第349話 土汚れ
クダル家内部では色々とギスギスしているようだが、やっと前線へと向かう。
命を狙われているらしいモセ・シャクランは相変わらず機嫌が悪そうだが、与えられた役割はこなしているようだ。
アード族の方も、シャクラン家にバレたことが分かっているのかいないのか、特におかしな様子はない。ただし、人数が1人足りないようだ。
シャクラン家にタレ込んだというヤツがいないのだろうか。馬車にでも保護されているのかも。
そして、モセ殺しを止めたがっていたマージは普通にいるし、リオウとなにやら話したりもしている。
タレ込んだのはマージではない、と。
とは言え、裏の世界にも関わってるっぽいマージのことだ。それとなく誘導して、タレ込みをさせたという線はある。
しかし、モセは出発前にヒュレオ以外のアード族全員を処刑したがっていた。襲撃を止めようとしていたマージも、おそらく関わってなさそうなパッセも含めてだ。
つまりマージとシャクラン家が繋がっているわけではない、と。
いや、そう演じただけかもしれないが。
どんどん分からなくなるな……こうなってくるともう、ここから抜けることも選択肢としてはあり得るか。
俺が参加した理由は、集団での大物狩りに参加してみるためだ。そのためにクダル家の雇われをしている必要性は必ずしもない。大物狩りをする主役はモク家なのだから。
そう俺が思ったところで肝心のモク家が相手をしてくれるか分からないが、ちょうどモク家と誼を通じているらしいシャクラン家がいる。
シャクラン家がモク家に寝返るならそれに乗じて、または単に紹介状でも貰って、売り込みに行くとか。
そうなると、シャクラン家と仲良くした方が良いのかもしれない。アード族には嫌われるかもだが。
どうせ、リックスヘイジと霧降りの里の間の陸路は通れなくなったのだ。
仮に撤退する場合に考えていたのは、どこか安全な場所で、魔力もマックスの状態で全力で転移装置を発動してみることだ。転移装置の練習も続けている。戦闘中だと難しそうだが、魔力マックスで落ち着いて発動できるなら可能性はある。だが、まだまだ確実に全員を連れて発動できるのかは未知数。万が一取り残しても、後々合流できそうな場所とタイミングを見計らう必要がある。そう考えていたが……。
むしろモク家と仲良くなって、水路でラキット族の隠れ里の方に連れて行ってもらうのが現実的な帰還ルートかもしれない。
そんなことを考えながら、整備された道を歩く。
前を歩く一行には、多くの荷物を背負う荷運び人たちに加えて、馬車が2台ある。
川を渡して持ってきたらしいゴツい馬車と、川を渡ってから用意したらしい貧相な馬車だ。
そして、荷物をいくつも重ねて括り付けられた駄馬たち。拠点近くで用意した凶悪な顔面をしたロバみたいな「馬」たちの背には、荷物タワーがそびえ立っている。
俺たちが預けた重要性が低い荷物も駄馬の背中にあるはずだ。もし転移で逃げるとなったら、荷物は諦めるしかない。
時折、襲ってくる魔物を排除しながら西に進む。
平和な旅とはいかないが、思ったほどの頻度で魔物が出てくるわけではない。
最前線の拠点までの道は魔物の間引きもある程度できているようだ。
周囲の地形は起伏が多くなり、街道に対して進行方向右手は次第に盛り上がって斜面となり、やがて崖となっていった。目の前に岩の壁があり、その左脇を通っている形だ。
もしかすると、斜面を削って道を通したのかもしれない。
それは良いのだが、周囲の見通しが悪くなってきたのは嬉しくない。
左手は崖こそないが、木々が生い茂っている。
こちらはこちらで見通しが良くない。
キュレスの方であれば、街道近くの木々はある程度切り倒してあったりもするのだが、こちらはギリギリまで木々が迫っている。
「殿!」
前から、小さなネズミのようなヒトが気配察知範囲に飛び込んでくる。
「アカイト、偵察の仕事は終わったのか?」
「ひとまず、この森の先まで見てきましたぞっ。異常なかったゆえ、しばらく殿と合流しておけと言われたのでござる」
「ほう。魔物はいなかったのか?」
「いくらかおりましたが、こちらに気付いている様子でもなく。であれば捨て置くべきでござろう」
「ま、そうだな……」
アカイトは森の探索を任されていたようだ。
リリ含め、ここの偵察部隊は飛んで偵察するのは強そうだが、反面上から見えない敵の偵察能力が低そうだ。
小さな体で、魔物に襲われることなく森の中を自在に移動するラキット族はそれを補完する存在なのかもしれない。
「とりあえずは安全か。リオウやら、シャクラン家やらが余計なことをしなければだが……」
周囲にいるこちらに気付いていないという魔物たちも、俺たちが内輪揉めしてドンパチを始めればさすがに存在に気付くだろう。
まさか、こんなところで変な真似をすることはないよな?
