第300話 スライム鍋

逃散市民っぽい一行に別れを告げ、街に入る。


石造りで堅牢そうだが、背の低い壁が特徴的だ。

しかも、門から左右の斜め前に続いている壁は、遥か先まで続いていた。かなり大きな町なのか?


「シシュクへようこそ」


門で手続きしてくれた衛兵が、最後に無感動にそう言う。

こんなに心の籠っていない「ようこそ」はなかなか聞けないぞ。


「シシュク、懐かしいです」

「サーシャは来たことがあるのか?」

「子どものころに一度、両親とハンハシュクを訪れたことがあるんです。その際に立ち寄りました」


ハンハシュク……スラーゲーのあるロイスト地方の中心的な都市だ。

ここ、シシュクからは数日で行ける距離にある。


「シシュクはかなり広そうだな」

「壁内の農園が広くて、戦士団の訓練場や、倉庫街もあるそうですよ」

「倉庫街?」

「区画まるごと、貸倉庫になっているのだそうです。行商組合もお金を持ち寄って確保しているそうです」

「流通拠点ってことか」


キュレス国内を東西で見れば、この辺はちょうど真ん中あたりだ。

倉庫を用意して、東西の交易を中継する拠点になっているのかもしれない。

今日も馬車用の門の前には少なくない馬車が並び、周辺には多くの木箱が積まれている。


大通りには露店が種々の商品を並べている。

食料もちょいちょい売っている。これであの逃散市民たち、シモンズたちも買えるだろう。食料系は空の容器が積まれた、売り切れたらしき露店も散見されるが、買えないってことはないはずだ。

その場で食べられる料理の露店は少なく、麦や野菜など、素材を売っている露店が多いのは流通拠点がゆえだろうか。


「随分と値上がりしていますねぇ」


サーシャが通りかかる露店の食材を眺めつつ零す。

俺には各食材の相場までは分からないが、確かに他の町で見たよりも割高の値段になっているように思う。


「出来れば、調理が簡単で足の長い穀物類を補充しておきたいのですが」

「多少高くても買って構わないが……戦争の影響なのかね」


露店ではなく、店を構えた食糧店に入って目当ての食材を探す。


「あんたら、市民証明や定住証明は持ってるかい?」


店番をしていたふくよかな男性に問われる。


「いや、俺らは個人傭兵でな」

「そうかい。それじゃ、すまないけどそこの値札の通りの額になるよ」

「ああ。ここの市民だと値引きされるのか?」

「そうさ。ここのところ、軍隊やら商隊やらがひっきりなしでね。食べられるモンは何でも買い上げていく始末なんだ。それで領主様が、定住者には値引きするようお触れを出したってわけ」

「それじゃ、その分まるまる赤字なんじゃないか?」

「そうでもないのさ、その分は領主様が補填してくださる。とは言っても、全てじゃあないから、私らからしたら、お宅みたいな方に定価で買っていただけるのがありがたいんだけどね」

「ほー」


軍に要求されたら、売らないというのは難しい。

かといって物資不足を放置したら、壁内の市民が飢える。

領主も色々と手を打っているというわけか。


「ここの物を全て頂けますか」


サーシャは、目当ての食材を探し当てて、袋ごと持ち上げた。


「おお、そりゃありがたい! のん気な農民連中なんかには、流民とか言って傭兵さんを嫌う連中もおりますがね。私はあんたさんみたいな傭兵さんは大好きだよ! セコセコした値引き交渉もしないしね!」

