WasteD~異世界に転生したら恐ろしい化け物になりました~
廃棄物13号
第一部
Prologue「今まで何があったか、最初から話します」
公園の広場で、男女が会話している。
男女と書いたのは、男は幼い少年であったが、対する少女は少女というには少々背が高いからだ。
しかし、男女は同い年だ。同じ学校に通う、立派な小学生だ。
少女は泣いていた。わけもわからず、自分の身体のことで、自分の悪さに。
「わたし、でくのぼうだから…きっと何もできないまま生きていって死んでいくんだわ。この体も、何の役にも立たないのよ、きっと」
「まだ十年くらいしか生きていないのに悲観的にならなくてもいいんだよ。一緒に遊んだゲームでも、生きていればいつか良いこともあるさって。だからそんな自分を否定しないで生きていこうよ。良いことがいつかあるさ」
「あのゲーム、主人公が心身共にボロボロになっておかしくなっちゃったじゃん…だってわたし、夢がないの。将来の夢が、将来の姿が思い浮かばないの。あなたや皆は将来の夢をしっかり言えるのに、私だけ言えなかったの」
「夢がないからって生きていけないわけじゃない。将来の夢は結局将来の願望さ。僕が本当にマンガ家になれるか分からないし、君をドシンと呼んでたあいつの夢のメジャーリーガーだって、なれるか分からないだろ?」
「今なくてもいいんだ。いつかきっと、君にとっての将来の夢が見つかるはずだから。今ないからって悲嘆しなくてもいいんだよ」
少年は大人のように諭すように、大人のような体躯で泣き続ける少女を慰めている。
暫く少女はしくしくと泣いていたが、突然電源が切れたように泣き止んで少年の方を向く。
「なら、わたしあなたが一番好きな怪物になる!」
「え」
「あなたが好きなどんな怪人よりも、怪物よりもあなたが好きになれる怪物になるわ!わたし、あなたが好きだもの!愛してる、愛してるわ!」
突然の告白に面食らう少年だったが、そんな彼女に彼は答える。
「なら、僕も君のことが好きだ。君が僕が一番好きな怪物になるなら、僕は君のソフビを集め、フィギュアを集め、君が登場するシーンを編集して一つの動画にまとめよう。ランキングで最下位になっても、僕以外のファンが君の死を望んでも、僕だけは君を、君を愛し続けるよ。君が一番になるなら、仕方ないさ」
「嬉しい、嬉しいわ!これからも、これからもわたしと友達でいようね!」
「恋人になってね、と言えないのが君らしいね。勿論さ。僕は君の親友だ。だから、一つだけ約束して欲しい」
「よほどひどいのじゃないなら、約束するわ」
「よかった。僕のための怪物になったら――――」
この言葉の後、彼は何を言ったのだろうか。私と何を約束したのか。
私は覚えていない。忘れてはいけない筈なのに。何を約束したのか。
このクラスには名物が存在する。「女型の巨人」「山のフドウ」などと呼ばれている、しかし自分の席で身を屈めて本を読む女子生徒が。
黒いロングストレート、物憂げな目で本を読んでいるその生徒の名前は、
入学当初から170cmだった身長は年々伸びていき、三年生の現在は180を越えつつあった。
加えてその胸も、子供一人が入ってるのでは?と噂されるほどにまで成長していた。
そんな存在感の塊であった彼女だが、反して最初こそ騒がれたものの現在ではありふれたものとして置かれている。地元では「二大バカ学校」と呼ばれているここにいる時点で、少なくとも頭がいい訳でも、何かしら体格以外で特徴があるわけではないのだから。
何せこの学校の入学試験最初の問題は「足し算」だった。「読み書きができるとか最低限の計算が出来るかどうかのテストだったんじゃないか」と生徒に言わしめるまでのレベルである。
そして藤森椎奈は、頭が悪い。数式が覚えられない、図形問題が理解できないは当然のこと、文章問題は理解する前に考える事を放棄している。
その理由としては、漫画に出てくるようなバカとは異なり授業そっちのけで本を読んだり、何やら頭の中の妄想を文章にしてノート(もちろん、授業のノートとは別物でちゃんと黒板の内容を書いてはいるが)に書いているためでもあるし、元から数学が苦手というのがある。「頭に回る筈の養分が身長と胸に吸われたんじゃないのか」と生徒からはもっぱらの噂であった。
頭が悪い、もとい成績が悪い、しかし身長は運動部の男子を軽々と越え、体育の授業ではバスケットボールならゴール付近に配置され、サッカーならゴールキーパー、バレーではネット前に置かれる彼女。その性格は一言でいえば大人しい。だが暗いわけではなく、やや臆病なのに人付き合いは悪い方ではなくむしろ積極的。とはいえ親しい知人としかあまりつるまない。と簡単に言えば軽い人見知りのような人間であった。
なのに、時々ハメを外したかのように奇行をその辺の生徒以上にやりだすことがある。
「大人しいんだけど時々暴れたりする」と例えられる。
