太平洋の嵐(Pacific storm)
定期航路(ERB-29 "Apollo")
ー定期航路(ERB-29 "Apollo")ー
【ハワイ諸島近海】
1945年3月17日 早朝
スティーヴン・アームストロング少佐の愛機がヴァンデンバーグ航空基地を発ったのは、今より12時間ほど前のことだった。西海岸の夕陽に見送られ、今は大洋を照らす暁に出迎えられている。
全長30メートル、翼長においては40メートルを越える巨人機に陽光が均等に降り注ぎ、銀色の機体は光り輝いていた。第三者が見たならば、終末的な光景に見えるかも知れない。
「どうぞ、スティーヴ」
「ありがとう」
カップを有り難く受け取り、口に含む。豆を煮だしたような強烈な苦みが舌にこびりつき、眠気を吹き飛ばす。顔をしかめながら、アームストロングは満足げに肯いた。それは機内で淹れたコーヒーでは無く、予め水筒に用意してきたものだった。彼の妻は注文通りに配合してくれたらしい。
彼の愛機はB-29戦略爆撃機を改造した、ERB-29だった。機体名は<アポロ>である。名付け親はアームストロング自身だった。彼はこの機体の特性に相応しい名をつけたと自負している。
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B-29は路頭に迷いかけた兵器だった。本来の目的と世情を考えるのならば、開発中止に追い込まれても不思議では無かった。何しろ、今や同盟国となった日本を灰燼に帰すために設計された機体なのだ。
始まりは1934年だった。「プロジェクトA」と呼ばれる超長距離大型爆撃機開発計画が発足した。発起人である陸軍がボーイング社に出した要求は1トンの爆弾を搭載し、航続力8000km以上というものだった。
合衆国軍は明らかに遙か海の彼方にいる仮想敵国、具体的には日本と独逸を意識して開発を打診していた。
チャールズ・リンドバーグが大西洋横断飛行に成功したのが、1927年であるから、航続距離8000kmは決して非現実的なものではなかった。また同時期にスタートした大型爆撃機B-17が一定の評価を得ており、合衆国は他国に比べて大型機の開発力で圧倒的にリードしていた。
事実、完成したB-29は「
しかし、全ては1941年に覆された。合衆国の敵は
五大湖周辺の工業地帯を魔獣に蹂躙され、著しく生産力を低下させた合衆国にとって、生産と運用に大量の資源を要する
人類の存続すら危ぶまれた時期であっても、官民共に採算性を重視するとは、資本主義国家の業の深さとは誠に度しがたいものだった。
幸いと言うべきか、生産拠点であるシアトルはBMの襲撃を受けなかったため、10機近くが完成していた。ボーイングは自社の存続を賭けて、B-29の新たな使い道を合衆国軍へ
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アームストロングが乗るERB-29はボーイングがプレゼンする過程で登場した派生タイプだった。爆装を取り除き、機体各所に複数の対空・対水上レーダー装置と高高度偵察用のカメラを装備した長距離偵察機だった。これまでERB-29はハワイや東海岸に点在するBMを超高高度から観測し、データを司令部へ送り届けてきた。ERB-29の飛行高度1万に到達できる魔獣は存在しないため、彼等は護衛無しで魔獣に占拠された暗黒地帯の奥深くへ自由に侵入できた。アームストロングが機体にアポロと名付けた由来でもあった。
「そろそろですね」
電測員の少尉が呟いた。幾分か緊張を含んだ声だった。
ハワイまで、あと少しだった。
「どれくらい大きくなったのでしょうか」
前回、つい1週間ほど前に偵察飛行を行った際はオアフ島を同程度の大きさまで成長していた。
「さあな。見ればわかるだろうさ。さあ、そろそろ配置についてくれ。
「
30分後、アームストロングの
そこにあるはずの黒い月が忽然と無くなっていた。ハワイ周辺に魔獣の大量の群れを残したまま、巨大な球体は、いずこかへ消え去っていた。
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次回12/22投稿予定
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