Chapter4「リザルト」
両手に包帯を巻かれた椎奈と、顔に包帯を巻いたカーネイジが顔を合わせたのは「レイドクエスト」の集合地点とされた平原のテントの中だった。
「その腕どうしたんだ?」「あなたこそ、なんでミイラ少女みたいになってるの?」
ようやく合流できた二人がまず口に出したのは、お互いの負傷度合いだ。
カーネイジは顔に包帯を巻き、椎奈は両腕がギプスで固定された上で包帯でぐるぐる巻きになっていて、加えて身体中に包帯が巻かれているのだから。
どちらかと言えば椎奈の方が重傷である。
「何してたんだい君は」「え?襲い掛かってくるものを片端から返り討ちにしていたらこんなことに。あでも、目的のボスは倒したわ!すごい、凄い楽しかったの!」
「楽しかっただぁ?」傷だらけでもなお胸を揺らしながら子供のようにはしゃぐ椎奈を前に、カーネイジが首をかしげる。
「久しぶりだったなあ、あんなに楽しかったの。怖かったし痛かったけど、それよりもずっとずっと楽しかったの、あなたは、そういうのってある?」
「命を懸けた殺し合いに楽しいもクソもないんだよなあ!このナメクジ!」
そう叫びながら彼女は椎奈の胸を思いっきりビンタする。痛い!と叫びながら、椎奈は彼女の顔をまじまじと見つめる。
「あなたは何に襲われたの?」
「化物に襲われてたんだよ、ほら、さっきから森から運ばれてくるものを見なよ…」
そういってカーネイジはテントの外を指さすので椎奈が示された場所を見ると、確かに森を往復する、白衣の人間たちが担架にシートに覆われた人の形のものや、シートに包んだ何かを持っている所だった。
「二人とも元気みたいザマス。アキチの能力は必要ないかもね」
ミグラントが両手にコップを持ってテントに入ってくる。コップには水が入っている。
「藤森ちゃんが洞窟で戦ってる間、アキチらは外で戦っていたんだ。君も見たと思う、妖精の女王みたいな風貌のアイツだよ。運ばれてくるのはみんなそいつにやられたと思った方がいいね」
「それにしても、何でぼくはあの攻撃を避けれなかったのかなあ…ああクソ、本当ならあいつの攻撃を避けれないわけがなかったのに」
「そういやそうだ、君、なんで突然棒立ちになってたんだい?」
ミグラントの問いかけに、カーネイジが「え?」のような顔で振り向く。
「ぼくが、戦いの最中に棒立ちになってた?」「一瞬だけどね、君が刻まれた直前くらいかな、君が言う強者ならまず突けるくらい隙だらけになってたよ」
そう言いながらミグラントはその時の彼女の姿を想起する。
彼が言う通り、カーネイジが見えない一撃で切られた時、確かにカーネイジは二つ目の隠し玉を繰り出そうとしたところで、突然停止していたのだ。
時間にして一瞬と言うくらい短かったが、普段の彼女ではありえない。
次の瞬間には彼女は見えない一撃で刻まれていた。
「考えると、奇妙だよねあの一撃。アキチは無視して君だけが切られたんだから」
「教授は脅威に数えられてなかったんじゃないかな」「それが一番ありえそうなんだけど、君が棒立ちになった理由にはならないザマス」「魔法の一種か…?」
うんうん悩んでるカーネイジとミグラントを尻目に、椎奈は別のテントから出てきたメアに手伝ってもらい水を飲んでいる所だった。
「なんだか難しい話をしているわ」「銀級のネージュ・オルレアとミグラント、初めてみました…」「有名人なの?」「悪い意味では有名人ですよ、二人とも。何故か悪い噂しか聞かないんです」「ふうん…」
すぐに興味を失くしたような返事をする椎奈に、メアが首をかしげる。
「興味ないんですか?」「わたし、何も分からないからなあ…例えば、どんな悪いことをしたって聞いたの?」
「そうですね…ネージュは冒険者より傭兵として有名なんです、シーナさんの町にも居ませんでした?冒険者よりは兵隊みたいな格好した人」
