老人と戦車(Old man and Panzer) 3


 そのお方は絶望から現われ、祖国を希望の光で照らし、そして再び絶望へ導いた。


 私は、フューラーの求めに応じ、祖国をBMから守るため、強力な戦車を設計した。当時、独逸は津波のような魔獣の群れに飲まれ続けていた。それまでの戦車で魔獣全てに抗しきるのは不可能だった。数の差がありすぎた。


 1941年、国防軍の主力は東部戦線ソヴィエトロシアに駆り出され、モスクワを目の前にしていた。そこに現われたのがBMと魔獣どもだ。


 魔獣は独ソ両国から東部戦線という概念を奪い取った。彼等に戦線はない。敵は己以外の全てだ。国防軍は各地で分断され、かつて凱歌を上げて突き進んだ道のりを嗚咽と血にまみれながら引き返すことになった。君も知っての通り、我が軍が秩序を回復したのはつい先年のことだ。その頃には世界は一変していた。


「三国同盟は破棄され、我が国は世界から取り残された存在になった。総統フューラーは心労により亡くなったと聞いているが、恐らくそれは違う。彼は現実に耐えられなくなったのだろう」


 老人は顔を背けた。日独伊の三国同盟から最初に離脱を表明したのは、他ならぬ日本だった。ヒトラーは日本を卑劣な下等人種ウンターメンシェと罵しり、その半年後に亡くなった。心臓発作と国営放送は伝えていたが、自決したのではないかと囁かれていた。


 本郷は複雑な思いを抱いた。彼は祖国の選択が誤りだったとは思わない。結果論だが、米英との協調路線は混乱期における日本の生命維持に役立った。あのまま枢軸国へ居続けたら、日本は存在していたかどうかすら怪しいものだった。


「気を悪くしないでくれ。君らを責めるつもりはない。どの道、私の祖国はどうしようもならなかったのだろう」

 老人は深いため息が漏らした。

「とにかく、我が国は選択を迫られた。このまま孤高に滅ぶか、あるいは屈辱を承知で助けを求めるかだ。そのとき、我が国へ接近してきたのが合衆国だった。彼等は我々の技術成果に多大な関心を寄せていた」


 同時期に英国イギリスからも要請があったらしい。しかし、これは両国共に政治状況が許さなかった。英国は独逸占領下にある仏蘭西フランスの解放を条件にしていた。そして独逸は仏蘭西の工業生産力と人的資源を手放すことができなかった。なによりも独逸は仏蘭西の復讐を恐れていた。


 後世、歴史家から莫迦げた妄想として切り捨てられるが、当時の独逸は、独立を回復した仏蘭西と魔獣に東西から挟撃される事態を真面目に危惧していた。


「私は、いや私とマウスは祖国から連合国へ捧げられた生け贄なのだ。彼らは技術資産と引き替えに独逸へ援助を提供している。私だけではない。フォン・ブラウンや他の科学者も差し出され、北米で怪しげな研究の手伝いをさせられているのだ。君らの国にも何名か出稼ぎ・・・に行ったと聞いているよ」

「……そうなのですか」


 本郷は独逸の窮状を推し量り、絶句した。かつての裏切り者日本にすら、助けを求めなければ行かぬほど追い詰められているとは。


「だからこそ、私は知ってしまったのだ」

 老人は眉間の皺を深めた。

「知ってしまった?」

「彼等が恐ろしい爆弾を開発していると、同胞の研究者から聞いた。その爆弾はBMをも一撃で消失させる威力を持っているのだ。完成したら躊躇無く、彼等は使う。私はそれが許せない」

「なぜです? 我々にとって喜ぶべきことでしょう」

「違う。私にとっては違うのだ。恐ろしいことに、彼等はその実験対象として、この子マウスを使う腹積りらしい。私は確かに悪魔と手を結んだ技術者ファウストかもしれないが、悪魔メフィストではない。私は人として、この子の産みの親として、彼等に渡すことができない。頼む。どうか、この子を君の国で保護してくれ」


