それぞれの旅立ち(He should die) 2
【浦賀水道沖
『大きいのう!』
「そうだな」
確かにデカい艦だと思った。<宵月>の艦橋、その右舷1万メートル先を並行しているのは航空母艦<大鳳>だった。全長は270メートルに達し、排水量は4万トンを優に越え、飛行甲板には装甲が施してある。帝国海軍の保有する最大の空母だった。今年の1月に配備された新鋭艦だ。本来ならば昨年の2月に就役するはずだっただが、戦局の変化に伴い、設計が大幅に変更された結果、11ヶ月遅れて正式配備となった。
『なんじゃ、お主、元気がないのう』
「気のせいだ」
察しろと思いつつ、ぶっきらぼうに返事する。まったく尋常ならざることだと思う。よもやあれだけの損傷を受けながら、2ヶ月も経たずして再び<宵月>で海へ出ることになるとは思いもよらなかった。
横須賀空襲の後、<宵月>は直ちに
『おい、ギドー、ギドー、聞こえておるのか』
「聞こえている」
今現在、睡眠不足の脳みそを揺さぶる装置も改修によって追加された装備だった。正直なところ、この装備を付けない方が良かったのではないかと思っている。もちろん提案したのは他ならぬ
儀堂はネシスが居る魔導機関室と艦橋に専用の電話回線を追加させた。受話器は独逸より導入した最新の有線方式のものだった。右耳用の
魔導機関の効果が実証された以上、今後の戦闘ではネシスの力を借りる場面は出てくるだろう。誓約通り、ネシスには役に立ってもらうつもりだった。ならば、いつでも連絡をとれるのが望ましいと考え、儀堂は<宵月>にネシス専用回線の追加を施させたのである。今となっては、もう少し慎重に考えるべきだったと思っている。
『ギドー、ギドー、あれはなんだ? ひこうきとやらか?』
『ギドー、ギドー、すごいぞ! あのひこうき、船の上に乗っかりおった!』
『ギドー、ギドー、ひこうきとやらが消えたぞ! 船の中へ沈みおった!』
ネシスは好奇心の塊だった。彼女はあの魔導とやら、直接目で見なくとも外界の様子を視認できるらしい。おかげで艦橋へ詰めてから、儀堂は質問攻めに遭っている。初めはまともに返していたギドーだが、さすがに5時間ぶっ続けともなると辟易してくる。
――次回改修時には、音量調整機能をつけてもらおう。
右耳からネシスの感想を垂れ流しつつ、儀堂は固く決意した。
「艦長……」
興津が申しわけなさげに、儀堂へ話しかけてくる。
「なんだい?」
「リッテルハイム女史が艦長をお呼びです」
嫌な予感がする。
「なんだって?」
「その……部屋が狭いから変えろと」
ギドーは天を仰いだ。灰色の天井が見える。
「独和辞典を渡して、駆逐艦の項目を引いてもらってくれ。そこに客船と書かれていたら、再考しよう」
「そいつは……」
興津中尉は半笑いを浮かべた。
ギドーは次回改修に客室の追加を入れるべきか脳内で検討したが、即時却下した。
本当に、あの独逸人を乗船許可を出したヤツは呪われるべきだと思った。
※次回11/30投稿予定
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