「わかんないや…傭兵は冒険者とは違うの?」「ええ、冒険者の中で「人を殺す覚悟」が出来た人が傭兵になれると、私は一緒に暮らしてる人と聞きました」
「殺す覚悟、かあ」「魔物や動物の命を奪ってる時点で殺す覚悟なんているのかなって、思っちゃいますよね。それとも、やっぱり人間相手は躊躇っちゃうんでしょうか」
「それでネージュの悪い噂なんですけど、陥とした城の王様の目の前で女王の目玉を食べたとか、拷問相手の腕を切断して目の前で食べて見せたりとか、とにかく残酷な行為を働いている、と言われてるんです」
そう言ってから、カーネイジことネージュの方を見る。
ネージュは考えすぎているのか何故か顔が赤くなっている。眼を閉じてうんうん悩んでいる所を見た椎奈は、生前見たアメのCMに出てきた梅干しみたいだな。と思った。
「ミグラントはまた別格で、滅ぼした国の王女の処女を槍で奪い、串刺しにして晒したとか、幼い子供たちをさらっては食べているとか…」
そこまで言って、メアがミグラントの方を見ると、ミグラントはマスク越しからも分かるほどうんざりしてそうな雰囲気を出していた。
「なんでアキチだけ猟奇殺人鬼みたいな噂しかないの…」「す、すみません!」
「あ大丈夫、君を責めてるわけじゃないよ、ただ噂のせいでアキチはいわれのない恨みを買ってるからなあ…実はこうしてのんびりしてる場合じゃ」
ミグラントが笑いながら言っていると、突然テントの幕が広げられ、中に青と白の二色を基調とした鎧を着た少女が入ってきた。
何者か全く見当もつかない椎奈は「???」という顔をし、何者なのか知っているカーネイジとミグラントは大した反応を見せていなかった。
代わりに大きなアクションをしたのはメアの方だった。勿論、彼女は少女が何者なのか知っている。
「聖騎士団の…アリシア・オリックス!?」「誰それ?」言葉の直後に聞いたのは椎奈だった。「あの骨野郎に昔話より今の話をしろと言っておくべきだった…」
本人を前に何者なのかを問う椎奈の無神経さにカーネイジは頭を抱える。
「失礼、挨拶もなしに入ってきた私が悪いですね。あなたはシーナ・フリューテッド、で間違いないですか」「うん、シーナというのは私のことだけど、貴方は?」
「そこの子が言う通り、聖騎士団第一部隊隊長、アリシア・オリックスと言います。今回はレイドクエストを完了したあなたと、メア・グリムスに報酬を渡しに来ました」
そういうと、後ろから全身鎧の騎士たちが大きなものが詰まった袋や木箱を持って入ってくる。「おめでとうございます」「オークチャンプ討伐、ご苦労であった」
そう言って騎士たちは報酬と称したものを置くとすぐに出て行く。対する椎奈は変わらず何が起きているのか分からないような顔をして、目の前に積まれたものをじっと眺めていた。
「ところで、洞窟にウェステッドがいたと聞きましたが、運が良かったようですね。今回のクエストの死者の殆どが、ウェステッドによるもののようでした」
「運が良かった…ああ、そうですね…運…ぐぅ」
そこまで言うと椎奈は突然頭を大きく前後左右に揺らしたかと思ったら、そのまま崩れ落ちるように倒れて寝てしまった。「シーナさん?何で急に…」メアが心配そうに椎奈を見ていると、ミグラントがマスクの向こうで口を開く。
「緊張の糸が切れちゃったみたいだわさ。メアちゃん、藤森ちゃんを起こして別のテントで休ませてあげて」彼が言うと、メアはは、はいと答えて椎奈の肩を担ぐと、倍近い身長の椎奈を起き上がらせて足を引きずりながらテントから出て行った。
「そうみたいだね、それで騎士団長様、それだけじゃないんじゃないかい?」カーネイジがわざと煽るように問うと、アリシアは顔色を変えずに答える。