 本郷は途中から、老人の話を理解できなくなっていた。この子とはマウスのことだろう。こんな強力な戦車を爆弾の実験台に使うなど、現実離れした話だった。そんなことをするくらいなら実戦で使った方がよほど効果的に思える。だいたいBM用に造られた新型爆弾を戦車に使うなど、非効率も甚だしい。生きた鼠を相手にダイナマイトを使うようなものだ。


 本郷は自分の疑問を率直にぶつけた。老人はもっともなことだと言い、彼にマウスの操縦席を見るように言った。訝しがりながら、本郷は操縦席のハッチを開けた。そこにあるものを目にして、ようやく彼は老人の言うことを理解したのだった。


 本郷はマウスの車体から老人を見下ろした。その瞳には困惑と怒りを宿していた。


「なぜ、僕なんですか?」

「誤解しないでほしい。より正確には君にでは無く、君の祖国日本へ託したいのだ。かつての友邦だからではない。君の国が、連合国の中で一番危うい立場にあるからだ。だからこそ、君らはこの子を大切に扱うだろう」

「僕らが、いつ米英から切り捨てられてもおかしくはないから?」


 老人は満足げに微笑みながら、肯いた。出来の良い生徒を見る目つきだった。


「その通り。今の君らは、かつてのスイス傭兵あるいは用心棒ランツクネヒトのようなものだ。米英の民を守るために差し出された肉の盾だ。我が国が技術を生け贄したように、君らはまさに本来的な意味で生け贄兵力を北米に差し出している。しかし、それとていつまでも続くわけではない。犠牲の多さに、君らが音を上げるかも知れない。あるいは新型爆弾の完成で、合衆国が君らをお払い箱にするかも知れない。いずれにしろ終わりはいつか来る」

「そうなったとき、僕らは新たな価値を連合国へ提供しなければならないと?」

「あるいは脅迫材料と言うべきだろうね。そのため君らはこの子を大事にせざるを得ないだろう」

「しかし、合衆国が許すとは思えません。本来は彼等が使うはずだったのものだ。力尽くで奪いに来たとき、僕に抗う術はない。何しろ、ここは彼等の本土ホームですから」

「もちろんだとも。だからこそ、君にはもう一働きしてほしいのだ」


 老人は格納庫へ案内した。そこには組み立て途中のマウス2号車の車体が放置されていた。本郷は未完成の2号車を牽引し、ボッティンオーの街中へ据えた。後は簡単だった。内部に爆薬を仕掛け、爆破と同時に鋼鉄の墓標が完成した。


 再び、格納庫へ戻ったとき、老人は荷造りを終えていた。

「ユナモの存在は、合衆国でも、ごく一部のみにしか知られていない」

 小型BMの名前を口にしながら、老人は分厚い封筒を差し出した。

「彼等が私を尋問し、あの子が逃げたと気づくまで時間があるはずだ。ここにあの子について、私が知る限りのことを書いた。君らの国で、この内容がわかりそうな人物、機関へ手渡してくれ」


 本郷は封筒を手に取った。かなりの厚みがあった。書類の束を無理矢理ねじ込んだのだろう。本郷は封筒を受け取ると、内ポケットはしまいこんだ。


「あなたにとって、あの球体は何なのですか? まるで自分の子どものようだ」

 人類に災厄をもたらした球を戦車に組み込むなど、本郷には一生掛かっても理解しがたい行いだった。

「君はわかっているじゃないか。その通りだ。技術者にとって、製品プルドゥクトは全て子どもなんだ。例えそれが悪魔の産物であっても……! 我々は我が子が世界を良くするように使われることを、常に望んでいる。科学者はどうか知らん。だが技術者は、破滅を導く発明など望んでいない……」


 本郷は返すべき言葉を持たなかった。老人も期待しているようには見えなかった。

 最後に老人は「ありがとうダンケ」と言い残し、自ら合衆国軍へ出頭して行った。


 本郷はその姿を見送った後で、ギガワームが造った洞穴へマウスを隠蔽し、今日に至った。


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次回12/20投稿予定

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