「そりゃどうも……」

「これ、ちょっとしたオマケだよ」


おっさんは何かを渡してくる。

布のような見た目だが、ひんやりしている。赤いかんぴょうみたいな感触だ。


「これは何だ?」

「知らないのかい? ブラッドスライムの干し物さ。北にあるスラーゲーって町の名物さ」

「ほう、スラーゲーの」


ブラッドスライムかよ。

一時期さんざん狩ってたな。


「……これは、食えるんだよな?」

「ああ、食べられる! 中の体液まで採れたときじゃないと作れない、なかなかレアものなんだよ」

「あー、あれ体液残したまま狩るのは面倒くさそうだな」

「水でもどしてかじっても良いし、鍋にでも入れてもよしだ。ちょっとピリっとするが、クセになるよ」

「そうか……そうか」


ブラッドスライムをそのまま狩ってこいという依頼は見た覚えがない。

かなり供給は限定されていそうだが、本当に名物なんだろうか。

まあ、食べ方はサーシャに任せよう。



明日にはまた北に向けて出立する。

北門に近い宿を探して部屋を取る。


二段ベッドが3つ並んだ、宿舎のような部屋だが、パーティで1部屋を取ることができた。

アカーネは「つかれた~」と早速ベッドに倒れ込む。

その背中のリュックにいたドンが脱出し、ぽてぽてと部屋の隅に移動する。

キスティとルキは武具の整備で静かだ。ルキはいつも静かだが。シャオはルキにぴったりくっついて満足げ。


「ハンハシュクには寄らないのですよね?」


サーシャが、机に広げたアカーネの地図を覗き込みながら言う。


「ああ、寄り道する意味も特にないしな。まっすぐスラーゲーだ」

「途中の分かれ道も直進すると、2~3日でパジュクですね」

「パジュクはどんなところだ?」

「う~ん、シシュクと比べると地味ですね。よくある宿場町です」

「特産はないのか?」


せっかくの観光?だ。

各地の特産や観光スポットを押さえておきたいところだ。


「そうですねえ……馬車の車輪でしょうか」

「車輪って……あの車輪か?」


写輪眼ではなく、本当にただの車輪だよな。


「ええ。何故かは分かりませんが、車輪を替えるならパジュクが良いらしいですよ」

「そうか」


車輪を買う予定は特にない。

まあ、地方の名物なんてそんなもんだよな。


「ご主人様、ブラッドスライムの干物の戻し、食べてみます?」


サーシャは鍋から赤い塊を取り出す。


「おう、ひとつくれ」

「お待ちを」


包丁がわりのナイフで赤い塊の一部を削ぎ取り、こちらに差し出してくる。

あまりお行儀は良くないが、ナイフに刺さったままでそれを頬張ってみる。

なるほど。


「もちもちしていて、ピリっとして……素朴な甘さもある。不思議だが美味いな?」

「ええ。しかし合わせる食材を考えると、難しいですね」


サーシャは頭を悩ませているが、貰った干物の量は大してない。

スラーゲーに着いたら買い込むつもりか?