「ネージュ・オルレア、ミグラント・フェザー。銀級冒険者であり傭兵としても知られている、筋金入りのろくでなしコンビ。ここにあなた達が楽しめるような場所などないと思っていましたが」
「王国直属の特殊部隊でもアキチそんな感じかー」「ぼくと教授を一緒にしないで貰えるかな、きみの国の
「必要以上の拷問を行っている口で何を言っているのです。いくら王国で許可を得ているとはいえ、周辺諸国王族への執拗かつ残酷な拷問行為は許される事ではありません。気を付けるように」
「なんだい、お説教をするために来たのかな?」「…森に出現したティターニアによって、転生者の方々が十数名殺害されました。ここ近年、ウェステッドによる転生者襲撃が後を絶えません。幸い彼らには自衛能力がありますが、中にはそれが乏しい方もいます」
「役に立たないものが死ぬのは世の定めだよ!弱肉強食、その転生者が好きな言葉通りじゃないか」「それは関係ありません。なんであれ、転生者はなるべく王国と大国連合が保護しなければいけないのです」「戦力として投入するからザンス?」
「戦闘に参加するかは彼らにゆだねています。根拠のない噂に惑わされないように」
「噂のせいでアキチはえらい目に遭ってるザンス」
とにかく、とアリシアはミグラントの愚痴を遮る。
「現在、腕利きの傭兵、冒険者たちにウェステッド討伐の依頼を王国から出して回っています。人殺しと破壊以外にやることがないようなあなた方にも、手伝っていただいていますが」
カーネイジとミグラントは、何も騒ぎが終息してからモナークに来たわけではない。
彼女の言う通り、ウェステッド捜索・討伐依頼を受けて訪れたのだ。
「人殺しと破壊以外やることがないって、まるでアキチらを狂人の集まりみたいに言うんだね」「戦場の転生者たちがピクニックに来たかのようなノリで、ゲームセンターの腕前を彼女に披露する感覚で何してるか、君達だって知らないわけじゃないだろう?」
「彼らは殺す覚悟をしていますが、女神の加護の代償として好戦的になっているだけです。あなた達のような快楽殺人者や、ウェステッドと一緒にしないでください」
「だからアキチは殺人鬼じゃないんだってば!隣のこいつはともかく!」
「ひどい教授、ぼくを売るんだね!それなら教授のお楽しみを―――」
そういってカーネイジが後ろのバッグから何かを取り出そうとして、飛び込んだミグラントに押さえられる。
「何をどたばた騒いでるんですか。…魔王が完全に消滅し、魔界も運命を共にした今なお、魔王軍の残党、そしてウェステッドと言う脅威は消え去っていません。完全なる平和のためには、彼ら転生者と、あなた達冒険者の働きが必要なのを忘れないでください。それでは、またいつか」
二人のドタバタを見下ろしてため息をついたアリシアは、そう話を切り上げると後ろを向いてテントから出て行った。
「出てったね。盗聴魔法とか使ってないかな」「全くもう、一体何を取り出そうとしたんだい、これは…」
そういうミグラントの手には、布に包まれた何かが入っていた。所々赤黒く変色していた。
「君のお楽しみのためだよ!」「一体何なのコレ!?」そう叫んでから勢いよく布を剥いで中身を確認する。
「君の好みに合いそうな女の子の、どこかしらの部分だよ!ほら、君の好きな金髪も同梱さ!」「今すぐ供養して焼却処分しようか!」
一方、外に出された椎奈はマットの上でうとうとしていて、それをメアが見守っていた。
「シーナさん、まだ眠いですか?」「うん、私はストロングホールド、ストロングホールド?何言ってるんだろう」「全然疲れてますね、もう少し寝てましょうか」
そう言いながら彼女は椎奈の両腕の包帯を取り換えようと解くと、その下の両腕の傷が全て塞がっていることに気付いた。傷跡として残っていそうな大けがだったにもかかわらず、その痕すら残っていない、うっすら白い、きれいな肌がそこにあった。