「殿、そういえば手紙を貰いましたぞ! 何やらこそこそっと!」
周囲を見渡す。
幸い、聞き耳を立てているヒトはいなさそうだ。
「おい、声を落とせ。こそこそ渡されたんだったら、秘密の手紙かもしれないだろ」
「むう、申し訳ない!」
「それで、誰からだ……2通?」
アカイトが差し出した紙は2枚あった。片方は土汚れが付き、表面もざらざらした安物の紙。もう片方は白くてツルツルの高級紙っぽい。
紙質が違うのだから2枚で1通でもなかろう。
「こっちの白くない方は、アード族のリオウ殿。もう片方は、あのシャクラン家の者とか名乗っておりましたぞ?」
「はあ?」
よりによってそこかよ。
もう一度周囲を見渡し、注目している者がいないことを確かめる。そして汚い方から読んでみる。
……。
続いて白い方は、と。
……。
ひととおり読んだので無言で火魔法を発動して燃やす。
魔法で出した物は後で魔素還りを起こして消えるわけだが、火魔法で燃やした物が元に戻ることはない。ただ火が普通より早く消えるというだけだ。つまり証拠隠滅に最適な魔法だと言える。
「殿!? 良いのでござるか?」
「何がだ? 俺は何もしてないぞ」
「……殿、疲れたのでござるか? しかと手紙を渡して……」
「俺は何も受け取っていない。そうだな?」
「……? !」
アカイトは不思議そうにこちらの様子を窺っていたが、身体をびくんと震わせて、両手がだらんと下がった。
「表の人格にその手の腹芸はなかなか通じませんぞ、殿」
「お前は……賢者アカイトか?」
スキルを使って一時的に賢くなったアカイトだ。
アカイト自身は賢者となったアカイトを受け入れておらず、彼が自発的にスキルを使うことは稀だ。
だからこそ、賢者アカイトに会うのも随分と久しぶりな気がする。
「いかにも。して、その手紙には何を? 念の為、音遮断の魔法もお願いしたい」
「ああ……」
薄く空気の幕を作り、音を通りにくくする。
「今回の件、シャクラン家がどうの、暗殺がどうのといった騒動だが、俺は関わっていないと信じているとか。それで、潔白であれば自分たちを手伝えという内容だ」
「もう片方は……いや。どちらもそのような内容だったのですな?」
「ご明察。冗談じゃない」
「……そこに、具体的な襲撃計画はありましたかな?」
賢者アカイトが出てくるということは、相当気になる何かがあったのか。
あまり軽々に話すべきではない話題だが、ここは話しておくべきと感じた。
「いや、ない。味方になるように訴えるだけの密書だな」
「ならば、違うということか」
賢者アカイトは何かを考えて、目を瞑る。
話しているうちに少し隊列から遅れてしまったが、すぐに追いつける距離だ。こちらを振り向いたアブレヒトに手で気にするなと合図する。
「……殿。ドン殿はどこに?」
「ドンならアカーネと一緒に馬車にいるが」
魔道具がどうのと、アカーネは助力を請われて馬車に向かった。豪華な方の馬車だ。ルキを護衛に付けているし、そうそう危険はないはずだ。
そのとき、遠くで微かに聞き覚えのある声が聞こえた。
ギーッ!
瞬間、頭に情報がなだれ込むように感じた。
賢者アカイト、手紙……手紙ではない。
ドンの鳴き声、何かの、何かの切迫した。
脅威?
気付くと風魔法を解除し、気配察知と探知を限界まで広げていた。
広がる領域。
そこに飛び込んでくる、塊。
魔物? いや、土石流か? あまりに……。
ギャオオオオオォォン……
遠くでヒトならざるものの叫びを聞いたように感じた。
その直後、崖の上から、岩を掴むようにして加速した何かが降ってきた。
巨大だ。
2本足に2本の手。まるで巨人。
それでいて、裂けた口から覗く牙は怪物のよう。
空から降ってきたそいつは、落下の衝撃を込めた渾身のパンチで、馬車を叩き潰した。
ドン、と空気が震える感覚と音がする。
一瞬遅れて、土砂と馬車の破片が散らばる。
ウォーターシールドで身を守りながら状況を理解しようと努める。
潰されたのは粗末な方の馬車だ。アカーネたちが巻き込まれた可能性は低い。
サーシャ、キスティは……マジックシールドを展開して身を守ったようだ。
最初に反応したのは、できたのはシャクラン家の山猫顔、そしてアブレヒト。
落下パンチで巻き上がった土煙が晴れる前に、その巨大なナニかに踊りかかったのが気配でわかった。
落下パンチの余波からおそらくまだ態勢を崩しているそのナニかは、対応できない……と思ったが、背中から触手のようなものが伸び、2人を簡単に弾いた。
「間違いないッ!! 破滅を齎すモノ、ガルドゥーオンだ!」
弾かれて空中に投げ出されたアブレヒトが、そう叫んだ。
その直後、そのガルドゥーオンからのパンチがヒットし、彼は吹っ飛ばされた。
グガアアアアッ!!
