4二次元と現実の区別をつけましょう~いいネタを思いつきました②~

 実家につくと、真っ先に私を出迎えてくれたのは、私のペットのグリーンイグアナのグリムだった。


 のそのそと私の前に歩いてくると、足もとにすり寄ってくる。


「ただいま。」


 もう、ただいまなんて言うのはおかしいかもしれないが、グリムに会うとつい、この言葉が出てしまう。新しい生活が始まったとはいえ、グリムのことはいつも頭の隅で考えていたのだ。



「最近どうして顔を見せなかったの。紗々が元気でいるか心配だったよ。」


 そんな私を心配する言葉が聞こえてきそうなほど、グリムに足元からじっと見つめられてしまった。



「あらあら、おかえり。グリム。紗々が動けないから、いったん離れなさい。」


「ただいま。お母さん。」


 案外普通の様子で私に挨拶した母だったが、その後の一言で、一気にもやもやの気分が再浮上した。


「それで、どんな理由で別れを切り出されたのか詳しく教えてもらうわよ。」


 やはり、忘れていなかったのか。BL小説のネタを考えつつ、この状況をどう回避するか頭を悩ませることになるのだった。





 今日の夕食は、なぜかすき焼きだった。11月終わりとはいえ、すき焼きにするには早い気がしたのだが、どういう風の吹き回しだろうか。


 父親も仕事から帰ってきて、久しぶりに家族3人での夕食である。ちなみに私には2人の妹がいるが、どちらもすでに結婚をして家を出ている。



「今日はやけに夕食が豪勢だけど、何かいいことでもあったっけ。」


 ぐつぐつ煮える鍋の中から、醤油と砂糖のいい香りが鼻をくすぐる。その中から肉を取り出し、お椀の中の卵に浸してから、いただく。


 何気ない顔をして、ふうふうと肉に息を吐きながら話しかけると、両親がため息をつく。肉は柔らかくて味がある。卵の黄身が程よく肉に絡んでおいしい。


 舌鼓を打ちながら肉に意識を向けていたが、私と大鷹さんについての話が夕食中に持ち上がることはなかった。


 せっかくの高そうな肉を使っての豪勢な食事である。ここで別れ話という暗い話をしては、うまい料理が台無しだと思ったのか。そうだったらいいことだ。おかげでおいしく料理をいただくことができた。




 夕食のすき焼きを食べ終わり、食器や鍋を片付け、母親が食後のお茶を私と父親、自分の3人分をお盆に入れて持ってきた。自分の机の前に置かれたお茶を一口すする。


 暖かいお茶が身体にしみわたる。よし、この話は私から切り出していこうと決意した矢先だった。


「それで、どうして喧嘩なんてしたのか教えてもらえる。なんであんないい男と。何を喧嘩したの。」


「け、喧嘩というほどのものでは、ていうか、別れ話とか勝手に言っていたくせに、喧嘩だって思ったのはなぜ。」


「あんたの帰ってきた顔を見て、大して悩んでなさそうだったから、別れ話にまでは至っていないんだと確信しただけ。電話は声しか判断材料がないから、わからなかったのよ。」



「ふうん。ならいいけど。まだ大鷹さんに愛想は尽かされていないみたいだから、当分大丈夫だと思うよ。」



「当分とか言っていないで、大事にしなさいよ。」


「そうだぞ。大事にしなさい。」


 母親の言葉に父親も同意する。


「はいはい。」



 どうやら、両親は私の顔を見て安心したようだ。自分でも思うが、別れを切り出すような暗いよどんだ雰囲気は出していないつもりだし、むしろのんきにすき焼きを食べていたくらいだから、心配は無用である。


 この話はここまでとなった。私はグリムと戯れたかったので、お茶を飲み干すと、ごちそうさまと声をかけて、グリムがどこにいるのかを探すことにした。



 すぐに見つかった。私たちが夕食を食べているのに興味を持ったのか、リビングの近くでじっと動かずに私たちを見つめていた。





「グリム。実は私、悩みがあるんだけど、聞いてくれる。」


 グリムの背をなでなでしながら問いかける。グリーンイグアナが人間の言語を返すことはないのだが、つい話しかけてしまう。


 グリーンイグアナは頭がいいらしいので、きっと私の言葉もなんとなくだがわかるのだろうか。私を見つめる瞳に仕方ないが聞いてやるという表情が見えた気がした。



 ゆっくりとグリムが移動しだす。私もそのあとを追っていると、どうやら二階に行きたいようだ。仕方ないとグリムが階段をのぼりやすいように後ろから押してやる。


 のそのそと階段をのぼるグリムと、それを押す私の姿は傍から見たら変な光景だが、両親は特に何も言うことはなかった。いつもの光景である。



 たどりついたのは、私の部屋だった。話をするなら自分の部屋でということか。さすが、頭の良いペットである。


 部屋に入ると、結婚前まで生活していた私の部屋が目に入る。懐かしさのあまり、ベッドにダイブした。



 ぼふっという音がして、頭から自分の枕に顔をうずめる。母親は、私が来ると知らせておいたから、洗ってくれたのだろう。今日は快晴だったから、カラっと暖かくて、いわゆるお日様のにおいが枕についている。ベッドも心なしか暖かいので、布団もほしてくれたのかもしれない。母親には感謝である。