「もう治ってるんですね…」「あー…なんだか体が熱い…頭が痛くないのにボーっとする…」そんな事を言ったと思ったら、次の瞬間には椎奈が服を脱ぎ始めた。
「えっ」メアが唖然としたと思ったら、その瞬間にはシンプルなデザインのブラジャーを外し、解放された胸が空気でも入って膨らんだかのようにその大きさを主張し始めた。その光景を見てしまった冒険者たちが男女問わず立ち止まる。
「わわわわわわわ!何してるんですか!」「あづい~」脱ぎながら呻く椎奈のその身体は確かに異様な熱を発していたのを、メアが触れたことで分かった。
「せめて下着は着けてください!えーとこれ前で止めるタイプなんだ…あれっ!?」
慌てて彼女のブラを戻そうとするが、今までどうやって収まっていたのか、彼女の暴力的に豊満な胸を抑えようとすると、ブラの金具が留まらないのだ。それどころか布が悲鳴を上げているのがメアにはすぐにわかったが、その直後には勢いよく布が千切れる音と共にブラが崩壊した。
「わーっ!?」そんなメアの悲鳴を聞きつけてテントからミグラントが出てきた。
「何してるの二人とも!?てか藤森ちゃんはなんで裸に…?」「わからないんです!突然熱いって言いだして脱ぎ始めちゃったんです!本当に身体中熱いし、もしかしたら感染症かも…!」
どれどれ、そう言いながら二人に近づく彼だったが椎奈の胸が大きく開かれたことで改めてその暴力的な大きさの胸を見て思わず「おおう」と声を出してしまう。
「おーい藤森ちゃん、春だからってそんな格好してると風邪ひくザマス」言いながら呻く椎奈の額に手を置いたり、口を開けて何かを確認するうちに、ベッドの上の赤ん坊のように緩くもがいた彼女は再び寝てしまった。
「ありゃりゃ、寝ちゃったザンス」「大丈夫なんでしょうか…」「どうだろ、少なくとも病気の類じゃないかもね。息はしてるから生きてるだわさ、それより、もうブラはいいから服を着せてあげよう」
そうして巨大な人形のような椎奈が脱ぎ散らかした服を、再び着せる二人を
「何やってるんだこいつらは」のような表情で見ているカーネイジがいて、その遠くで望遠鏡でその様子を見ていたゴブリンがいた。
クローンと異なり、彼もまたきちんとした身なりをしており腕にはアームバンドが巻かれており、そこにはゴブリンたちが使う文字で「ゴブテック」とある。
「ああ、確認できている。報告にあった深淵種と同じだと分かった。グエンは無事か?」
彼は通信用の札に話しかけると、耳に付けた受信用の札から返信が入る。
≪無事だ。全身に軽い火傷と打撲を受けているが、命に別状はない。それどころか、さっき起きて巣へ向かった≫
「なんて奴だ。流石はゴブリンの貴族階級といったところだな」
≪お前も合流し次第巣に向かってくれ。ここ数年間、ウェステッドの活動が活発になっている。俺たちは奴らに何が起きているのかを知る必要がある≫
「クモの最期の言葉の真意についても、だろ?」≪そうだ。奴が放った最後の言葉。あれが何を意味するのか、人間よりも先に知らなければならない。難度の高いミッションだが、よろしく頼む≫
「分かった。生きて情報を持ち帰ることを祈っててくれ。通信終わり」
通信魔術が解除されると、彼はよっこらせと起き上がり荷物を纏め、まるで捧げもののようにメアとミグラントの二人がかりで持ち上げられながら寝ている椎奈を、遠くから眺めていた。
彼等はゴブテック。
人間が存在するはずがないと断ずる、ゴブリンの学者、あるいは技術者集団である。
魔王亡き今、魔界無き今、彼らは
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