緩衝地帯(Buffer zone) 6:終
【アメリカ合衆国 ノースダコダ州北部 ダンシーズ近郊の山岳地帯 1945年3月11日 午後】
第八混成戦車中隊が洞穴に付近に着いた頃には、周囲は徐々に暗くなりつつあった。春先で日が落ちるのはまだ先だが、周囲が森に囲まれているため、平地よりも暗く、見通しも悪かった。
本郷はM4戦車の小隊を先行させていた。M4は小回りが利く上に、
先行したM4小隊から無線が入る。
『イワキより、アズマへ。もうすぐ目標です』
中村少尉だった。再編された小隊の指揮を取っている。
「アズマ、了解。そこから何か見えるか?」
『いいえ、何も……敵獣の姿はありません。念のため、降車して確かめますか?』
「いいや、現位置で待機してくれ。僕が直接出向こう」
本郷はM4小隊へ追いつくと降車した。同じく降車した中村が待機していた。
「何も少佐自ら行かなくても……」
中村少尉が顔を曇らせた。
「そうかもしれない。だけど、嫌な予感がするんだ。直接見ておきたい」
洞穴まで直接戦車で行くことは不可能だった。彼は自ら兵を率いて直接確かめることにしていた。
「君は留守を頼む」
本郷は付いてこようとする中村に命じた。
「しかし……」
「杞憂だよ。何かあったとき、応援に来てもらうためだ」
本郷は中村少尉を説得すると、一〇〇式機関短銃を手に、降車した機動歩兵とともに洞穴を目指した。ほどなく洞穴まで何の問題なく辿り着いた。彼等が穴を見つけるのは容易だった。なにせ数十頭の魔獣の足跡がそこかしこに続いていたのだから、見失う方が難しい。
本郷は穴の入り口の前で立ち止まり、その大きさにうなった。高さは20メートルほどあり、入り口の周辺には掻き出された土によって、ちょっとした丘が出来上がっていた。
「念のためだ。君ら、探り撃ちを頼む」
まだ竜が潜んでいるかも知れない。配下の兵に命じ、数発の弾丸を穴の先の暗闇に向けて送り込んだ。乾いた銃声が木霊する。しばらく待ってみたが、特に変化はなかった。
「……行こう」
穴の内部へ足を踏み入れる。地面に不自然な窪みが至る所にあったため、途中で数名の兵士が転倒しかけた。懐中電灯で暗闇を照らしながら、本郷はあるものを探していた。やがて生臭い臭いを感じ、本郷以外の兵士は銃を構えた。本郷は特に構えること無く、確信を深めた。
「やはり……」
懐中電灯の奥を照らし出す。誰かが「あっ」という声を上げた。
そこには無数の白い破片が散らばっていた。破片のサイズと厚みはどれもが瓦ほどだ。手に取ってみると重さも同じくらいだった。
「隊長、これは……」
兵士の一人が恐る恐る尋ねた。本郷は静かに肯いた。
「ああ。あの竜たちの卵、その残骸だよ」
おかしいと思っていたのだ。180日間も魔獣が観測されなかった区域、そのど真ん中に竜の大群が現われるなど、状況的に不自然だった。あれだけの群体が長期間にわたり哨戒部隊の目を逃れていたなど、確率的に不可能だ。ワームだけならば地中へ潜むことも可能だが、バジリスクのような歩行個体には無理な話だ。
ならば可能性は一つしかなかった。何ものかが、密かにここまでやってきて卵を置いていったのだ。
「問題は……」
こいつらの母体はどこへ行ったのだ? だいたい、こんな巨大な卵を大量に抱えてくるヤツとはいったいどんな魔獣なのだ。本郷がその事実に思い至り、背筋に悪寒を走らせたときだった。背後で小さな悲鳴が響いた。
「どうした!?」
「も、申しわけありません。こ、転んだだけです」
彼の車両の砲手だった。どうやら窪みに足を取られただけだった。本郷は苦笑しつつ、手を伸ばそうとした。しかし、途中でぴくりと手を止めてしまった。顔面の筋肉が硬直する。
懐中電灯が砲手を捕らえた窪みの正体を明かしていた。
それは一メートル近い、何ものかの足跡だった。
「た、隊長……!?」
他の兵士も窪みの正体に気がついたらしい。恐怖に顔が引きつっている。
「すぐにここを出よう。早く大隊本部へ知らせなければ……」
少なくともここに来るまで巨大魔獣の目撃報告は受けていない。まだ誰も気がついていないのだ。もしこの足跡の持ち主が西進していた場合、そこには無防備な原野が晒されている。
急がなければ、きっと酷いことになる。
穴の入り口から複数名が駆けてくる音が聞こえたのは、そのときだった。嫌な予感を覚える。数秒後、中村少尉が姿を現わした。彼がここに来たと言うことは、ただならぬことが起きたということだった。少尉は息を切らせながら、本郷へ告げた。
「大隊本部より命令です。至急、戻れと! 巨大なドラゴンが北に――」
本郷は聞き終わる前に駆けだしていた。
◇========◇
ここまで読んでいただき、有り難うございます。
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弐進座
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