そうじゃなくても、連携行動を時々嫌がる、体育の授業でボールを受けるのを嫌がり同じクラスの野球部員を怒らせたり(理由としては腕に当たって痛いのが嫌)の問題行動も時々やりだしており、教師の覚えは可もなく不可もなく、生徒の中では「何だか訳が分からない奴」「わがままなんだかそうじゃないのか分からない」「頭の病気じゃないか」などと言われている。だが、悪い意味で目立って教師の目を引き、構ってもらっている他生徒よりははるかにまともであるせいでか、あるいは影が薄いからか、大して相手されることがなかった。そうなってから一年、二年、そして三年と過ごしていき現在。
クラスメイトが進学なり就職を決めて無事進学したり内定をもらっている中、彼女だけが全く決まってなかった。就職することは決めたのだが、就職活動を始めてから半年以上が経つが一向に内定がもらえずに現在に至る。普通なら焦ってもよいはずなのだが。
当の本人は何も問題がないかのように本を読み続けている。ではその内心では焦っているかと言うと。
焦っていた。まさかここまで長引くとは思っていなかった。完全に誤算だった。
そもそも就職を希望したのは適当な感覚、進学は金銭的な理由で出来ないだろうと親を思って希望したのだが先走りで親に叱られる羽目になった。
それでも進学する理由がなかったのは事実で、言ってしまえば高校に進学したのも何かしらの目標があったわけではなく、ただ中卒で働きたくないためであった。
この時代で、中学生卒業で働ける場所があるかは彼女も疑問だったが。じゃあせめて高校を卒業してから働きたいというわけでもなく、本当に適当な気持ちで過ごしていたのだ。
どうしよう。この歳で就職安定所の世話になるなんて思わなかった。ていうかもう学校にきていた就職希望の企業がない。あっても自分に必要な資格がないか、遠すぎて向かえない。自動車の免許を取ればいいじゃないかと先生や友達に言われたけど、お金がかかるし免許が取れても車が買えないアンド置き場所がない。原付免許を取ればいいのだろうけど結局現物がなければ身分証明書以外の使い道がないのは一緒だ。
このままでは卒業までかかるか、下手したらこの歳で就職浪人で無職だ。
どうしよう。詰んでる。やばい。言葉が浮かばない。元々あまり読んでいない文がもっと読めない。
…私、何がしたかったんだろう。何がしたいんだろう。何か夢はあったのかな。
急にそんな事が頭の中に浮かんだ。中学の卒業式の時、エンジニアになりたいと将来の夢を語る場面で言った気がするけど、それに関することは何一つしていない。
そもそも小学生の頃に書いた将来の夢が「不老不死」だった気がする。現実的な夢を何一つ抱えていなかった。幼稚園児の時はありふれた結婚だったかな。と私なりに危機を感じているのか昔の記憶が呼び起されている。
幼稚園の頃、ロッカーか壁に思いっきり激突して大泣きして気絶した事。
小学二年生、サツマイモを切っていたら指を切って三針縫った事。
中学一年生、先輩とのトラブルに巻き込まれて酷い目に遭った事と、気づいたら親友が転校していた事。
色んな事が浮かんでくるけど、解決の為になりそうなことは何一つ出てこなかった。
もしかしてこれが走馬灯。と言うものなんだろうか。
死にそうにもなっていないのに?就職できるかどうかで悩んでいるだけなのに?
授業が終わり、私は帰路についている。
午後の授業は眠たいのもあって何をやっていたのかいまいち覚えていない。
英語の教科書に小学生みたいに落書きしていたのは覚えている。
それと、私が何がやりたかったのかをずっと考えていた。だけど、何も浮かばない。
浮かばなかった。どんな仕事につきたいのかも、何がしたかったのかも。
何もかもが適当で生きていて、敷かれていたようなレールの上にいただけの人生。
だけど、そのレールを自分で設計しろと今言われている。私は、そのレールを設計することができない。できなかった。
分からない。どうすればいいのか。どうしたらいいのか。Googleに入力したら自己啓発サークル以外で結果が出てきてくれるだろうか。そんなくだらないことが浮かんでいる。
高校生になって分かったのは、漫画やアニメで見たありふれた家庭なんてものは、天文学的な奇跡と偶然によってなりたっているということだった。
私の夢。ずっと昔の、最初の夢。好きな人と結婚して、その人の子供を産む。
そんな夢さえも、叶えるには凄まじい努力とそれなりの幸運が必要だ。
私は、それを叶えるための努力をしていなかった。
夢。ユメ。ゆめ。将来。未来。私がしたい事。目標。
私の思考は、何かないかと頭の中を探し続ける。
時々テレビで見る、ボランティア活動をする人たち。慈善活動をする有名人。
漫画やアニメに登場する正義の味方。日曜日の朝にやっている子供向けのヒーロー番組。
