六反田少将(Warmonger) 1
―六反田少将(Warmonger)―
【東京 築地 海軍大学校】
ジープに押し込められた儀堂は海軍大学校内の一室へ連れて行かれた。深夜にも関わらず煌々と灯が点いているのがわかった。ドアの表札には何もかかれていない。
入室と同時に儀堂は眉間にしわを寄せた。視覚的にも嗅覚的にも不快だった。まず室内は全般的に煙草の臭いがしみついており、そして長机や棚、あまつさえ椅子の上まで書類がうずたかく盛られている。ざっと30人は収容できそうな広さだった。もとは講義室として使われていたのだろうが、部屋の奥にかろうじて見える黒板以外に、その面影は残されていない。
「
書類の山を越えた先に執務机があり、この部屋の主が陣取っていた。角刈りの頭部で体型は決して健康的とは言い難く、腹部には長年の不摂生による
「ずいぶんとまあ早かったじゃあないか。オレはもうダメかと思っていたがね」
「ちょうどさっき井上さんに電話したところだ。なにかと今回ので
井上さんとは
「で、そっちのお嬢さんはえらくやんちゃな格好だ。それにうん、なにか不機嫌そうだね」
鬼の子は相変わらずぶすりとして何も答えようとしなかった。素っ裸でも儀堂の外套を羽織っているため、幾分かましな体裁になっている。だが、服に着られている感は否めなかった。
「御調君、その姫君に何か相応の服を見繕ってやってくれ。さすがにそのままじゃあ、あんまりだろうて」
「はい、しかし……」
御調は少女のほうを窺った。断固として言うことを聞く様子はない。少女は視線を逸らしたまま、嫌そうに口を開いた。
「この男をどうするつもりだ」
「ほう、日本語がお上手だ。なに、どうもせんよ。オレはこのお兄さんと話をするだけだ。そう、きっとそれは悪い話じゃ無いと思うがね」
「お主は嘘を言っていない。だが、本当のことも言っていない。妾にはわかるぞ」
「うん、それは正解だ。すべからく物事は相対的なもんだ。まあ、わかったよ。これだけは保証しよう。このお兄さんはお嬢さんとすぐに会える。そうだな。少なくとも夜明け前までには解放しよう」
「よかろう。おい、その女官、
御調は憮然としながらも「こっちよ」と言い、少女を先導した。部屋から出る間際に少女が振り向いた。
「おい、お主。名はなんだ?」
「………」
「おい、お兄さん、君のことだよ思うがね。答えてやれよ」
「六反田少将、それは命令でしょうか?」
「どうだろうね? そういうことにさせたいのかね?」
儀堂は大きく息を吐いた。
「儀堂、
「ふむ、勇ましくは無いが、やや雅さを感じる響きだ。覚えておこう」
「それはどうも……」
「………」
角の生えた少女はなおも不服そうに突っ立っていた。
「まだ何かあるのかい?」
「名を尋ねよ」
「は?」
「妾の名を尋ねよ」
「なぜ?」
「……良いから尋ねよ!」
儀堂はさらに大きく息を吐いた。誰の目から見ても、それはため息だった。
「……君の名は?」
「ネシス。ネシス・メ・アヴィシンティアじゃ。覚えておくが良いぞ」
「わかった」
ネシスは満足げに肯くと今度こそ部屋から出て行った。
「さて、儀堂大尉」
振り向けば、六反田が山師のような笑みを浮かべていた。
「話をしよう。長い話だ」
六反田は従兵を呼んだ。珈琲を淹れさせるためだった。
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