暗夜航路(Dark waters) 2
「そう、あのネシスについてよ。あなたが知っている限りのことを聞かせて」
「漠然としていますね。彼女の能力についてなら、
御調は宮内省から派遣された特務士官だった。その手の魔導について専門家らしく、魔導機関やネシスの管理も彼女が行っている。
「御調少尉ね」
ふんと鼻を鳴らした。どうも苦手らしい。
「あの子はとても教育が行き届いているみたい。特に上官からの教えに忠実なのね。私の知りたいことには何一つ応えてくれない」
上官とは六反田のことだろう。
「それなら私はあなたの期待に応えられないでしょう」
「どうして? あなたも教えに忠実だから?」
「それもありますが、御調少尉は私にも詳細を明かしていません」
嘘は言っていない。より正確には儀堂が御調へ、その手の質問をしたことがないだけだが。
YS87船団に合流するまで、儀堂は<宵月>の艤装指揮に追われていた。合流後に今度は対獣戦闘の指揮が待っていた。結果的に、儀堂は自分の艦の秘匿装置について、まともな
もちろん出航前にその点に関して六反田に抗議した。
「なあに、大丈夫だ。オレも魔導について詳細は理解しているわけではないが、何とか
いったい何がどうなんとかなるのか、全く意味不明だった。思い出しても腹が立ってくる。
儀堂の顔が険しいものなっていた。リッテルハイムは、彼が容易ならざる立場にあると悟ったらしい。
「あなたも、苦労しているのね」
「ええ、その点は否定できません。そういうわけで、あなたが欲するものを渡すことは不可能です」
リッテルハイムは大きく紫煙を吐き出した。ため息をついたのだ。
「もう! すっかり、あの
「フロイライン――」
「その言い方は止めて。子ども扱いされているみたいなの」
「……失礼。しかし、それではなんと?」
「キルケでいいわ」
「ではキルケ、あなたはどうしてそこまでネシスのことを知りたがるのですか? 実のところ、私はあなたについてよく聞かされていないのです。私が知っているのは、あなたが独逸人で、演算機の研究者であること。その二点だけです」
キルケはひとときだけ黙ると、自嘲的な笑みを浮かべた。
「そうでしょうね。あの少将らしいわ。きっと何もかもお見通しなんでしょうけど、敢えてあなたに何も言っていないのね」
キルケは二本目の煙草に火を点けた。
「アーネンエルベ、それが私の所属する機関の名前よ」
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『アーネンエルベ』は、独逸の秘跡調査機関だった。平たく言ってしまえば、日本の
始まりは1929年、独逸がナチス政権下まで遡る。ナチスは独逸国民に、ゲルマン民族の優秀性はアーリア人に由来するものだと喧伝していた。
当時、親衛隊の指導者であったハインリヒ・ヒムラーは、彼等の
彼等の活動は、独逸の民俗学を著しく歪んだ方向へ発展させたが、それなりの成果ももたらした。北欧に派遣された一隊がルーン文字によって、描かれた不可解な方陣の遺跡を発見したのである。アーネンエルベ機関の研究者は、これを古代北欧神話に登場するルーン魔導の痕跡であると断定した。
この報告に無類のオカルト
その結果、アーネンエルベには物理、化学から医学、怪しげな霊媒師まであらゆる分野での専門家が集められることになった。まことに独逸人らしく、彼等は官庁のごとく高度に組織化されたセクションに分かれて独自の研究を行った。
しかしながら、一向に彼等は奇跡の証明に至ることは出来なかった。
初めはオカルト熱に浮かれたヒムラーもすぐに失望し、党内の権力闘争に関心が遷った。アーネンエルベは組織として存在意義を失いかけていた。
そして運命の1941年を独逸は迎えることになった。皮肉なことにヒムラーが求めた奇跡は異界より来た侵略者、BMと魔獣によって証明されてしまった。
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次回12/26投稿予定
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