第7話 自責の念

 ダミアンにとって、ずっと眠っていると聞いていたリュカが目の前に居れば、手を差し伸べるのは当然のことだ。

 だから、彼よりもリュカの近くにいた者が、忌まわしい王子だと遠巻きにしている事に呆れ苛立ってしまう。近づこうとする者はいないと、わかってはいても、気分がいいものじゃない。

 黒くぼさぼさの少し伸びた髪と黒い目。黒髪だったのは子供の頃のこと。リュカが元々黒髪だと知っていても、金髪の印象が強いのは仕方がない。

 子供の頃のようなうっとうしく伸びた黒い髪が、どこか懐かしい。


 久しぶりに会うリュカはいくらか軽くなったように感じる。青かった目の色まで子供の頃と同じ黒に戻っていた。

 ごちゃごちゃと着けられている護符と、うっすらと生える髭に、リュカはもう子供じゃないと、懐かしむ気持を押し殺す。


「どこに行こうとし……」

「オーロルは!? 彼女はどうした!?」

「大丈夫だ。彼女は生きている」


 一番に聞くことはそれかと、他にも聞くこと、気になることはあるはずだろうと、リュカから視線をそらせずにいればリュカは気まずそうに息を吐いた。


「ダミアン、無事だったか……よかった……」


 ダミアンの無事を喜ぶように呟くリュカにダミアンは謹慎など気にすること無くリュカの側に居るべきだったと悔やむ。一人で不安な時間を過ごさせてしまったと申し訳ない。

 もともと衣装に無頓着なリュカだ。それでも寝間着のままというわけにはいかないだろうと、ダミアンは部屋に引き返そうとしたところで、爆発する。

 リュカの部屋が大きな音を立てて爆発したのだ。

 扉の前にいればそれに巻き込まれいただろう。僅かに扉からずれていたことが幸いして二人は無事だった。慌てふためき、爆発炎上する部屋に対処する騎士たちを横目にダミアンは舌打ちする。

 この王城でリュカが安心出来る場所などないではないかと。


 部屋をなくしたリュカにあてがわれた部屋は掃除の行き届いた部屋だった。さすがに疎まれていようとも王子の為の部屋だ。端に追いやられるようなことはなく、対面だけでも保とうとしているのだろう。

 どんな部屋でも目覚めたばかりのリュカに動き回る体力はない。

 用意された部屋にあるベッドに倒れるように横になりながらも、リュカは自分の事よりも他人を心配する。

 カレンデュラの街、近侍たち、それとオーロルだ。

 ダミアンから近況を聞いたところで不安が拭える訳もない。彼女の顔を見るまではこの不安を解消することは出来ないのではないだろうか。リュカの中にあるオーロルの最後は血溜まりに沈んだ彼女の姿だ。心配なんてものじゃない。あの、絵の中にいた赤い髪の娘の苦悶に満ちた顔が、リュカの不安を大きくしていた。

 ダミアンもずっと謹慎で側を離れていたせいで、詳しいことはなにも知らない。リュカが今目覚めたばかりだということだって、今さっき知ったばかりだ。


「俺、大事な人を傷つけ……また、死なせてしまったのか?」


 「また」と、リュカが口にする。そのことにダミアンは心が痛い。乳母のカロルのことを思い出すからだ。あの時、自分が近くにいれば悲劇は起こらなかったのではないかとの思いがあった。

 それからも、リュカが大事に思える人たちが目の前で、傷つき倒れることは続いた。リュカの命を狙う刺客だったために仕方なく。魔法の暴走でどうしようもなく。避けようにも、避けられない事ばかりだった。

 リュカの部屋の爆発だって、リュカの心に重くのし掛かるのだろう。あのまま部屋で寝ていれば、リュカは死んでたかもしれない。知らない内に誰か人を巻き込んでいたかもしれない。タイミングがずれていれば、ダミアンが死んでしまったかもしれない。

 リュカの苦悩はダミアンの苦悩だ。今までカロリーヌから離れていたせいか、カレンデュラの街ではそんなこともなく、穏やかに過ごせていた。

 リュカの心の傷を思えば、胸が苦しくなることは当然だ。


「大丈夫だ。オーロルは生きている。誰もリュカを責めたりはしない」


 気休めだとわかっていても、他に言葉が浮かばない。

 今はここにいないマリユスだったら気の利いた言葉をリュカに掛けるのだろうと思う。

 謹慎の間に彼の実家があるリンドフォーシュ伯爵領にドラゴンが頻発しているせいで、仕事どころではないのだ。マリユスの現状を今のリュカには話せない。

 人の事を心配しているように見えるリュカだが、今彼は自分の事で手一杯だ。病み上がりというだけでない。たった今、命を狙われたばかりだ。何度となく命を狙われても、これだけは慣れることはない。

 これ以上の心労をリュカにかけたくない。


「リュカが居なければ、あの街は全滅していたかもしれないんだ。胸を張れ」


 ダミアンの言葉にリュカは視線を向け、オーロルの名を口にしようとして、カロリーヌの顔がふっと、浮かんでは消えた。

 彼女を巻き込んでしまったと、温かいものが凍りついていくように芯が冷え込んでいく。カレンデュラの街のこと、オーロルの事をそれ以上リュカは口に出来なかった。声に出せばダミアンを苦悩させるからだ。リュカを気遣い、街の被害を詳しく話さないことも、オーロルが今何をしているのか言わないことも、ダミアンの表情から勝手に読み取る。それが合っていようと間違っていようと、リュカがなにも聞かなければ、ダミアンは答えることが出来ない。


 憎しみと哀しみを隠すように布団を被るリュカにダミアンは部屋を後にした。

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