると、職員用駐車場に見知らぬ車が停めてあった。こんな朝早くに見知らぬ車があるのはどうしてだろうと考え、ああと理由を思いつく。そう言えば、先週、支店長が中途で新しい社員を雇ったと言っていた気がする。
「アレ、これって……。うわ、この色とナンバー、忘れようがないわ。もしかしなくても、昨日の整体の駐車場で見た車だよ。ということは、この車の持ち主が中途採用された子ってことだよね」
この目に痛いショッキングピンクに、昨日見た車と同じ「7777」のナンバー。こんなに特徴的な車が他にあるとは考えにくい。十中八九、この車は昨日、整体に来ていた人の誰かのものである。私は、新しく入った中途採用の子が変な人ではありませんようにと祈った。とはいえ、こんな派手な車に乗っているのだ。変な人で間違いないだろうという確信があった。
「おはようございます」
「おはよう」
「ああ、おはようございます」
私が出社すると、そこにはすでに平野さんや安藤さんが居て、何やらこそこそと小声で話し合っていた。私が挨拶してタイムカードを切ると、二人に手招きされた。
「今日ね、新しい子が来たんだけど」
「ああ、駐車場に見知らぬ車がありましたからね」
「そうそう、その子ね」
「その子がどうかしたんですか?」
私の質問に、彼女たちが答えてもらう必要はなくなった。
「支給された制服着てみたんですけど、これでいいんですかあ?」
噂の女性が更衣室から出てきた。更衣室から出てきた女性は、私の働いている銀行指定の制服を着ていた。女性職員は、銀行から支給された制服を着用して仕事することになっている。
彼女は制服を着てはいたが、どうにも気崩しているようで、だらしなく見えた。ブラウスのボタンはしっかりと留められておらず、ずいぶんとはだけているし、そこにリボンが緩くかけられていて、みっともない感じがした。スカートは腰のあたりで折り曲げたのだろうか。どうしたらと思うほど、スカート丈が既定の長さより短くなっていた。
「ええと、ここには仕事をしに来ているのよね。その制服の着方は、仕事をする社会人としてどうかと思うわよ」
安藤さんがあまりのだらしなさに注意するが、彼女は気にせず、私のことを見つけると、嬉しそうに話し出した。
「ああ、おはようございまあす。今日からこの支店で働くことになった河合
かわい
ですう。あれ、あなたってもしかして……」
彼女は私の顔を見て、何か気付いたらしい。私も彼女の姿を見て気が付いた。そのため、慌てて、彼女がそれ以上のことを言う前に、更衣室に避難することにした。
「おはようございます。私も着替えてきます」
「ああ、やっぱり、あの面白発言の人だった!」
その発言で、昨日の整体にいた女性だということが判明した。しかも、彼女は私の隣で治療を受けていた、変な声を上げていた女性だった。まさか、そんな奴と一緒に働くことになるとは。急激に気分が下がったが、仕事となれば仕方ない。
「面白発言?」
「いえ、彼女の発言は気にしないで下さい。あなたも、昨日のことは忘れてください」
私は急いで更衣室で制服に着替える。着替え終えて更衣室を出ると、ちょうど始業時間となった。
「新しく入社した河合江子(かわいえこ)さんだ。倉敷、仕事を教えてやってくれ」
朝礼の時間、問題の中途採用の女性が支店長から紹介された。どうやら、前の仕事場でいろいろあってやめたらしく、私の働いている銀行に転職してきたようだ。
「河合江子(かわいえこ)です。これからよろしくおねがいします」
制服は、安藤さんの注意もあり、きちんとした着こなしになっていた。ブラウスのボタンはしっかりと留められていたが、胸が大きいのか、はち切れそうになっているのは見ないことにした。スカート丈も、通常通りの膝丈くらいになっていた。
注意すれば聞いてくれる子だとわかり、少しだけほっとする。あれから、彼女は私のことを他の社員に話していないらしく、誰も私に昨日の件について追及してこなかった。
朝礼が終わり、各自自分の持ち場に行き、仕事を始める。
「じゃあ、まずは基本的なことから教えていきます。私は倉敷
くらしき
と言います。わからないことがあれば質問してくださいね」
とりあえず、支店が開店するのは9時からなので、その前に支店の中を一通り案内する。更衣室はもちろん、二階の休憩室や書類が収められている書庫、金庫などを簡単に説明しながら歩いていく。
「倉敷先輩って、結婚しているんですか?」
「いきなり、何を言うんですか。今は仕事中ですから、ていうか、そういう話はプライバシーとかの問題もあるので、答えたくありません」
あらかたの説明を終えて、一階に戻ってきたところで、河合さんが唐突に質問してきた。仕事に関係ある質問かと思えば、思い切り個人的な質問で困惑した。車といい、服装といい、話し方といい、この子は何を考えているのだろうか。
「いいじゃないですか。答えて減るものでもないし。ああでも、昨日の様子だと彼氏はいるみたいだけど、結婚まではしていないようですね」
まあ、その彼氏もあなたと同じ、芋男でしょうけど。
ぼそっと言われた言葉は私の耳にはっきりと聞こえてしまった。カチンときた私はつい、質問に正直に答えてしまった。
「何か失礼なことを言っているのが聞こえましたけど、おあいにくさま。私はもう結婚していて、旦那はイケメンですから」
「えええ!そんな馬鹿な。それならそのイケメンな旦那を紹介してくださいよ!」
私の言葉に食いついた彼女だったが、その話は唐突に終わりを告げた。
「倉敷さん、そろそろ開店時間だから、準備して。後は私が説明するから」
平野さんが私たちに声をかけてきた。腕時計で確認すると、開店の9時まであと5分となっていた。慌てて、受付に座ってお客様を迎える準備をする。しぶしぶ河合さんは、平野さんの指示に従い、仕事を教えてもらっていた。
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