第28話 最後に喰った竜の肉
最後に喰った竜の肉は目の前で悠然と構える古代竜だったと思い出す。久し振りに会う父に緊張しつつも、ぎこちない会話でも、父と囲む食事は楽しいと、竜の肉を口にするまで思っていた。
絶望という感情を覚えたのはあの時だったとハッキリ思う。
思い出したくない過去の出来事だ。
今あるリュカの姿、金色の髪も青い目もその時からだ。子供ながらに蔑ろにされていると感じていたフランシスとの親子関係だったが、父と同じ黒い髪と黒い目を気に入っていた。
リュカを慕う弟のシャルルが継母のカロリーヌそっくりなのに対して、フランシスそっくりの姿は優越感を持てる唯一のものだった。
目の前のドラゴンに恨みなんてない。それでもリュカが魔法使いになったのはなにかの因果なのだろうと向き合う。
ドラゴンは嘲笑うかのように鼻を鳴らす。
魔法使いから放たれる魔法は、そよ風にのる塵芥かのように気に留める様子すらない。
尊大な態度にさすがは古代竜だと感心してしまう。
火も氷も稲妻も毒もこのドラゴンには大して効果が無いように見える。なにをもって倒せばいいのか検討などつかないが、まずはいつも通り氷とドラゴンに向けた。
魔法はドラゴンの表皮を僅かばかりに凍らすに留まり、あっという間にその氷は解けてしまう。
それならばと次を放つが、ドラゴンの余裕を崩すことは出来なかった。手応えというものをなにも感じない。
いつものドラゴン退治と同じではダメだなと、笑みを溢しリュカは護符を外していく。
マリユスがそれを見れば卒倒ものだ。
リュカを守る為の護符を外す行為がどれだけ危ないか、耳にたこが出来るほど聞かされてきた。
魔法に耐えられなくなって壊れてしまうものは仕方がない。それはリュカに掛かる魔法の負担を護符が代わりに受け止めてくれたと。
だけど、護符なしに魔法を使うことは全ての負担がリュカに掛かるために危険だと。
魔法は術者の寿命を削る。これは魔法使いの共通認識だ。
幼い内に魔法使いとなっただけでも異例であり、全ての竜の肉を喰らったのだ。他の魔法使いよりも魔法の負担が大きくて当然だという。
力を求める魔法使いが一度といわず何度か竜の肉を喰らったという記録はあった。
だが、二度目の竜の肉を喰らい絶命する者が殆どだっという。
リュカのように全ての種を喰わずとも、2種類の竜の肉を喰らって生きたという魔法使いはいたが、それだって1年もせずに死んだとされていた。
マリユスたちが心配するのは当然なのだ。リュカは王子だからと、規格外だからと、甘んじられないくらい彼は大事にされている。
リュカ自身もそれをわかっていた。彼らが寄せる親愛に甘えているのだ。
それなのに彼らの心配を余所に、リュカは自分の命よりも、オーロルをなによりも優先していることに気が付いていない。
このままドラゴンが街に居てはオーロルが危険だと心配なのだ。強気な性格のままドラゴンに無茶をしでかす危うさが彼女にはあると。
オーロルの笑顔が守れるならなんだって出来ると、青い石をくり抜いた指輪をも外す。
ピキィィッ
こめかみに走る痛みと、ヒビの入ったような割れる音に目眩がするが、目の前のドラゴンを前に弱みは見せられないと気を引きし……
眼前に振り下ろされたドラゴンの爪を錫杖で受け止める。
リュカの状態など関係ない。
紫電の眼がリュカを捕らえていた。
目の前のドラゴンはリュカを排除すべき敵と認識したのだ。護符を外したリュカから溢れる魔力に、人にはわからない危機感を覚えたのだろう。
ドラゴンの力を逃すように錫杖を傾け、爪を躱す。
地面を抉り、瓦礫を吹き上げるその場所に刻まれた爪痕に、どれだけの力だと冷や汗が流れた。
単純な力比べであればいとも簡単にリュカは潰されてしまっていただろう。
休む間などあるわけがなく、次の斬撃を躱し、魔法陣の構築に力を注ぐ。
生半可な魔法じゃ相手にされないだろうと、氷、炎、稲妻、毒と思い当たるものを混ぜ込む。
邪魔をするようにドラゴンから吐き出される息を防ごうと、氷壁を展開。
どれだけ防げるのだろうか。
硝子のように透明だった氷壁はあっという間にヒビに覆われ、耳障りな軋む音を鳴らす。
こんなことで張り合うつもりなどリュカにはない。
氷壁は諦めて走り出す。
場所を変えて途中で投げ出した魔法陣の構築に戻る。
手の中に作る氷の礫をドラゴンに向かって投げる。
当然、小さな氷の礫を気にする様子はない。
小さな氷の粒が飛んできたところで、脅威などもないのだろう。
他の魔法使いから放たれる魔法に気を取られているくらいだ。
やかましいと尾を振り払い、魔法使いをなぎ倒す。
それに巻き込まれないようにリュカは空に浮き上がり、魔法を放つ。
規則正しく並んでいた氷の礫は小さな魔法陣を沢山作り、全てが一斉に爆発を起す。
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