4二次元と現実の区別をつけましょう~ばれてしまいました②~
「すいません。」
一言声がして、ドアを開けて大鷹さんが顔を出した。お風呂上りなのか、髪の毛はしっとりと濡れて、パジャマ姿である。もともとはスウェットで寝ていたようだが、私がパジャマ派なのを知って、最近は風呂上りにパジャマを着るようになった。
イケメンは何を着ても様になるとはこのことだ。それを感じる日々がこようとは思ってもいなかった。私服でのラフな格好はもちろんだが、たとえパジャマであっても、色気が駄々洩れだ。それにパジャマだとスウェットより、さらに生活感が増す。生活感が増した分、私はこの人と一緒に生活しているのだと改めて実感するのだ。
「ええと、相変わらず、男であふれている部屋ですね。」
普通の人が聞けば、私が男を連れ込んでいる、ふしだらな女だと勘違いされそうな危ない発言だ。だがしかし、そんなことは私に限ってあり得ない。
「まあ、推しはたくさんいますから。」
私の部屋は大鷹さんの言う通り、「男」であふれている。もちろん、三次元の男ではない。ここでの「男」は二次元での男だ。私が推しているイケメンのキャラクターたちが部屋の至るところにいるのだ。壁にはもちろん、イケメンのポスターやカレンダーの役割を果たしていない、イケメンメインのもので覆いつくされている。ベッドには推しのイケメンの抱き枕が陣取っている。
「それで、何か私に用事ですか。」
大鷹さんが私の部屋に用もないのに来ることはなかった。私の部屋を訪れたということは、何かしらの用事があるということだ。大鷹さんは用件を話し出した。
「明日から一泊二日の出張に行くことになりました。」
そうか、出張か。だから何だというのか。疑問を頭に浮かばせている私に、大鷹さんは一瞬、悲しそうな寂しそうな表情をした。しかし、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「浮気はしないでくださいね。それと、いくら二次元といっても、これだけ男であふれている部屋だと嫉妬したくなるのを覚えてくおいてください。」
「浮気、嫉妬……。」
そのアイデアは悪くはない。恋愛において欠かせないものだ。そういえば、浮気も嫉妬も、私の小説に組み込まれていなかった。両親につき合うとカミングアウトし、めでたく同棲を始めた二人。そこで、大鷹さんモデルのイケメンに浮気疑惑があがり、主人公はショックで実家に戻るというのはどうだろうか。
もちろん、主人公に一途で浮気などしていないのだが、浮気と信じ込んで実家に戻る。実家ではやっぱり男同士の恋愛など無理だと両親に言われて傷つくが、同棲を始めていたので、住む場所がない。実家で生活するしかなかった。私がモデルとなっているので、もちろん、泊めてくれる友達などいない。
浮気の要素を入れてみたが、ここまでだと、そのへんに転がっているあまたの恋愛小説、BL小説と何ら変わりがない。これではありきたりすぎて、私がつまらない。
しかし、実家に戻るというアイデアは使える。
「そうだ。これを機に実家に戻ろう。」
大鷹さんが話しているのにも関わらず、私の頭の中は、すでに大鷹さんの話の内容は消えていた。代わりに浮気と嫉妬という言葉によって生み出された、新たな小説のアイデアで埋め尽くされていた。
そのアイデアをつい、口に出してしまった。口に出して、我に返る。そういえば、私は今、大鷹さんと話をしていたのだ。話の流れから、実家に戻る発言はやばいような気がした。NGワードの気がする。
思わず、口を手でふさいだが、すでに後の祭りだった。案の定、大鷹さんの顔がみるみるこわばっていく。
「紗々さん、今の発言はどういう意味ですか。」
「ええと……。そう、今書いているBL小説のネタを考えるためですよ。」
正直に答えてみたが、果たしてこの場を穏便に乗り切ることはできるだろうか。
「今書いているのが、どうも甘々すぎて、何かこう二人に試練を与えたいと思っていまして。それで、一度、実家に帰って何か面白いネタがないか探しに行こうかと。決して、大鷹さんがいない間に離婚しようとか考えているわけではありませんよ。」
慌てていたのか、さらに言ってはいけないNGワードをポロリと口にしてしまう。これでは火に油を注ぐようなものである。ちらと大鷹さんを伺いみると、火がごうごうと燃え出していた。
「僕を怒らせた罰として、その小説を読ませてもらうというのはどうでしょうか。」
有無を言わせぬ発言にウっと言葉に詰まる。それはまずい。今書いているBL小説は私と大鷹さんがモデルになっている。読めばすぐに私と大鷹さんだとばれてしまう。そうなれば、甘々がつまらないなんていう言葉を吐いてしまった手前、私が大鷹さんと甘々な関係は嫌だと言っているようなものだ。
そうなれば、浮気なんてものに頼らなくても、すぐに離婚となってしまう可能性もある。私の理想の離婚とは違ってくる。それは阻止したいところである。
「それは勘弁してください。後生ですから。他のことなら何でもしますから。ああ、でも痛いのやホラー、性行為の強要はダメです。」
「わかりました。」
あっさりとあきらめたかのように見える大鷹さんだが、そんなことはなかった。
「じゃあ、紗々さんのペンネームを教えてください。」
「それなら『紗々の葉』でやっていますよ。」
ついうっかり教えてしまった。
「しまった。」
「そういうドジなところもかわいいですよ、『紗々の葉』ですね。」
すぐにポケットからスマホを取り出し、検索を始める大鷹さん。スマホをとりあげようにも、大鷹さんが腕を上げてスマホを操作してしまえば、身長差によって、私の腕は大鷹さんに届かない。
「これですね。『結婚したくない同士がつき合い始めました』」
「ギャー。」
私の叫び声が部屋にこだまするが、大鷹さんはどこ吹く風でさっそく小説を読み始めたようだ。じっとスマホ画面に目が釘付けになっている。
こうなったら、もうふてねするしかない。ベッドにもぐりこみ、大鷹さんの様子をうかがう。
幸いなことは、小説の中に性行為の場面がないことだ。読むのは大好きなのだが、いざ、自分が書こうとすると、恥ずかしくて、いまだにかけていないのだ。
しばらく、部屋には沈黙が流れていた。あまりの静けさに声をかけようとしたが、思いのほか真剣に読んでいる姿を見て、声をかけづらかった。
「結構な量になりますね。」
「まあ、力作ですから。」
「今この場で全部を読むことはできないので、お仕置きは出張後にします。それまでに覚悟しておいてください。」
そういって、大鷹さんはスマホの画面を開いたまま、私の部屋から出ていった。
どうしたらいいものか。お仕置きとは、二次元にしか存在しないと思っていたが、現実で言われてしまった。
現実逃避とネタ探しのために、やはり一度実家に戻ることにしよう。
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