 ホカホカした布団と枕で、気持ちがよくなり、ついウトウトしてしまう。私がベッドでゴロゴロしながら、ウトウトしているのをじっと見つめる目があった。当然、私の部屋に一緒にいるのはグリムしかいない。


 グリムの爬虫類特有のうろこに覆われた瞳を見ているうちに、今朝、夢に出てきた謎の男を思い出す。





「そうか。夢に出てきた男はお前だったのか。」


 もやもやが晴れて、これですべて解決だ。そうだ。それだと合点がいく。なぜか、夢の中の私は男になっていたが、あの部屋は私の部屋だった。よくよく思い出してみると、私に襲い掛かってきたのは、爬虫類のような雰囲気の男だったような気がする。さらには、グリムの声が誰に似ているのかも、今さながらに思い出す。


「あれは、私の一番好きな男性声優さんの声だ。」



 私の二度にわたる大声にびくっとなるグリムだが、そんなことは気にしていられない。たたみかけるようにグリムに話しかける。


「そうか。グリム。お前は私の夢に出てくるほど、私が好きで仕方がないんだな。それと、グリムの声は、神田さんか。いいわあ。よし。次のネタはこれでいこう。」



 グリムのお陰で、今朝見た、私に襲い掛かってくる男が誰なのかを知ることができた。さらには、今執筆中のBL小説のネタまで提供してくれるとは。


「お前は本当に、優秀なペットだよ。グリム。早く、私の家に連れていきたいな。」



 もちろん、グリーンイグアナに人間の言葉は話せない。しかし、やはり、私の言葉を理解しているかのように、私に近寄り、私の背中を短い前足で撫でてくれた。


「ぼくも、一緒に居たいよ。毎日会えないのは寂しい。」



 そんな言葉が聞こえてきそうな仕草で、私の背を撫で続けていた。



 

 私と大鷹さんがモデルのBL小説の続きが思いついた。今朝の夢と、グリムを見て決意した。大鷹さんには悪いが、こっちの方面で話を進めていくことにしよう。



 久々に帰ってきた実家だったが、やはり、長年住んできた家だからだろうか。いつもと変わらず、ぐっすり眠ることができた。






「ひどいです。僕より、ペットの方が大事だというのですか。でも、僕は紗々さんをあきらめません。」


「たかだか、出会って数年の男より、ぼくの方が一緒に過ごしてきた月日が違うんだ。それに、ぼくの方が紗々をいやすことができる。お前なんかに紗々の何がわかるっていうんだ。」



 何やら、私の目の前で男が二人、言い争っている。ふと視線を自分の胸に落とすと、ふくらみがなくぺったんこだ。触ってみるが、そこに脂肪はついていない。下半身にも手を伸ばして確認しようとしたが、その前に私に向かって、二人が同時に話し出す。



「紗々さんは」「紗々は」



『どっちを選びますか。』



 がばっと起き上がると、外はすでに明るくなっていた。カーテンの隙間から見える太陽の光からもう起床の時間だろうと推測する。ベッドわきの時計を見ると、6時30分になるところだ。


 心臓がバクバク言っている。漫画やアニメ、小説などではよくお目にかかるシーンだが、いざ、自分が体験すると、夢とはいえドキドキが止まらない。


 夢とは言っても、やけにリアルな夢だった。大鷹さんと、グリムが擬人化した男性が私を取り合っているとは驚きだ。それにしても、昨日といい、今朝の夢の中でも私はおそらく男性だった気がする。まあ、男性でも女性でもこの際問題ないだろう。何せ、これは現実ではないのだ。とりあえず、今見た夢は、忘れないうちに言葉に起こした方がいい。


 朝の時間がない中だったが、急いでスマホを起動し、夢の内容をメモしていく。


 素晴らしい展開のBLになりそうだ。心がウキウキしながら、二階から一階のリビングに降りていく。


 グリムは自分の寝床に戻ったのか、すでに私の部屋にはいなかった。


 今日は素晴らしい一日になりそうだ。 


 私は自分のアイデアに心躍らせていて忘れていた。大鷹さんが今日帰ってきて、お仕置きという名の何かを私に強要することを。



 私はウキウキとテンションが高いまま、朝食をたべ、身支度を整えて、会社へと向かった。

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