五大湖戦区(Lakes front) 8
黒い点のいくつも重なり、大きな塊となって<宵月>に向ってきていた。
――おかしいのう
――何をあやつらは必死になっておるのだ?
彼女の目には、有翼型小型魔獣と呼ばれるデビルの群れが鮮明に映っていた。それこそ表情の一つ一つまで、つぶさに見えるほどに。デビル達は人型に蝙蝠のような翼を生やしている。等身は人類の成人男性と大差が無く、全身を短い体毛に覆われ、まるで古代を生きた類人猿のような風体だった。東部の骨格は人類よりも蝙蝠に近かった。顔面は灰色に近い表皮に覆われ、瞳の色は黄色が多かった。希に赤い色をしたものも見られる。多くの人間の美的基準に照らし合わせると、醜悪きわまりない評価がくだる。容貌だった。
その見るに堪えない容貌に、明らかな敵意をむき出しにしている。全く自然なことだった。彼等は魔獣で在り、人類と相容れない存在だった。ネシスが気になったのは、その敵意の影に怯えが見て取れたからだった。何かに追い立てられるかのような必死さを背後に感じた。
『ネシス、どうした?』
無線越しに彼女の主が様子をうかがってきた。どうやら観察に時間を費やしすぎたようだ。
「ギドーよ、大丈夫だ。何でも無い。妾は捉えたぞ。さあ、命じるが良い」
『そうか……わかった』
ネシスは自嘲気味に口元を歪めた。
妾としたことが、魔獣どもの心境をおもんばかるとは……。
数分後、<宵月>は完成された暴力装置として、自身の存在証明を存分に果たした。前後に据えられた連装砲塔から、10センチ砲弾を吐き出し、それらは余すところなく、デビルの群れに届けられた。砲弾を受け取った個体は、身体の一部もしくは全部を吹き飛ばされ、ミシガン湖にばらまかれた。
戦闘開始からわずか10分足らずで、レーダーのスコープに映る影はなくなった。
『電測より艦橋へ。周辺に敵影は見られず』
「了解。ひきつづき警戒を続けろ」
淡々した調子で報告が上げられた。太平洋でオアフBMと戦って以来、<宵月>の乗組員は対獣戦闘に過剰なまでに適応していた。好意的に解釈すれば、肝が据わったと言うべきだろうが、儀堂は慣れによる感情の麻痺が正しいように思っていた。反戦主義者ならば、さしずめ人間性の喪失とでも言うのだろう。
「ネシス、終わったと認識して良いか?」
念のため儀堂は、ネシスをうかがった。どうも先ほど様子がおかしかったのが気に掛かっていた。儀堂の問いかけに対して、いつもならば即座に応答があるのだが、今日は数秒の遅れがあった。他のものならば誤差の範囲に思えるかもしれないが、ネシスの場合は異なる。彼女は自身の存在意義を
――あるいは無理もないか。
シアトルからミシガンまで、不定期にしろ魔導機関を長時間使用することが多かったのだ。本人すら気づかないうちに、疲労していたとしても不思議ではない。
儀堂の呼びかけにネシスは応えなかった。
「ネシス?」
『ギドー、まだじゃ……!』
直後、巨大な光弾が次々と飛来し、<宵月>の周辺に瀑布のような水柱が連続して形成された。5000トンの船体が、大きく揺らされる。
「総員、耐衝撃! 何かにつかまれ!」
すぐさま高声令達器へ回線をつなぎ、儀堂は叩き込むように命じた。その間も攻撃は続いている。やがて光弾の一発が<宵月>の艦橋へ直撃した。
光と音が破裂し、あまりのまばゆさと轟音で視覚と聴覚を一瞬で喪失することになった。さすがの儀堂も混乱した。
――まさか、死んだのか……?
すぐに五感によって否定された。三半規管が艦の揺らぎを観測していたからだった。どうやら<宵月>は、敵の攻撃を継続して受けており、その渦中に自分はいるらしい。
白く閉ざされた視覚と靄のかかったような聴覚が徐々に回復していく。艦橋は無事のようだ。儀堂同様、副長や他の兵員も混乱から立ち直りつつあった。
『ギドー、ギドー、応えよ! 無事かや!?』
鼓膜を激しく震わされていることに気づくと、儀堂は喉頭式マイクのスイッチを切り替えた。
「無事だ」
『肝が冷えたぞ。すぐに応えよ。間に合わなかったと思ったぞ』
「間に合わない?」
すぐにわかった。<宵月>の艦首、上空に方陣が展開されている。光弾から艦橋を守ってくれたらしい。
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次回投稿4月29日(月)予定
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