3デートに出かけました~イケメン歩けばなんとやら③~

「まず初めに、僕の名前ですが、小鳥遊守(たかなしまもる)といいます。16歳、高校1年で、この人、小鳥遊千沙(たかなしちさ)の実の息子です。ちなみに千沙さんの年齢は39歳です。」


 男性が自己紹介をしてくれたが、正体が衝撃過ぎて、言葉を失った。いや、女性の年齢にも驚きだが、その息子と名乗る男性の年齢にも驚きだ。私服を着ているとは言え、20歳を超えた成人男性だとばかり思っていた。


「ああ、女性の年齢をばらすなんて最悪だあ。守って、デリカシーがないのねえ。」


「いや、千沙さんの方がおかしいでしょう。会っていきなり、攻君の奥さんに暴言を吐きまくりなのは人間として最低ですよ」


「だって、からかったら面白いから、つい、ね。悪気があったわけじゃないのよ。」


「あなたの悪い癖ですよ、これだから……。」



 何やら二人の会話が続いていく。それを遮ったのは、大鷹さんだった。


「いい加減にしてください。千沙さん、この中で一番の大人がはしたないですよ。」



「えええ。もとはといえば、攻が私のことを『母さん』なんて呼ぶからでしょう。うっかりさんなんだから。」


「だから、それは……。」


 今度は大鷹さんと千沙さんが再び口論を始めた。それを止めようとはせずに、守君が私にこっそりとネタ晴らしをしてくれた。



「ごめんね。千沙さんは、攻君のお母さんの妹なんだよ。二人は仲が良かったみたい。攻君のお母さんは仕事をしていたけど、千沙さんは仕事をしていなくて、よく、小鳥遊家に攻君が遊びに来ていたんだ。」


 守君の説明によると、千沙さんは、それはそれは、子供のころの大鷹さんを溺愛していたそうだ。溺愛ぶりはすごく、自分の姉の息子だというのに、自分のことを「お母さん」と呼ぶように強要していたほどだ。仕事で家を空けることが多かった大鷹さんの母親に代わって、世話をしていたそうだ。


「それで、久しぶりに千沙さんに会うと、つい昔の癖で、『母さん』と呼んでしまうらしいですよ。」


「はあ、なかなか複雑ですね。」


「まあ、僕の場合は逆に『母さん』呼びはやめてくれ、と言われまして、実の母親なのに『千沙さん』呼びですから、確かに複雑です。」


 別に愛されていないなんてことはないので、いいんですけど、もう慣れました、とつぶやく守君は、少し寂しそうだった。そして、目の前でまるで本当の母と息子のように喧嘩をしている二人を見つめていた。




「さすがに、このまま放っておくと、周りの人の迷惑になりそうですね。」


 しかし、すぐに表情を切り替え、二人の間に割って入っていく。どうやら、二人が言い争うことはよくあるらしい。二人の会話に入っていく前に、私の方を向き直り、私が不思議に思っていたことを解決してくれた。


「そうそう。紗々さんは、僕たちとはこれが初対面ですよ。ただ、僕たちは紗々さんのことを攻君のお母さんから写真で見せてもらっているので、知っていたんです。紗々さんは忘れっぽくありません。」


 そういって、にっこりとほほ笑んで、二人の会話を止めに入っていった。



「千沙さん、攻君。いい加減にしないと、紗々さんが迷惑しているよ。攻君は紗々さんに嫌われてもいいのかな。」


「なっ。」


「きらわれてしまええ。」


「千沙さんもあまり攻君をいじめない。」



 三人の会話があまりにも自然とつながっていたので、つい眺めていたら、大鷹さんが慌てて私のところにやってきた。


「すいません。この人は僕の叔母です。誤解しないでくださいね。」


「わかっていますよ。」


 あまりにも親しげに話しているので、ついイラっとして、そっけなく答えてしまった。叔母だとわかっているのだが、どうにも胸の奥がもやっとした。この感情がこれ以上浮上しないように、しっかりと心の奥底にしまい込む努力をしていこうと決意した。






 千沙さんたちと話しているうちに、雨は止んだようだ。いつの間にか雨音はなくなり、気づくと建物の中にいた他の雨宿りをしていた観光客の姿は数を減らしていた。


「雨も止んできたようですし、僕たちも外に出ましょうか。」


「ハイ。」


 話し終えた千沙さんたちは、まだこの建物に残るようだ。たまたま、この建物内にはお土産屋が入っていて、そこを見ていくそうだ。まだ開園して間もないのにもうお土産を見るのかと疑問に思ったが、まあ、楽しみ方は人それぞれだろう。



 外に出ると、見事な快晴だった。先ほどの雨が嘘のように、空は晴れて澄み切った青空が広がっている。7色しっかりと色が確認できるほど、くっきりとした虹が空にかかっていた。



「雨もいいときがありますね。こんなにきれいな虹は見たことがありません。」


「そうですね。」



 なんとなしに大鷹さんの手を見つめてみる。こういう時は、手をつないで回るのがいいのだとは思うが、いかんせん、潔癖気味な私にはハードルが高い。うずうずと手をにぎにぎしていると、それを見かねた大鷹さんが手を差し出してきた。



「もしかして、手をつなぎたかったですか。」


 こういう、人の気持ちを読めるところがモテるポイントだろうか。人のして欲しいことをさらりとやってのけてしまう。まったく、憎たらしいくらい男前だ。


「いいえ、そんな恋人っぽい、リア充らしいことは、私は断じてしません。」



 ついうっかり、暴言を吐いてしまった。しゅんとうなだれる大鷹さんに申し訳ないと思うのだが、こればかりはあきらめてもらうしかない。



「リア充は敵だ。」


 私の名言だ。リア充というのは私以外の人間がする行為であり、私には不釣り合いな言葉だ。そう言い聞かせていると、不意に手にぬくもりを感じる。


「別にリア充を敵にしなくてもいいのに。味方につけるのはどうでしょうか。」



「遠慮します。」


 そう言いつつも、手をはなしたくないと思う私は、リア充という狼に負けてしまい、喰われてしまう哀れな羊だろうか。まあ、他人と手をつなぐなんてことはめったにしない行為なので、珍しいのだ。だから甘んじて受け入れているのだ。


 大鷹さんのぬくもりが感じられて、ほっこりとした空気が私たちの周りを包み込んでいた。


「よかったです。紗々さんに嫌われていないようで。」


「嫌いになんてなりませんよ。むしろ、意外な一面が見られたので、さらに好きになりました。」


「好き……。」


「いや、別に……、嫌いではないということですよ。ええと。」


 うっかり正直に自分の気持ちを大鷹さんに伝えてしまった。まずい、口に出してしまったら、急に恥ずかしくなってきた。そのうえ、大鷹さんを手放したくない気持ちが大きくなってしまった。


「それでも、僕はうれしいですよ。」


 つながられた手に力を込められた。私の心臓は爆発しそうなほど鼓動が早くなっていた。手汗をかいていないか、心配になりつつも、私も大鷹さんの手をしっかりと握り返した。



 このまま和やかに甘々な雰囲気で、アトラクションやイベントを見て、楽しいデートになる予定だった。



 予定は予定である。世の中は私たちのデートをことごとくつぶしにかかっているようだ。甘々の楽しいデートにならず、その後もいろいろな騒動が私たちに待ち受けているのだった。


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