第246話 誓いの儀

霧降りの里の戦士、ガットと一騎討ちをすることになった。

思わず挑発めいたことをしてしまった俺に対し、ガットは火球を飛ばしてきた。


2発目、3発目と火球を弾くと、ガットは動きを変え、十字を描くように槍を振るった。

すると、槍先から迸るように火の波が噴き出てくる。


その射線から逃れつつ、ファイアシールドを展開する。

避けきれなかった火が、ファイアシールドと衝突し、激しく火花が散る。


身体強化し、一気に駆ける。

ガットが槍を引き、突きを狙う動作が見える。

突き出されるタイミングでエアプレッシャーを発動。

空中で強引に方向転換も行い、ガットの方を向いたまま、左方向、ガットから見て右の横に回り込んだ。


ガットは右手に持つ槍を強引に横に振るが、これは単純な軌道で読みやすいうえ、態勢も悪い。

魔剣で押さえつけるようにして迎える。更に、そのまま刃を寝かせると槍の柄を滑らせるようにして、ガットの持ち手を斬る。

ザシュッと刻んだ感触がするも、すぐにガットが身体ごと槍を引いた。


手を切れたかもしれないが、籠手を削っただけかもしれない。


ガットの左手には、大きな盾を持っている。

ならば、盾のない右手方向に回り続けるのがセオリーだろう。


ガットは『魔槍使い』とかだろうか、俺と似たような戦い方だ。

ただ、動きはクダル家の戦士ヒュレオと比べると、ずっと捉えやすい。

奴よりもレベルが低いのか、あるいは「俊敏」の補正が低いジョブだからだろうか。比べるとずっと常識的な動きに見える。

だが弱い感じではない。盾を持っていることから分かるように、攻撃を受ける前提の組み立てのようだ。


身体強化で跳躍力と制動力を高めつつ、俺から見て左へと回り続けながら、斬り付ける。

2回ほど胴体を捉えたが、鎧に阻まれる。


怪我はしているかもしれないが、決定的な攻撃には至らない。


ガットは左手の盾を手放し、両手で槍を掴んだ。


盾を放棄したか。それなら……。


今度は左ではなく、後ろに跳んで距離を取る。

手早く魔力を練り、剣の振りに乗せて放出する。


ガットは槍を手首で回転させると、槍から火が吹き出てガットの前面を覆う。

放出した魔力は、ガットの炎と相殺される形で消滅する。


2撃、3撃と繰り出した放出も、同じように槍を回しての防御に阻まれる。


だが、効いていないということもない。

ガットは肩で息をしていて、一部の魔力放出は防御しきれずに鎧を叩いたようだ。


続けて攻撃しようとしたところで、ガットが前に出てきた。

その判断か。

俺としては、盾を拾うように動かれるのが厄介だったが、そうではなく、距離を詰めてくる。想定通りだ。


ガットの位置を見定めて、地面に仕掛けた魔法を発動させる。

地面からパンと音がして、砂煙が空に舞う。

俺の足元からガットの方向に広がっていく砂煙は、ガットの姿をすっぽりと隠す。


土魔法と風魔法、ついでに火魔法まで混ぜて作った、砂煙を巻き上げるだけの魔法だ。

チーム戦ならアカーネの改造魔石を使ってもらった方が早いが、一騎討ちではそうもいかない。


一瞬止まったガットだったが、砂煙が目くらましだと気付いたのだろう、再度前進して砂煙を脱しようとする気配が分かった。

魔弾を素早く放って牽制するが、避けられずに数発受けたことで、逆に威力がそこまでないものと気付いたのだろう。

ガットは魔弾に構わず、前進する。


だよな。


俺でも初見なら、そうすると思う。


ガットが砂煙を突っ切り、俺の目の前に出てきた瞬間。

サテライトマジックで待ち構えていた幾多のラーヴァボールが、ガットの上半身に殺到する。


ガットは攻撃を受ける前提で、前のめりになっていた。

多少身体を捻ったところで、至近距離からの波状攻撃は躱せない。

槍を回して防御する時間もない。


ヴォンッ……

ヴォヴォンッ……


爆ぜる溶岩球と、金属と肉が焦げる匂い。

そのうち数発が顔面に直撃し、兜の隙間から入り込みガットの肉を焼いているのが分かる。


完全に硬直したガットの顔面に、横殴りで剣戟を叩きつける。

「強撃」「身体強化」「魔閃」を三重で発動した、渾身の一撃である。


ガンっと硬い物を殴る感触がして、ガットの身体がぶれ、膝を突いて倒れた。

仰向けに倒れたガットは、動かない。


更にサテライトマジックで火球を準備しながら、様子を窺う。


「……生きてるか?」

「まい……た……」

「ほう。今ので首が飛ばないだけ、頑丈だな」

「……」


返事がない。

死んだか?