「サーシャも知らなかったのか? ブラッドスライムの干物」

「いえ、存在は知っておりました。しかし、食べたことはなかったですね」

「高いのか?」

「ええ、値段もそれなりにしたと思います。それ以上に、特に食べてみたい食材でもありませんでしたので。一部の物好きが食べているという認識でしたね」

「まあ、スライムだものな」


近くに来ていたドンにも切れ端を示してみるが、キュッとひと鳴きして鼻で押し戻された。

いらないらしい。


窓から外を眺めてみると、子どもがこの世界のアメフト的な競技である「勇技」のボールを追いかけて騒いでいる。


「戦争中なのに、平和だよなあ」

「そうですね、前線というわけでもありませんからね」


違和感を感じてしまうのは、はるか西の方で血みどろの戦に巻き込まれた経験からだろうか。

戦争とは破壊的で忌むべきものだと教え込まれた教育の成果だろうか。


「にゃ」


いつの間にか近くにいたシャオが興味深そうにブラッドスライムの干物の欠片を前脚で弄ぶ。それから顔を近づけてふんふんと匂いを嗅ぐ。


「んにゃっ!」


お気に召さなかったようで、猫パンチで欠片を遠ざけると、羽根を広げてルキの方に飛び戻った。



***************************



夜、硬めのベッドで寝た、はずだ。


「や」


出た。ソファで紅茶を嗜んでいる、白ガキだ。


「……座っても?」

「どうぞ」


向かいのソファに座る。

ふかふかだ。


「で、依頼か?」

「せっかちだねえ。いや、まだだよ」

「今はスラーゲーに向かっている。問題ないよな?」

「うん、問題ない。あくまで何かあった時に動ければ良いんだ。長期の護衛依頼なんかは遠慮してくれたまえ」

「いったいいつになるんだ? 予定を立てにくいんだが」

「もともと行き当たりばったりでしょう、キミ。まあ、申し訳ないけど、本当に分からないんだ」

「そうか」

「明日起きてもおかしくないし、来年になるかもしれない」

「おい、来年って、まだ年初のはずだよな?」

「そう。来年まで何も起こらないかもしれない」

「何も起こらないままってことはないのか?」

「あるよ。でも、それならこっちも動きやすい。あるかどうか分からないって状態が困る」

「……。ジグたちは無事か?」

「ああうん、少なくともジグって子は無事だし、問題はなさそうだよ」


ジグは無事か。

地下組織からの報復とかあれば、万が一もあるかと思っていたが、ひと安心。


「依頼のことはまだ何も言えないのか?」

「そうだね。出来れば何も依頼せずに済むのが一番だしね」

「じゃあ、今日は何の用件だ?」

「うん。君、転移装置……あとアーキウスを他の人と共有するのは、どう思う?」

「何?」

「抵抗あるかい?」

「いや、それ以前に、アーキウスって……」


白ガキは一瞬、文字通り固まった。

そして紅茶を一口やってから、かちゃりとソーサーに落ち着かせた。


「高速次元航行探査艦のことだよ」

「ああ、あのSF船か」

「そう」

「あれを共有か。正直、乗り気ではないな。仲間以外入ってこられないってのが大きな強みだったわけだし。新しく入れたいのはどういうやつだ?」

「いや、まだ入れたいわけじゃないんだ。展開によってはその選択肢もあるけど、どうかなって」

「そうか。まあ、もともと俺の所有物ってわけでもないんだ。そっちが必要ならそうしてくれても、文句は言えない」

「ボクも、積極的にそうしたいってわけでもないのだけれどね。ここだけの話、ミホ君のことだよ」

「……」


白ガキは少しの沈黙が続いた後、ため息を吐いた。


「墓場に転移したとき、君が助けた転移者のミホ君のことは覚えているね?」

「も、もちろんだ」


一瞬ピンと来なかっただけだ。

人名はすぐに記憶から抜け出しやがる。

ちょっと前までは覚えてた気がするんだが。


「ミホ君は……まあ、あっちはあっちで大冒険をしていてね。彼女の気がかりは仲間がいざという時に逃げ出せる環境がないということなんだ」

「ああ、いざという時は転移ができるってことを交渉材料に使う気か?」

「まあ、そうなっちゃうかな。そんな人質交渉みたいなことをするつもりじゃないのだけれど」


最初は本当に傍観者って感じだったのに、今ではそんなことまで視野に入れているとは。

本当に同一の存在なのだろうか、白ガキは。


「単なる雑談として訊いていいか?」

「なんだい? 質問内容によるね」

「お前の本当の姿はどんなもんなんだ? 今話しているのが本来の姿とは、思えないんだが」

「へえ」


白ガキはニヤリと嗤った。


「それを知ってどうするんだい?」

「いや……だから、雑談だ」

「まあ、一部の転移者は魔王なんじゃないかって言ってるね」

「魔王か、なるほど」


他の世界からヒトを拐かして、こっちの世界をこそこそ探っている。この世界の宗教観では魔王ムーブだと言われても仕方がない。


「違うけどね。僕は僕さ。ただ、君たちとは在り方が違うってだけだよ」

「在り方ね。四次元人とか?」

「発想としては悪くないね」

「あるいは未来人とかな」

「未来人ねえ。ひとつ警告しとくと」

「うん?」

「時間は変にいじらない方が良い。多分、君が思っているよりタイムスリップは単純だよ、そして破滅的だ」

「タイムスリップ、出来るのか?」

「タイムスリップの定義次第かな。ただ時間を少し動かすって意味では、出来なくもない。自然現象でもそういう動きはあるしね」

「まじか」


スキルで「時を止める」とかあったらどうしよう。俺は止められた時間の中で動ける気がしないぞ。


「でも、やめた方が良い。世界は君たちが……そして僕たちが思っているよりもずっと複雑で、精密で大雑把だ」

「……スキルで時間ストップとか出たら、使わない方が良いってことか?」

「スキルで出たなら、大丈夫なのかもしれないけど。単に体感時間をゆっくりにするだけとか、そんなオチでしょう」

「本当に止めることはできないと?」

「多分ね。もし本当に止めるスキルが出てきたら……そうだね、使うべきじゃないだろうね。それは僕たちには早すぎる。原始人に核兵器のボタンを渡すようなものさ」


それは怖い。



「ご主人さま、いつまで寝てんのさー?」


アカーネに起こされ、目を覚ます。

珍しく白ガキと雑談などしてしまった。

あっちにいる間は俺は揺すられても起きないようで、アカーネはずいぶん苦労したようだ。


「おはよう。朝メシは何だ?」

「スライム鍋だって〜」

「……」


残ったスライムをここで消費するつもりか、サーシャ。

鍋にして旨いかねえ、あれ?

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