みんな私よりもはっきりと自我があって、生きている。何か明確な目標があって、なくても誰かの為に活動している。わたしには出来ない。困っている人を見ていられない、私なんかには。出来ない生き方だ。
横断歩道が目に入る。ここを曲がってもう少しまっすぐ行けば私の家だ。
とりあえずうちに帰って別の本を読んだりインターネットをして一旦すっきりしよう。
今までもどうにかなったし、今回もきっとどうにかなるだろうと、楽観的に考える。
なのに。
何で今私は子供を抱いて道路に対して水平になっているんだろう。
後ろには猛スピードで迫るトラック。けたたましいクラクションの音とブレーキの音が聞こえるが間に合わないだろうと私は冷静に考えている。
そしてすぐに思い出す。目に入った瞬間、子供がボールを追いかけて飛び出してしまったのを私は見た。「危ない!」と声が出るよりも先に、私は飛び出してその子を庇うように突き飛ばした。だって、私が気づいた時にはもうトラックが迫っていたからだ。多分、信号無視か居眠り運転だったのだろう、子供には気づいて居ない様子だった。
まさかこの子を殺すために未来からやってきたロボット兵士では無い限りは、それで間違いないだろう。だが天文学的な数字の確率でそうだとしたら、そいつの目論見を阻止してやった。と言えるだろう。
この後この子は酷い光景を見る事になってしまうだろう。トラウマにならなければいいな。とりあえず恐怖やら混乱やらを押し殺して、私は精一杯の笑顔をその子に向けた。
夢も目標もない私が生きて君が死ぬよりは、私が死んで君が生きた方が、色々と正しいだろう。
だから怖がる必要はないよ。
ああでも、やっぱり夢は叶えたかったなあ。
誰もが抱く、ありふれた幸せな夢を。
あるいは、困っている人を、場所を救う正義の味方、名も知らぬヒーローたちの一人になる夢を。
私が目を閉じたのと同時に、私の意識も消えた。
おそらく。これが私の本当の記憶。またはそれを限りなく再現した記録だろう。
今や、私の記憶ではっきりとわかっているものは数少ない。
だからこの記憶を、私の最期の記憶としておく。
これが、私が私となる時の一番古い記憶だ。
これは私が遺す記録。私の自伝、私の言葉。私の罪の証。
今の私の名前は、ディートリンデ。元の名前は藤森椎奈。名前の通り日本人で、生前は女子高生だった。まず、私には大きな特徴が二つある。
一つは、私の身長が生前からかなり高いこと。中学三年生の頃には、女子なのに180cm以上もあり運動部の男子さえ、私に見下ろされない人は殆ど居なかった。
ついでに胸も大きい。最後に測った時は100cmを越え、ある日お気に入りのブラジャーが音を立てて壊れた時は、新手の病気を疑ったほどだった。
もう一つが重要で、私はウェステッドと言う、人間は勿論魔物からも襲われる怪物の仲間だということだ。今この言葉を書いている現在、私はそのウェステッドの中でも最悪の個体になっていた。ディートリンデと言う名前は、そうなった時に人間たちにつけられた名前だ。仲間のウェステッドの中でも、私の名前が藤森椎奈だと知っている人は、親しい人たちしかいないだろう。
何を間違えたのか、どんな選択の末にこうなってしまったのか。
私には分からない。全てが運命かもしれないし、全てが選択を誤った私の自業自得かもしれない。それを教えてくれる人もいなかった。
転生した先の世界にも、外の世界にも。私が何を間違えたのかを説いてくれる人はいなくて、代わりとばかりに人々は私に剣や銃を向ける。
その敵意の理由も、私は分からない。だからこの文を見つけたあなたが、私の敵ならば、もし私に出会ったら教えてほしい。
少なくとも「世界の敵」以外の言葉かつそれよりも長い言葉で、私に教えてほしい。
その時の私が、あなたの言葉を理解できればいいのだけど。
これを見つけたのが、貴方なら。できれば、貴方が見つける事を祈っているけど。
貴方の望んだものが、今の私なのかしら。私はこの文章の先の、何処かにいる。
見つけてみて、あの時私を見つけたように。貴方の言葉で言うなら、拾ったように。
この時の私が貴方の望んだものじゃなかったら、この先の私が貴方の望んだものだといいけど。
その答えを聞きたいから。どうせ、貴方も私も死にたくても死ねないまま彷徨うことでしょう。
貴方の前に立つときの私が、やはりまともに受け答えが出来るといいけど。
まあ、私に追いついた貴方が受け答えできるか、のほうが重要かもしれない。
今この瞬間にも、私は私ではなくなってしまうかもしれない。
だから、今のうちにこの文章を、物語を残しておくことにする。
わたしが、私になるまでの話を。出来る限り思い出しながら。
これは私の言葉、そして罪の証。
同時に、これは私からの声明だ。
私の名前はディートリンデ。
私達が望まず、貴方達が望んだ絶対悪。私が求めず、あなたが求めた
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