いや、背中が微妙に動いている、呼吸が続いているようだ。


「おい、聞こえたか? こいつは降参した。俺の勝ちだ。手当をしてやれ、もうすぐ死ぬぞ」


一応ガットから目を離さないようにしながら、里長の気配を探る。

約束を反故にして襲ってこないかを警戒したが、素直に頷いて近づいてきた。


「確かに、ヨーヨーさんの勝ちです。さあ、ガットさんを手当てしますよ! 急いで!」


里長に命令されてガットに駆け寄った護衛たちは、小声で何やら言い合っている。

聴力強化で耳を傾けてみると、「まさか火槍の旦那が、こうまであっさりと……」だそうだ。


里長は護衛たちにガットを手当てするよう声を掛けた後、ゆっくりと丸腰のまま1人でこちらの剣の間合いまで歩いてきていた。

流石に微笑はなく、真顔でこちらを見詰めてきている。


「なんだ?」

「約束ですもの。ジグさんのことは、ヨーヨーさんの好きになさい。ただ、1つ、確認させていただけて?」

「……いいぞ」

「ヨーヨーさんは、モク家にもクダル家にも属さず、第三者として傭われることがあるだけ。その認識で良いのかしら」

「まあ、どっちかに所属するつもりはないな」

「でしたら、今後もこの里と、親交を続けて下さる気はあると?」

「ああ、別にいいぞ。戦う前からそう言っているだろう。別にお前らが憎いわけでもないし、依頼されれば普通に傭兵として里の者に協力することもあるかもしれない」

「……なるほど。安心しましたわ」


里長はこちらをじっと見詰めた後、ジグを一瞥し、そして扉の中へと帰っていった。


ほっと一息ついて俺がジグの方に歩いていくと、また泣きそうな顔をしていた。

まあ、他人同士の戦いに自分の命が握られていたのだ。生きた心地がしなかっただろう。


「ジグ、里長はどうだった?」

「最後、殺気はなかった……と思う」


もう殺すのは諦めてくれたのかね。



***************************



西に戻る。

途中、滅びた里の跡を通り、谷の合間で野営する。


万が一、傭兵団や霧降りの里が恨みをもって襲ってきた場合に備えて、4人は起きているように夜番を調整する。


4人と言っても、アカイトやジグもいるので、戦力的には3人だ。


「……これからどうするか」


焚火を眺めながら、思わずごちる。

結局、問題は先送りにしただけで、解決していない。

アカイトを仲間にするとしても、心情的にはしばらく霧降りの里の中に入りたくはない。

隷属術師は別の集落で探すしかないのか。


「ヨーヨー」

「ん?」


夜番で同じく起きている、ジグが隣に来る。

夜番の残りはアカーネとルキで、それぞれ簡易陣地の端から外を見張っている。


「……ありがとう」

「まあ、成り行きだ。しかし、俺らには拠点がないからな……。どうするか」


厳密にはあるのだが、隷属していない内は入れない。

前は特に不便には思わなかった仕様だが、こうなっては厄介だ。


「今までは、どうしてたの」

「うん、まあ、色々な。戦闘できる奴ばっかりだし、旅暮らしでも何とかなったんだよ」

「……足を引っ張らないように、訓練する」

「ああ、まあ、おいおいな。そういえばジグ、霧降りの里以外の里の位置を知っているか? 出来れば隷属術師がいる」

「……集落は、知らない。名前なら分かるけど、場所が分からない。でも、隷属術師は問題ない」

「ん? 集落外に隷属術師がいるってことか」

「ある意味そう」


ジグはシャキッと背を伸ばした。


「ん?」

「だから、ウチが隷属術師」

「……マジ?」


思わずジグをしげしげと見る。

この小柄な少女が、まさか隷属術師とは。


「正確には、隷属の誓いができるだけ」

「誓い?」

「手を」


ジグが掌を上にして、手を差し出してきた。

その上に手を乗せる。


「ウチ、ジグは、ヨーヨーに忠誠を誓い、隷属する」

「……おう」

「受け入れる?」

「まあ、いいぞ」


中世の騎士みたいな口上を述べられて、ちょっと引く。

少女が言っているので、ごっこ遊びのようである。


「終わった」

「終わった?」

「隷属した」

「……は?」



*******人物データ*******

ジグ(小鬼族)

ジョブ 支配者(8)

MP 12/17


・補正

攻撃 G−

防御 G−

俊敏 N

持久 G−

魔法 G+

魔防 G−


・スキル

領域設定、誓いの儀、好悪判定、認識遮断


・補足情報

ヨーヨーに隷属

*******************



……ほんとだ。

ステータスが見られる。

そしてヨーヨーさんに隷属してしまっている。

いつの間に?