ガルドゥーオンが叫ぶ。
前に駆け出そうとしていた身がすくむ。
『愚者』をセットして「酒場語りの夢」を発動。
身体の強張りが解ける。よし、スキルか。
エア・プレッシャーで自分を撃ち出し、急接近する。ガルドゥーオンが顔だけこちらに向けて唸る。
こうして見ると、巨人というよりは肉食恐竜のようだ。
巨大で尻尾があるし、鋭い爪の付いた足は踵が浮いており、尻尾と合わせてその巨体を支えている。その感じがティラノっぽいのだ。
しかし手のサイズはティラノっぽくない。
むしろ手で殴るのが得意なようで、俺を向いて右肩の関節が動いたのが見えた。右ストレートを打つつもりだ。
敵の攻撃の挙動を想定しつつ、離脱するシミュレーションをする。
同時に、せっかく付けた『愚者』のスキルを一瞬のうちに考える。
駄目だ、どれも有効打になる気がしない。
ひとまず前に会得したこれを。
光の玉が大きくなって手を離れる。
最近会得した「常人のひらめき」だ。
どうやら「ついつい見入ってしまう」効果があるらしい。とはいえ、これまで身内での対人訓練で試した限りでは、タンク系ジョブの「テイクヘイト」といったスキルと比べると、効き目が薄いようだが。
それでも、これで僅かにパンチが遅れるか、少しでも集中力が削げたら。そう思い発動して放つ。微妙スキルゆえか、発動までに時間がかからないのも相当に利点だ。
すぐに『愚者』から『魔剣士』に付け替えながら、光の玉のことは意識から外す。
ガルドゥーオンは不思議そうに目の前を後ろへと流れていく光の玉を眺めて、そして通り過ぎると、意識をこちらに戻……さなかった。
何よりも気になるという様子で、身体を反転させて光を見続けた。
敵の身体の大きさからすれば、目の前にいると言える俺を無視して。
逃げる準備をいったん全てキャンセルする。
剣に魔力を込める。
敵の無防備な首筋に、魔力の奔流を至近から浴びせる。
敵の頭には硬い皿のようになっている、ヘルメットのような部位がある。
しかし、首の可動性を確保するためか、その下には首がその部位に守られていない箇所がある。明確な弱点だ。
そこに攻撃を浴びせる。身体の大きさゆえに小さな傷に見えるが、しっかりと傷が付きオレンジ色の体液が吹き出る。
グガアアアアッ! グギャッ!
はっとしたように、ガルドゥーオンが光の玉を見るのを止める。
今度こそ全力で後退して離脱する。
ガルドゥーオンは不愉快そうにこちらを見ながらすくっと立ち上がる。
そこではじめて、ガルドゥーオンが身を屈めていたことを知った。
立ち上がった敵は、その高さだけで顔の位置まで10メートル以上はありそうだ。くそったれが。
と、俺とは反対の方向から、巨大な筒状の火柱がガルドゥーオンに向かい、ガルドゥーオンの意識は俺から外れた。
ガルドゥーオンはその火柱を避けるために跳ぶ。
もう1発、「常人のひらめき」を放つべきか。
光の玉を作ろうとした時、いつの間にか近くにいたヒュレオが俺の肩を叩いた。
「それは取っておけ。その手のは使えば使うほど効果がなくなってく」
「……分かった」
「それは何のスキルだ、と訊きたいところだけどね。今はいーや。とっておきの時に持っておきな」
「しかし、あいつと正面から殴り合えるか?」
「しばらく任せな。そのうちにモセちゃんに……いや、とにかく、モセちゃんを守ってくれ」
「……分かった」
ヒュレオは剣を首の後ろに乗せて、敵に向かっていく。
いつになく真剣な様子。
だが、その顔は不敵に笑ってもいる。
何故モセを守るのか?と訊きたいが、それもきっと今ではない。
守ろう。モセ・シャクランを。
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