「まさか、さっきのおままごとで隷属したのか」

「おままごとじゃない。誓いの儀」

「スキルか。誓いの儀ってどんなことができるんだ?」

「色んな約束事を、ちゃんと出来る。両方とも、ちゃんと守る気がないと成立しない」

「……ほう。契約とかも効果があるのか?」

「道具を用意すれば出来るって、里の大人が言ってた。何もなくて出来るのは、ステータスの神様に関係することだって」


なるほど。ステータス上の「隷属」は、ステータスを変更することなので、道具の不要な誓いなのか。


「もしかして、ジョブを変えたりも?」

「出来る」

「すげぇ」


まあ、うちには俺がいるから、不要なんですけども。


「逆に、隷属を解除したりもできる」

「……へー」


あれ? これ、従者組が逃げようと思えば逃げられるようになっちゃうんじゃないのか。

なっちゃうよな。


「本当にそうしたいと、両方が思わないと成立しない。基本的には」

「そ、そうか。ていうか『支配者』って、また見たことのないジョブだな」

「!? なんで分かった?」


ああ。

また素で忘れてた。


俺が隷属者のステータスが見られることだけ、かいつまんで説明しておく。


「……すごい」

「そうかね、そうかね」

「ウチの言っていた、解決できることが、これ。誓いの儀で、隷属させることができる」

「ほう?」

「一緒にいたから、分かった。ヨーヨーたちは、ヨーヨーが中心で、他は仕えてる」

「ほう。それもスキルの効果か?」

「ううん。つまり、ヨーヨーは偉いヒトで、仲間は従属しているヒトで固めている。そう思った」

「あー、だから、誓いの儀を使えば手間が省けると?」

「役に立たないことはないって、思った。それに、ジョブもタダで変えられる」


ジグは少し不安そうにあたりを見渡した。


「要らなかった?」

「いや、正直かなり助かる」


合意ができている相手オンリーだが、これでパーティ内で完結できるようになったわけだ。

いや、そんなに無暗に人数を増やす必要もないのだが。

というか、アカイトも仲間にしたら、初めて2人も同時に仲間が増えるわけだ。


隷属者を増やすのはリスクもあるという話だったし、非戦闘員が増えると旅も難しくなる。

あんまり行き当たりばったりで増やしてると、後で痛い目に遭いそうだ。

今回のことはもう、諦めるが。


「もう1つある」

「ほほう?」

「ウチのスキル『支配領域』は聖域を設定できる」

「聖域とな」

「ただ、魔力が足りない。出来たとしても、すごく小さいと思う」

「今までは設定できなかったと」

「支配領域のスキルは、便利。だけど、何をするにも魔力が要る。領具の助けがないと、意味がないって里長が言ってた」


……滅びた里の里長が、ジグのことを重要視していたっぽい理由が、はっきり分かったな。

つまり、『支配者』は統治系のスキルを会得できて、権力者の仲間に引き込んでしまえば、相当大きな利権を生み出してくれそうだ。

上手く使えば、里自体も拡大できるだろう。たぶん。

里が滅ぶ時も、里長の一族とジグさえいれば、また再起できると思ったのだろう。

最後まで生き残ったのが里長の息子とジグというのは、たまたまというわけではなさそうだ。


統治系のジョブとかスキルとか、縁がなさすぎて知識がないのだが……。

詳しいのは、やはりキスティかルキか。


「ヨーヨーは、魔石いっぱい持ってた。どこかに拠点持ちたいなら、小さいけど、設定できるかも」

「あー、なるほどな」


実際は、隷属できるスキルがある以上、拠点を造るのは後回しで良い。

が、その前提を知らないので、拠点を造るために役立つアピールをしているわけだ。


「……どう?」

「すごく魅力的だ。ジグ、お前は凄いな」

「うまく使って」


ジグは少しホッとしたように笑った。

別にここまで来たら、クソ使えないジョブだったとしても投げ出したりはしないわけだが。

思っていた以上に、使い勝手がありそうな、ありそうすぎるジョブだった。



***************************



「拙者は、ヨーヨー殿に忠誠を誓い、隷属いたすぞ!」

「……受けよう」


翌朝、アカイトの隷属も受け入れる。

ノリノリなアカイトが誓いをすると、無事に隷属できた。


アカイトのやつも本気だったということが、今更ながら確信された。


*******人物データ*******

アカイト(ラキット族)

ジョブ 森の隠者(16)

MP 24/24


・補正

攻撃 N

防御 N

俊敏 F−

持久 F−

魔法 F

魔防 F+


・スキル

隠者の知恵、樹眼、隠形魔力、戦士化、地形記録


・補足情報

ヨーヨーに隷属

*******************



……まさかの魔法系か?

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